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しおりを挟む香月は吃驚して腕から動物を放す。声の主を探すべく辺りを窺うが、周りには誰もいない。
(今の声は何?気のせい......?)
わけのわからない状況を不思議に思いながら、気のせいだったことにしてもう一度抱き上げようと腕を伸ばした。すると、柔らかな肉球がそれを止めた。
「無視するの?」
悲しそうな表情を浮かべ、今にもこぼれ落ちそうなほどの涙を瞳に溜めている。紛れもなくそれは、先程まで香月が腕に抱いていた動物。目の前で小刻みに震え、訴えてくるのだから、見間違えようもない。
「まさか、喋ってる!?」
香月は目の前で起こっている状況を受け入れるしかなかった。ありえない、非常識だと理性が働くが、ここは異世界。香月が今まで培ってきた常識や、当たり前とする日常や事柄は通用しない場所だと、認めざるを得ない。
いや、無理矢理突き付けられるのだ。跳ね返しようもない。
「うん?話してるよ?どうして驚いてるの?」
香月が驚くことに、動物は驚いていた。あたかも、話すのは当たり前であると主張するかのように。
「あ、カツキは異なる世界から来たんだよね。じゃあ、仕方ないのかな」
名前を知り、経緯を知る生き物が香月は急激に恐ろしく感じた。今までは愛玩すべき可愛い生き物に見えたそれが、急に得体の知れない恐怖として、香月を追い込む。
香月は無意識に後ずさる。少しでも距離を稼ごうとするかの如く。
「ねぇ、どうしたの?顔、すごく真っ青だよ?」
原因ともいえる相手に心配されても、香月の心に平穏が訪れるはずもなく。香月は無言を貫く。
話しかけられても、言葉が口から出ない。
「カツキ?大丈夫?」
「あなたは何者!?どうして私の名前を、いいえ、私を知っているの!?」
香月は説明を求めて、怒鳴るように質問をする。香月の動揺する姿を不思議そうに見つめていた動物は、呆気からんと答えた。
「何故カツキを知っているかって、だって僕は君を迎えに来たからだよ。もちろん、リローズ様に言われてね」
香月はリローズの名前が出たこと、それと同時に迎えがあったことに安堵した。
「カツキ、怖がらないで。怯えさせたいわけじゃないんだ。......近寄ってもいい?」
香月に敢えて確認をとるかの動物は、見た目通り香月の心を和らげた。少し警戒が薄れ、香月は小さく頷いていた。
物音を立てず、ゆっくりと距離を縮めてくる。怖がらせないように、怯えさせないようにと言っていたから、配慮してくれての行動だろう。
やがて香月の目の前までやって来ると、ゆっくり座った。そして、顔を上げる。宝石のように美しい深紅の瞳が香月を一心に見つめ、口を開く。
「リローズ様から、迎えを頼まれたから僕はカツキを探してここまで来たんだ。それは理解してくれた?」
「うん」
「カツキを知っているのも、リローズ様から説明を受けたから。何者って質問については、この世界特有のものだから、説明が難しいんだけど、僕は神獣って生き物なの。だから人の言葉を理解し、話せる。因みに、人型にもなれるよ」
「人型!」
香月は本当にこの世界は規格外な事が存在するんだと思った。しかし、異世界なのだ。まだまだ驚くような事がたくさんあるだろう。楽しみなような、怖いような。半々である。
「そう。神獣にも色々いるから必ずしも人型になれるわけじゃないけど。僕は人のかたちを取ることもできるよ。カツキが人型がいいなら、そうするけど」
「今のままで!」
香月は即答した。人型よりも今の姿のほうが好みなのだ。このままでいてほしいという気持ちから素早く答え、力強く言ってしまった。
「了解。カツキの仰せのままに」
動物の姿のままを希望した香月の意思を尊重し、人型ではなくそのままいることを彼は快く承諾した。
そこで香月は彼に名前を教えてもらっていないことに気づいた。
「そういえば、名前を聞いてもいい?なんて呼べばいい?」
香月はただ呼ぶ時の為に必要と考えたからたずねた。
しかし、彼は少し躊躇う素振りを見せる。名乗りたくないのかもしれない。
香月は少し悩み、話しかける。
「名前、言いたくないならいいよ?」
香月とて無理矢理聞いて、呼びたいわけじゃない。名乗れない理由や、名乗りたくないなら渾名でも考えれば済む話だ。
「いや、言いたくないわけじゃないよ......」
言いたくない訳では無いと言いつつ、歯切れが悪い。躊躇し、口篭る。
「カツキなら大丈夫かな......?」
「え?」
「ううん、なんでもない。僕の名前はヴィレム。呼んでみて」
「ヴィレム?」
香月が名前を呼んでみると、辺りが淡く光り、ヴィレムを包み込む。
(一体何事!?)
香月が内心焦っていると、光が収まるとヴィレムが恭しく跪いていた。
(ちっちゃく丸まって可愛いっ!)
不思議な現象も頭から抜けるくらい可愛いかった。すぐに我にかえり、それどころではないと思い直す。
「ヴィレム、名前呼んだら辺りが光ったけど......今のは一体?」
「一番最初に、貴女のものになってもいいよ?って言ったの覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
「名前を呼んでもらって、今、契約が成されたの」
「......はい?契約?」
ヴィレムがうん、と頷く。
(か、可愛いんだけど、それどころじゃないっ。契約って、何の契約よ!?怖いんだけど)
香月は何の契約が成されたのか確かめるべくヴィレムを持ち上げる。見た目通りとても軽い。
「ヴィレム、契約って何をしたの」
「僕が貴女のものになったの。僕の全て。この躯、魂、存在する意味、全て。今からはカツキの為だけに在るということ。リローズ様にも縛られない」
香月は告げられた言葉を理解すると同時に、またしてもヴィレムを落としそうになる。辛うじて留まるものの、驚嘆する。
どうしてこうなった!?すぐに名前を呼んだからだと思い至る。ヴィレムがやけに香月に名前を教えようとしなかったのはこの為だろうか。
そうに違いない。そう考え、香月は確かめる。
「ヴィレム、契約って名前を呼んだだけで成るものなの?もっと色々しなければいけないけとがあるんじゃ......」
「心配しないで、契約は正常に成され、世界に認められて機能しているよ」
ヴィレムは可愛らしく微笑み、香月に擦り寄る。
香月は契約が正常に成されたかの有無を心配したわけではなかったが、返ってきた言葉は完全に香月が契約から逃れられないことを示す。
お持ち帰りして傍に置きたかったが、契約したいわけではなかった。
契約の内容が重いのも香月の心に負担を与えるのだが、ヴィレムは気付いていない。契約がなされたことに満足しているようだった。
「カツキの不利益にはならないから、良いよね?駄目?ずっと傍にいて、護るから」
上目遣いでお願いされて、香月には断れなかった。
こうして、香月には守護神獣が傍に侍ることとなった。
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