神々の愛し子

アイリス

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『あれは挨拶程度の事。それはお前もわかっているだろう?』



ヴィレムの言葉にドゥームはすぐさま反論した。




「確かにドゥーム様が本気を出したら、無事ではなかっただろうね」



ドゥームの言葉にヴィレムは躊躇いなく頷いた。



ドゥームが本気で香月を害するつもりなら、香月は生きて帰ってこなかった。それは誰もが理解している。



だが苦言を呈せずにはいられなかった、というのがヴィレムの心情だ。



『あぁ、だけど、今日は身体がある。全力とはいかないが、ある程度は保つ』



ドゥームは嬉しそうに笑う。そして自らの体を確かめるように触れる。




ドゥームが触れる体は、ドゥームのものではない。それをヴィレムも香月も目にしている。



「その身体......の、持ち主は」



香月はドゥームにたずねる。ドゥームは一切迷う素振りを見せず、香月に答える。



『器に相応しい者の隣にいた』



ドゥームは器に相応しい者の隣にいた、と言った。体の持ち主の近くにいたのは、きっと会いに行ったはずのシュリクロンである。それはつまり。


「シュリクロンは無事なの!?」



ここには姿のないシュリクロンの身を案じ、香月は叫ぶ。



シュリクロンが父親を大切に想っていたなら、今のこの状況になる前に一悶着あったかもしれない。姿がないのは何かあったから、と仮定するならば香月が心配するのもわかる。



『シュリクロン?あぁ、この身体の隣にいた器の娘か......たぶん、無事じゃないかな?器に出来なかったし』



ドゥームは今思い出した、というように話す。あまり興味が無いのか、曖昧な言い方だった。




「たぶん!?器に出来なかった、って器にするつもりだったの」



香月はドゥームに食い入るようにたずねる。



ドゥームの言葉は、とても許せるものではなかった。だから恐怖や警戒を忘れ、香月はドゥームに突っかかるような物言いをしてしまう。



確かにドゥームにとって、シュリクロンも器とした男もどうでもいい存在なのかもしれない。でも、香月は違う。少なくともシュリクロンとは仲良くなりたいと思った。



もし、ドゥームがシュリクロンの姿で現れたら。香月はきっと騙されていた。多少、話し方が違えども、知り合って間もない。だから、まんまとドゥームの思惑に惑わされただろう。



『そうとも。今、最も器に適し、新しいのはあの娘だった。リローズが定めたのだから、間違いない。器が無ければ地上では自由に動けない、神の身ゆえ致し方ない事......お前たちが敬い、奉るリローズだって同じ。同じく器を定期的に求め、そして使用している。それと同じことだろう?何故、そこまで怒る?』



ドゥームは心底、わからないという表情をする。香月の怒りの感情を読み取ってはいるが理解できない、といった感じだ。



それにドゥームとリローズはやっていることは、同じだと主張する。



「それは違うよ、ドゥーム様。リローズ様は無理矢理、器にすることはない。絶対、器とする者の意志を確かめて、身体へ入るよ。神を宿すことの負荷を慮るから」




ドゥームが断じた言葉に、ヴィレムが反論する。リローズを代弁するようだった。



ドゥームはヴィレムをちらりと見て、納得いったように小さく頷いた。




『ヴィレムか、神獣だな。......ああ、そうだな、お前もそうだったんだろう、だから断言するのか』




「そうだよ、だからリローズ様は違う。無理矢理は絶対に無い」



『あぁ、リローズは無理強いしないだろうな。リローズは見守るだろう、意志を尊重するだろう。だが、俺は違う。目的の為なら、手段は選ばない。選んでいられない』



ドゥームがそう言い切ると同時に魔法を発動させる。



無詠唱だった。身体は人間であっても、中身が神であれば魔法の顕現速度は本人のそれと同じになるということなんだろう。



魔法は香月に向けられて放たれ、寸分の狂いもなく命中する。



強い風が香月の体を包む。香月は恐怖に震えた。あの恐怖を味わうのかと慄く。



浮き上がりそうになる体を床に留めるのはヴィレムだった。小さな前足で香月を押さえる。爪で香月の肌が傷つかないように軽めに、しかし、しっかりと。




香月はヴィレムがそばに居てくれることに心底、安心を覚えた。一人じゃなくて助けてくれる人がいるだけで恐怖は半減した。




『ヴィレム、邪魔をするなら始末するぞ』



ドゥームは黄金の瞳を眇め、ヴィレムを冷たく見下ろし、最終宣告のように告げる。




いや、実際にそうなんだろう。ドゥームの纏う空気が違う。先程までの穏やかさは鳴りを潜め、凶暴なまでの力の渦が可視化する。荒れ狂う風のように、荒々し力が周りで待機していた。




ドゥームがその力を使おうとすれば、たたで済まない。そう直感する。



「そう脅されて、カツキを渡すとでも?殺されるとわかっているのに!」



だが、ヴィレムは力を見せつけられても引くことは無かった。いや、どんなに差があろうとも引くつもりは無い。ここでヴィレムが香月を渡せば、香月は死ぬだろう。それが分かりきっているから。



『殺す?器を壊し、魂を解放するだけだ』
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