神々の愛し子

アイリス

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シュリクロンは蹲る父親を見下ろす。



「......ご気分は如何ですか、お父様?」



「どう、か、だとっ?」



フォーディス伯爵と名乗れなくなった男は、痛みに耐えるよう崩れ落ちたまま唸る。




シュリクロンはそれを冷めた目で眺めていた。



「痛いですよね?でも、その痛みなどわたくしが長年耐えてきたものの一部に過ぎないのですよ?」




シュリクロンは父親の前に座り、顔を上げさせる。



「シュリ、クロン......何故、そうまで変わったのだ?お前は、儂の娘、だろう......?」




「......わたくしは、真にお父様の娘、だったのでしょうか......?......でも、そう、疑問に思ったからこそ、変わらざるを得なかったのですわ」



そう、変わらねばならなかった。



シュリクロンはいつも、本来の自分とは異なる何かにならなければ生き残れなかった。



父の望む娘のようになる為寝る間も惜しんで頑張れば、本妻の機嫌を損ねて殺さかけた。それにより、愛し子となったが、やはり、家族を求めるあまり、愚かにも人形のように生きてきた。



だが、愛し子になっても扱いは変わらず。更には教皇の地位を狙え、そう言われ続け、努力した。



結果は言わずもがな。しかし、なったところでシュリクロンは認められなかっただろう。彼にとって、シュリクロンは家族という枠組みに組み込まれていなかったのだから。



利用出来る便利な人形。利用価値がなくなれば呆気なくすてられる駒にすぎない。



娘の顔見たさにと言いながら、口から出た本音は香月が心配するほどの醜態を晒していた。




嘘をつくなら、突き通すかもしくはバレない嘘にすればいいのにとシュリクロンは思う。




「......そういえば報告がございますの、お父様。わたくし、貴方があんなに望んだ教皇へ、指名されましたの」




シュリクロンの報告を聞いた瞬間、目が輝く。


歓喜に染る表情に、シュリクロンは胡乱気な目で見返す。



「何故、喜ぶのでしょう?」



「それは、もちろん教皇となればより権力が──」



と言ったところで、直ぐに青ざめる。そして吐き出そうとした言葉を何とか飲み込んだようだった。シュリクロンが今までと同じように言う事を素直に聞くわけがないと、思い直したんだろう。




いや、そもそもシュリクロンが教皇に指名されたからといってどうするつもりなんだろう。



娘が教皇となったとして、平民になった父親が権力を握れるか。それを夢見てるのなら、なんと愚かなんだろう。



以前のシュリクロンなら、家族を教会へ招き入れ滞在を許したかもしれない。だがシュリクロンは今後一切、優遇したりしない。するつもりも最早ない。



それが、教皇に指名されなかった最たる理由であるからだ。




元々、リローズに目をかけてもらっていたシュリクロンだが教皇となるには精神力が未熟だった。



フロウティアほど完璧にこなすのは最初から無理だとしても、一国と変わらぬ権力と権利を持ちうる教会を御するには力が足りなかったのだ。




そして、リローズにとフロウティアから家族について何度も排他するよう言われていた。あれは、シュリクロンの事など何も考えていない。早く覚悟を決めろと。でないと取り返しのつかないことを仕出かす、と忠言されていた。




何度も何度言われていた。でも、その度にシュリクロンは家族だから、いつかは──と叶わぬ願いを、願い続けていた。



リローズもフロウティアもシュリクロンがそう言っている間は、それ以上何も言えなくなった。本人に打破するつもりがなく周りが動いても仕方ないからだ。




だが、そうしているうちに香月が現れた。最も教皇に近いと思っていた人。シュリクロンが認められるために必要だと感じていたものを、あっさり奪っていくと怒りさえ感じていた。



だが彼女は教皇候補ではなかった。リローズから指名された時に教えてもらった情報から、察するに香月はリローズではない神から命を狙われている。




それから守るために、リローズはこの世界を選び、香月に自ら戦力を集めさせようとしている。



シュリクロンはその中の一人に選ばれたにすぎない。



リローズから、シュリクロンに与えられた使命。



リローズは強制ではないと言った。だが、教皇は香月に仕える者しか据えないと断言されたのと同時に、シュリクロンに期待している、と女神に言われれば頷く以外に選択肢は無い。



シュリクロンは家族には認められなかったが、初めから認め、愛しんでくれているリローズに応えたいと新たに決意するのに時間は要らなかった。



そして、今に至る。




今のシュリクロンにとって目の前の男は父親だった人。



配慮する必要もないし、しない。



刑を執行するまでに至った娘から、慈悲があると何故考えられるのか。



排除してもいいくらいだ。これからの事を考えると邪魔となり得る。



「愚かなお父様。これ以上失いたくないなら何も考えず、望まず、日々を生きることですわ」




そうシュリクロンが言ったと同時に。



『父親の眼を抉るとは、中々残酷な娘だな?』




二人きりの空間に、新たな声が加わった。


















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