40 / 50
40
しおりを挟む「言葉のままだよ?フロウティアは教皇の位から降りたんだ」
「ちょっと待って、昨日まで教皇だったよね!?」
「そうだね」
「一体いつ、ううん、待って、そんな簡単に代替わりするもの?」
ヴィレムはあっけらかんとしているが、香月の常識というか前の世界での知識とを合わせて考えると有り得ない、の一言に尽きる。
教会の頭が代わる、それは一大イベントといえるはず。こんな密やかに、すんなりと終わるものだろうか。
「急遽決まったことだからね。でも今頃は各場所へ通達され、教皇がフロウティアからシュリクロンへ変わった事が周知されているはず」
「シュリクロンが教皇!?」
ヴィレムはびっくり箱のように次から次へと新たな情報を香月へもたらす。そしてその情報は香月が驚くような事実ばかりである。
「そんな驚くこと?」
ヴィレムが香月の驚きように逆に驚き不思議そうにする。
「いや、驚くよ!フロウティアが教皇じゃなくなった事も、シュリクロンが教皇になったのも」
シュリクロンは教皇最有力候補と聞いたばかりだから、可能性としては高いのは理解できる。しかし、それを知ったのは昨日だ。
(いや、本当に情報過多すぎる!)
そして物事の展開が驚くように早い。
「フロウティアが代替わりしたのは、私の為?」
「うーん、そうとも言えるし、別の理由も絡んでいるかな」
ヴィレムの言葉に安心していいのか、微妙なところである。
「でも、知らない人よりフロウティアのほうが安心でしょう?」
「それは、もちろん」
香月は素直に頷いた。香月とヴィレムの旅にフロウティアが加われれば、間違いなく安全で安心できる旅路となるだろう。
そして、最も信頼している人達と観光を楽しめるのだ、香月が喜ばないはずがなかった。
「なら、カツキはただ楽しむことを考えればいいよ」
「うん、ありがとう。じゃあ、まずは──」
香月が明日からの旅に思いを馳せ、ヴィレムと相談しようとした。その時。
嫌な予感がした。予感というものは、嫌な程よく当たる。
「カツキ!!」
『香月』
はっきりと名前を呼ばれ、予感は確信へと変わる。
声は、ヴィレムの声と同時だった。
ヴィレムは素早く香月の肩へ乗る。
それは、突然、香月の部屋の中へ現れた。
目の前の突然、現れた巨体。その姿は忘れたくとも忘れられない。
シュリクロンの父親であり、数時間前まで伯爵だった男。
だが、声は聞いたものとは異なる。だから姿を目にするまでは分からなかった。
(なぜ、この男が私の部屋に......)
彼が解放されるには早すぎる。
そもそも刑が執行されれば、こんな風に平然としていられるはずがない。ならば、脱獄してきたことになる。
だが、脱獄してきたならもっと騒ぎになっているはず。そう思うが、状況がそれを否定する。しかし、普通に逃げてきたにしては様子がおかしい。
そして、改めて姿を目にする。
「っ......」
声にならない悲鳴が、堪え切れず口からこぼれる。香月は自らの手で口を塞ぐ。
香月は明るい部屋の中で、彼の左目のあった場所を重点的に見てしまった。見ないようにしていても気になってしまい、結局、視界に入ってしまう。
真っ暗な空洞で、まだ血が流れ、乾ききっていない。
いくら香月が自分の自分の体が機能しなくなった様を目にしたことがあるといっても、あれは一枚壁を隔てての出来事に過ぎなかった。こうやって間近に血の臭いを漂わせて、尚且つ、傷口も詳細が確認できるほど近くにいなかった。
あまりにも生々しく、香月は目を逸らす。
「カツキ、大丈夫?」
「う、うん......」
なんとかヴィレムに返事をするも、実は大丈夫じゃない。鉄の香りだけでもけっこう香月には辛い。臭いから先程の光景をつい連想してしまう。
香月は早くなる鼓動を落ち着かせるべく深呼吸をする。
『この男の見た目が嫌なのかな?』
男はそう呟くと同時に姿を変える。
先程と打って変わって、恐ろしく美しい人間がその場にいた。
ヴィレムはやはり、というような雰囲気の声で、目の前の者の名前を口にする。
「ドゥーム様......」
ヴィレムの呟きを拾い上げ、香月は彼を凝視する。
彼は、ドゥームは、とても美しい男性の姿をしていた。
暗闇で見た時は詳しくわからなかったし、容姿を確認する暇など無かったけれど、光ある場所で目にした限り、とても麗しい姿をしている。
香月が無言で感嘆するほどに。香月も散々、神に愛された、人形のように美しいと褒め讃えられてきたが、所詮、人。神と比べるのは烏滸がましい。
肌は程よく白く、傷一つない。長い艶やかな髪は銀色で、ところどころに蒼が混じる。長い睫毛に隠れる瞳は金色。月のように輝き、見る者を魅了するような妖しい光を灯す。
リローズと同じく、神々は一度見れば忘れられない。強烈に、そして色濃く香月の記憶に焼きつける。
『この姿ならば、怖がるところは何も無い』
「姿を変えたからといって、カツキが警戒を解くはずがないでしょう。首を絞めたと伺いましたよ、ドゥーム様」
ヴィレムが棘のある言い方でドゥームに言った。
0
あなたにおすすめの小説
私は、聖女っていう柄じゃない
波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。
いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。
20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。
読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)
【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのになぜか溺愛ルートに入りそうです⁉︎【コミカライズ化決定】
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
不確定要素は壊れました。
ひづき
恋愛
「───わたくしは、シェノローラよ。シェラでいいわ」
「承知しました、シェノローラ第一王女殿下」
何も承知していないどころか、敬称まで長々とついて愛称から遠ざかっている。
───こいつ、嫌い。
シェノローラは、生まれて初めて明確に「嫌い」と認識する相手に巡り会った。
そんなシェノローラも15歳になり、王族として身の振り方を考える時期に来ており───
※舞台装置は壊れました。の、主人公セイレーンの娘が今回は主人公です。舞台装置~を読まなくても、この話単体で読めます。
※2020/11/24 後日談「その後の彼ら。」を追加
想定外の異世界トリップ。希望先とは違いますが…
宵森みなと
恋愛
異世界へと導かれた美咲は、運命に翻弄されながらも、力強く自分の道を歩き始める。
いつか、異世界にと想像していた世界とはジャンル違いで、美咲にとっては苦手なファンタジー系。
しかも、女性が少なく、結婚相手は5人以上と恋愛初心者にはハードな世界。
だが、偶然のようでいて、どこか必然のような出会いから、ともに過ごす日々のなかで芽生える絆と、ゆっくりと積み重ねられていく感情。
不器用に愛し、愛する人に理解されず、傷ついた時、女神の神殿で見つけた、もう一つの居場所。
差し出された優しさと、新たな想いに触れながら、
彼女は“自分のための人生”を選び初める。
これは、一人の女性が異世界で出逢い、傷つき、そして強くなって“本当の愛”を重ねていく物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる