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しおりを挟むローズナイド帝国。皇帝が十三の国々を属国とし、支配下に起き続けている歴史の長い帝国である。この度、香月が生活するのはローズナイド帝国になるようだった。リローズ曰く、ローズナイド帝国が一番魔法が発達しており、生活基準も高く以前と変わらぬ生活形態で過ごせるだろう、とのこと。
また、リローズを主神とする教会本部もローズナイド帝国に存在することも大きな理由となっている。リローズは元々ファースナルドでも神の愛し子という存在を作ってきており、過去、現在も存在している。神の愛し子とは、ファースナルド大陸を統べ、見守り、導くリローズに愛されし者。種族は関係なく、加護を与えられた者を指す。神の愛し子は総じて高い魔力を有しており、その存在は歓迎されることはあれど、忌避されることはないという。それだけ価値があるのだと。だからこそ、香月が生活するならば優遇される帝国が良いだろう、と。
だから、香月はローズナイド帝国で生活することが決まった。言葉は加護によって話せるし理解出来るが、文字は一からの勉強が必要らしい。文字の勉強は憂鬱だが、話せない理解できないよりはマシだろう。そう思うことにする。
(そうじゃないと、挫けそう)
リローズから色々説明を聞き終え、いよいよ香月は異世界ファースナルドに行く。
「長々とした説明になってしまったけれど、いよいよね。香月、準備はいい?」
リローズにたずねられ、香月は頷く。リローズによって再構築された身体を包むのはクリーム色の可愛らしいワンピース。ローズナイド帝国で主流の服装で、小振りの鞄。その中にはお小遣いや役に立つ物が入っていると説明を受けた。
「不安はあるけど、頑張るわ」
色々お膳立てしてもらっての異世界転移。不安は残るが、恐怖は少ない。
幸せになれるというなら、それを信じて行くしかない。
(もう、後戻りできないもの)
進むしかないなら幸福へ。
香月はリローズから離れ、一歩踏み出す。
「じゃあ、幸せにね。時々は様子を伺いにいけるけれど、頻繁には難しいの。大丈夫だと思うけれど、急を要する場合は鞄の中身を確認してね!」
「わかった」
中身はしっかりと見ていないが、役立つ物が入っているらしい。しっかり香月が頷くのを確認した後、リローズは指を鳴らした。
その瞬間、浮遊感に見舞われる。宙に浮き、次いで落下する。速度はそれほどないが、胃が下から押し上げられる感覚が気持ち悪い。
暫くの間気持ち悪さと格闘していた。それが治まると、香月はふんわりと宙に浮くような心地のまま草原の地面へと降り立った。
周りには何もない。ただ青々とした草の生えた草原が、悠々とひろがっている。見渡す限り生物の気配は感じなかった。人影も動物もいない。まるでそこには自分だけしか存在しない世界かと錯覚してしまいそうなほど、静寂が辺りを支配する。
青空の元、香月は盛大にため息をついた。
「なんで誰もいないの?普通、教会に送るとかじゃないの?」
何もない場所からのスタートになるなど、誰が想像できるだろうか。誰かしら人がいる場所でもいいだろうに。
歩きだそうか、留まろうか。悩むところである。香月は何も手に持っていない。己の場所を把握する地図も、道具も何も持ち得ない状況で、無闇に移動していいのだろうか。
もしかしたら、だれか迎えに来てくれるかもしれない。待ってみるのも一つの手だった。
「初っ端から結構過酷じゃない、リローズ!?」
とりあえず、一時間その場で待ってみた。迎えがあるかも、と信じて。しかし、何も起きなかった。迎えもなく、人も通らず、動物も相変わらず姿を潜めているかのように出会わない。
一時間待って、迎えが来るだろうという楽観視した思考は捨てた。流石にそれはないだろうと。
まずは現在地を把握することから始めたい。そして、飲水と食糧を確保したい。
(魔法使わなくても生きていけるとか言ってたけど、早速必要じゃない?)
水と火は想像すれば出てくるはず。しかし、食べ物は魔法では無理だろう。
いや、できるかもしれない。けれど、何を想像すればいいのかわからない。それに、出てきた物が安全だとは限らない。不確定要素が多すぎるものを信じすぎるのはよくないだろう。
やはり、食糧は現地で調達するべきだと香月は判断する。
だが、何が食べれるのか判断するのも異世界人の香月には難しい。
何を以て幸せとリローズは定義しているんだろう。こういう何気ない時間に恐怖を感じ、リローズを恨めしく思ってしまう。まだ獣が出てこないだけ状況はいいが、どうすればいいのか、次の行動すらままならない現状に落胆する。
危険もないが、楽しむ要素も皆無。せめて住む場所や、生活に必要最低限の物がこの場にあったならば、香月はここで生活しただろう。生憎と住む場所がない為、ここに留まるという選択肢はないが。
「幸せってどうやったらなれるものなのかなぁ......」
香月は小さく呟く。
少なくとも、元の世界に居た時は幸せだった。家族に囲まれ、何不自由ない生活に、過保護で過激な溺愛する友人、知人。崇拝者も大多数。
まだこの世界に来て、数時間しか経っていない。けれど、元の世界に居たことが遥か遠い昔のように感じる。
(とにかく、ここから街に行きたい)
香月はそう決意して、その場から歩き出す。宛もなく、ただ真っ直ぐ。どこに繋がっているのかはわからないが、希望を胸に足を動かした。
歩き始めて一時間程した頃。道らしき場所に辿り着いた。自然なものでなく、人間の手が加えられている。
近くに人がいるかもしれない。香月は更に先へ進む。
少しの希望と、恐怖に怯えながらも、リローズの言葉を信じて足を進めてきた。
それは正解だったのだ!何故なら、香月は出会った生き物に、胸を撃ち抜かれた。
(な、な、何あれ!?可愛すぎるっ!!)
穢れなど知らぬような、柔らかい肌触りであると予測できる真っ白な毛。掌に乗るくらい小さな体躯。キラキラ輝く宝石のように美しい深紅の瞳。
可愛いものが大好きな香月にとって、構わずにはいられない生き物だった。
大人しく、首をコテンと倒す。その仕草が妙に人間くさい。しかし、そんなこと関係無い。見た目の可愛いさだけで十分な効力を発揮している。
「触っても大丈夫かな......」
香月が近寄り、手を伸ばしても怯えて逃げようとしない。むしろ触れろ、というように可愛らしい尻尾が香月を誘う。
香月は更に手を伸ばして、それに触れる。やはり、いや、想像以上にふわふわとした触り心地だった。
大人しく撫でられるがままで、抵抗しない。触るたびに耳と尻尾がピクっと震えるが、その仕草も庇護欲を誘う。
「なんて可愛いの!このままお持ち帰りしたいっ」
香月は動物を持ち上げ、胸に抱きしめる。猫か犬か、それとも異世界特有の生き物なのか判断はつかなかった。しかし、それは問題ではなかった。
可愛すぎる。その一言に尽きる。
香月が頬を寄せ毛の感触に虜になっていると、それは唐突に腕の中から声を発した。
「貴女のものになってもいいよ?」
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