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しおりを挟む香月を目掛けて魔法がくる。先程繰り広げていた魔法に比べれば弱いかもしれないが、攻撃力のあるものだった。
冷静に分析している時間などない、迫りくるそれをどうにかしなければ。
焦るも、何をすればいいか考えが纏まらない。
(私も攻撃して相殺?それとも結界?)
迷い、魔法を展開する間もなく攻撃は香月へと距離を縮め、そして当たる。直撃を避けるために横へ飛ぶが、少なからず傷は負う。
左手に当たり、皮膚が裂け、少し血が出る。鋭い風だった。先程ヴィレムと戦っていた時の魔法に比べると遥かに威力は落とされている。明らかに手加減した攻撃だった。
ドゥームが香月に対して手加減する意味がわからない。ドゥームの目的は器の破壊、つまり香月を殺そうとしている。それなのにいざ戦えば、威力を下げる。敢えて死なない程度の怪我に留まるようにする。
(何故?)
香月はドゥームの意図が掴めず、ドゥームを仰ぎ見る。
ドゥームの黄金のように輝く瞳と見つめ合う。そこの色は複雑すぎて、読み込めない。恐怖、憎悪、愛情、焦燥、恐悦。様々なものが混ざり合う。
『どうしてすぐ壊さないのか、って顔をしている』
「だって貴方は、それが目的なのに」
そして、瞬時に決着をつけれる。それくらい、ドゥームと香月の戦闘力には差がある。いや、魔法の経験の差が。
『やっと会えて、話せているのが嬉しくて、つい加減してしまう。本当なら、こんなことしたくはないから』
「したくないなら、やめてくれたらいいのに」
『いや、やめない。やめれたら、どれだけいいだろう』
ドゥームは香月との会話をしながら、魔法を放つ。香月も比較的速度が緩やかな魔法なので避ける。先程と同じように、風。
本気で香月を狙っているのかと問い詰めたくなる程、殺傷能力の低いものだ。
ますますドゥームの考えがわからない。
『香月、俺はいつも思うんだ。俺の手から逃れてほしい。でも、そう思うと同時に、逃したくない、放したくない、捕まえて、閉じ込めたいと』
ドゥームはそっと香月のそばに来て、膝をつき香月の頬に触れる。
相反する気持ちを吐露し、香月を見据えるドゥームの目は酷く熱さを孕む。
目は口ほどに物を言う。
彼の口から、香月への恋情を語られることは余り無いが、やはり、瞳は偽りなくドゥームの気持ちを伝える。
香月がドゥームに抱く感情は、甘いものではない。
(私は、彼を好きじゃない。何も知らないこの人のことなんて、何も感じない、はずなのに......)
香月の考えとは裏腹に、心はぎゅっと締め付けられる。喜びながら、怯え、手を伸ばしたいのに、でも勇気が持てず躊躇い諦める。そんな訳のわからない感情が湧き上がる。
まるで自分の知らない、誰かの気持ちを感じているかのような。
香月はドゥームへ触れようと血の流れる左手を伸ばそうと持ち上げ、すぐに引っ込める。
(私から手を伸ばしては駄目!)
香月からドゥームへと手を伸ばす、それは即ち器の破壊へ同意したとみなされたらたまったもんじゃない。香月が今を生き続けたいと思うなら、香月から求めてはいけないし、温もりは先程と同様、排除せねばならない。
香月は微かな懐かしさを捨て去り、ドゥームの手を退ける。
ドゥームは香月の行動に苦笑を浮かべた。思い通りにいかないことに対してか、香月の気持ちの移り変わりを察してかはわからない。
『ほら、やっぱり絆されてはくれない』
「だって私は今を生き抜くと決めたもの」
ドゥームに狙われたことによって、香月は自分が生きたがっていることに気付いた。
一番初めに会った時、ドゥームに誘われていたら何も考えずについて行きたいと考えたかもしれない。
いきなり殺そうとしなければ、そう、今のように恋しいと熱く見つめられれば絆されていたかもしれない。ドゥームが香月じゃなくてこの身体に入っている魂を迎えに来たのだとしても、受け入れたかもしれない。今となってはわからないし、起こりえないことだけど。
『うん、それでこそ君なんだ。いいよ、俺も同じく諦めたりしないから。色んな手を使って香月を誘惑し、納得させ、屈服させ、連れていく』
ドゥームは名残惜しそうに香月の髪へ手を伸ばす。
『あらゆる手段を講じよう。そして、君自ら言い出すようにするのも楽しいね?身体も気持ちも、奪ってみせよう──あぁ、そろそろ限界かな......』
ドゥームは穴のあいた壁を眺め、肩を竦める。
ドゥームが溜息を着く。次の瞬間、今まで静かだったのが嘘のように爆発音が連発する。壁ひとつ隔てた空間にいたのかと察する。
空気中に砂埃が舞い、壁の一部が更に欠け、落ちる。パラパラと乾いた音と共に、煙の向こうから現れたのは怒りの形相を浮かべた少年だった。
てっきりヴィレムが現れたのだと思っていた香月は目を瞬かせ、新たな人物をまじまじと見つめた。
香月が少年を眺めていると目が合う。ヴィレムと同じ紅い瞳。既視感のあるそれに、ヴィレムは神獣であり、人ではない。だが人型にもなれると言っていたことが脳裏によぎる。
初めて目にする姿だが、彼がヴィレムだと確信するには充分だった。
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