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しおりを挟むシュリクロンは直ぐに後ずさり、声の主の気配から離れる。
それは牢屋の格子付近に現れた。
気配だけでも、徒人ではないことがはっきりと伝わってくる。
人型を留めているが人間ではないようで、身体が微かに透けている。
「何者ですか」
明らかに人間ではない。獣人にも見えないし、妖精でもない。魔族かと疑うが、魔族独特の雰囲気もない。
『お前たちの敬う神の古き友人とでも言おうか』
シュリクロンの問に答える声は愉しげで、穏やかだ。
強大な存在感を隠しもせず、露わにしている。この気配は他の種族というよりももっと慣れ親しみ、けれど決して容易く触れることはできない、許されない──そう、リローズと酷似している。
そう思うと同時に、これはかの神──ドゥームだと確信する。彼自身もリローズの古き友人と名乗りをあげたのだ。間違いない。
何故、今、この時この場所に現れたのだろう。
シュリクロンは一瞬の隙も許されぬ緊迫した空間の中で、魔法を使おうと口を開きかける。
『詠唱しようとするということは、まだ器として定着していないな』
シュリクロンの目の前に音もなくやって来てそう呟き、手を伸ばしてくる。
彼は知っているのだ。教会には神の器になり得る者が多く存在することを。そして、基本的にリローズが主神であるが他にも神は存在する為、他の世界を統べる神であろうとも器として使える可能性を孕んでいることに気付いている。
そして、器として定められたばかりのシュリクロンは、彼にとってもよい器である。選ばれたばかりで制限の無い、使い勝手のよい器。
『拒みきれるか?』
シュリクロンに触れた手は氷のように冷たく、身体を芯から凍らせるような錯覚を与える。
シュリクロンは目を瞑り、その感覚を押し出そうと試みる。
『人間如きに、阻めるわけがない』
少しでも抵抗しようとするシュリクロンを嘲笑うように、更に手は中へと伸ばされる。
身体の中へ押し入ってくる力は物凄い圧力を以てシュリクロンに襲いかかる。
「っ......」
力の濁流に飲み込まれそうになりながらも、なんとか意識を保ち、拒む。
『案外、しぶとい』
彼の中ではすんなりと済む出来事だったのだろう、そんな呟きが聞こえた。
今はまだぎりぎり乗っ取られずにすんでいるが、限界は刻一刻と迫ってきている。
(もう、無理ですわ)
限界がきてしまったことを悟り、シュリクロンは意識を手放した。これから起こり得ることに恐怖を覚えないながら。
(やっと、やっと自由になったのに──)
全てを断ち切り、新たに動き出そうとしていたところなのに。
そんなシュリクロンの気持ちなどお構いなしに、重りのようにのしかかってくる力に抵抗すら出来ず、体は投げ出された。
『無理ならば、こちらにするか......?』
日付が変わった瞬間、フォーディス伯爵は伯爵ではなく、平民の男となった。
刑が執行される時間までを詳しく聞かなかったので香月には知りようがないが、今日中に行われる。そして、香月が終了してからの出発を申し出たので、それまでには必ず実行されることだろう。
いよいよ、明日、いや今日、香月たちは旅に出る。
この教会にも長く滞在したわけではないが、この部屋はすっかり馴染んで自分のものという感覚が染み付いている。
何かあればここへ転移する、その座標として固定されている。
(まぁ、私が転移するのは当分ないだろうけど)
自分ではまだ、やる勇気が出せない。ある程度時間が経つまではヴィレムに任せるつもりだし、ヴィレムもそれを良しとしているので問題は全く無い。
「カツキ、まずは何処に行きたい?」
ぼんやりと考え事をしていた香月にヴィレムは、明日は予定を問いかける。ヴィレムは旅に準備など必要ない。
香月も準備はこれといってない。強いていえばリローズから貰った鞄を持っていくくらい。ここで使用していた物はここに置いていく。ドレスや装飾品は持っていっても荷物になるだけだ。
フロウティアからも特に準備する必要は無いと言われているし、もし必要になれば現地で調達すればいいとのこと。それに行く場所によって服装も変わる。その地域独特の文化があるので、それに触れるのも旅の醍醐味だ。
香月もフロウティアの案に異論はなく、頷いた。
「旅ってヴィレムと私?それとも他にも誰か付いてきてくれるの?」
「フロウティアが付いてくるでしょう?」
香月とヴィレムの旅かと思ったが、どうやら違ったようだ。
ヴィレムはフロウティアが付いてくるとあっさり言い放ったが、フロウティアは教皇だ。
教会から離れて香月たちと観光を楽しんでいる時間はあるのだろうか。
フロウティアは転移を難なく使うのでどんな場所に居ても問題はないのかもしれないが、大変疲れる旅行になってしまいそうだ。
一緒に居てくれた方が心強いが、フロウティアに無理をさせたくない。
(あぁ、でもお金の種類とか使い方とか、分からないんだ私って)
学んだことは魔法とか文字を書く練習で、基本的な事が抜けていた。まだ時間はある、次でいいと考えていたツケがきた。
そう考えると、ヴィレムと香月だけで送り出すのは心配になるだろう。しかし、フロウティアではなくシュリクロンかと思っていたのだが。
「フロウティアは教皇なのに大丈夫なの?」
「ん?フロウティアはもう教皇じゃないよ?」
「んっ!?どういうこと?」
またしても、急展開過ぎて状況についていけない。ヴィレムの爆弾発言に香月は頭を抱えた。
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