『東京奪還』

杏忍AI

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第三章:奪還の刻 第三章:奪還の刻

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 コアプログラム起動から三時間後、2049年3月13日未明。
 
 東京駅地下のプロジェクト本拠地制御室では、全メンバーが一丸となって状況を確認していた。画面に表示されるデータによれば、グールたちの体内因子は徐々に安定化し、約60%の個体で理性が回復しつつある。化物たちも「黒い巨人」と完全に連動し、暴走を抑えると共に、東京全域のインフラを修復し始めていた。
 
「神林さん、海外のメディアから連絡が来ました!我々が送ったデータが全世界に発信され、EAAの不正が露呈したんです!」
 
 ハルが興奮して報告すると、メンバーたちからは歓声が上がった。しかし颯太は画面に映る「黒い巨人」の姿を見つめ、深い憂いを抱いていた。
 
「まだ安心するのは早い。マモンに憑依された堂前はまだ生きているはずだ。そしてEAAの本隊も、東京への総攻撃を仕掛けてくるだろう」
 
「神林さんの言う通りです」亜衣がタブレットを手に取り、画面を指差した。「『黒い巨人』のコア部分には、マモンの意識が直接繋がっているようです。プログラムで暴走は抑えられていますが、根本的な解決には至っていません」
 
「つまり、マモンを倒さなければ、本当の平和は戻ってこないってことだね」沢村が拳銃を手に取り、目を細めた。「どこにいるんだ、あの悪魔め!」
 
 その時、制御室のスクリーンが突然切り替わり、堂前宗一郎の顔が映し出された。彼の瞳は異様に黒く光り、口元には人間離れした笑みが浮かんでいた。
 
「神林颯太、水野亜衣……貴様らがコアプログラムを起動したことは認める。しかし、それで私を止められると思うなよ!」
 
「堂前!お前の企みは既に世界に知れ渡っている。もう手遅れだ!」
 
「手遅れ?愚かな!私はマモン様と契約し、新世界を創る者なのだ!『黒い巨人』はただ今、最終段階の変形を始めている。全ての存在を灰にして、新たな支配体系を築くのだ!」
 
 スクリーンには東京湾沖を映した映像が切り替わり、巨大な黒い人影が海面からゆっくりと立ち上がった。先程までは兵器のような姿だったものが、人型の巨人へと変貌し、両腕からは紫の光が放たれていた。
 
「変形完了……残り一時間で、全世界への攻撃を開始する」
 
堂前の声が響き渡る中、スクリーンは真っ暗になった。制御室には沈黙が訪れ、メンバーたちの顔には緊張がにじんでいた。
 
「亜衣さん、『黒い巨人』を破壊する方法はあるのか?」颯太が尋ねると、亜衣はデータを確認しながら答えた。
 
「巨人のコアは東京湾に浮かぶ『暗黒核』という装置にあります。そこに純化プログラムを注入すれば、マモンの意識を排除し、巨人を無力化できる可能性があります。でも……」
 
「でも?」
 
「暗黒核の周囲にはEAAの最終防衛ラインが張られており、さらに巨人自体も強力なバリアで守っています。侵入するのは至難の業です」
 
「それでも行かなければならない!」拓也が立ち上がり、声を張り上げた。「妹もグールになってしまったけど、今は治ってきてる。俺は絶対に妹やみんなを守る!」
 
「拓也の言う通りだ!」メンバーたちが次々と立ち上がり、颯太を見つめた。「我々は『桜』として、この街を守るために戦う!」
 
「如月さん、君は?」
 
 颯太がルナに尋ねると、彼女は黒いベールを整え、静かに頷いた。「私はこれまで多くの罪を犯しました。マモン様に騙され、人々を苦しめてきました。今こそ、その罪を償う時です。私も同行します!」
 
 颯太は全員の視線を集め、力強く話した。「分かった!我々は三つの部隊に分かれて作戦を行う。第一隊は沢村を隊長に、地上でEAA軍と戦い、巨人の動きを封じる。第二隊はハルを隊長に、化物と連携して巨人のバリアを弱体化させる。第三隊は俺が率い、亜衣さんとルナさんを護って暗黒核へ潜入する!」
 
「神林さん、私たちも行きます!」
 
 林美穂が子供たちと共に制御室に入ってきた。駿太は小さな手に鉛筆を握り、颯太に向かって立ちはだかった。
 
「俺たちも戦う!先生やみんなを守るために!」
 
 颯太は駿太の頭を優しく撫で、微笑んだ。「君たちの役目は基地を守ることだ。我々が勝って帰ってくるから、待っててくれ」
 
 その時、制御室のドアが開き、数体のグールが入ってきた。先程までは白濁っていた瞳には理性の光が戻っており、その一人が颯太に手を差し伸べた。
 
「……俺たちも……戦う……仲間を……守る……」
 
 グールたちの声はまだ拙いが、確かな意思が込められていた。亜衣が頷き、彼らにタブレットを渡した。「これで君たちも化物と連携できます。一緒に東京を守りましょう!」
 
 夜明け前の東京に、人間、グール、化物が結束して立ち上がる姿が見えた。奪還の刻が、ついに訪れたのだ。

    午前4時30分、作戦開始。
 
 沢村率いる第一隊は、東京駅前広場を拠点にEAA軍との戦いを開始した。戦闘車両や「鋼鬼」と戦うため、グールたちが先頭に立ち、化物が生み出す盾で弾丸を防ぎながら前進していた。
 
「全員、突撃せよ!東京を守れ!」
 
 沢村が叫ぶと、メンバーたちは奮起し、EAA軍の防衛ラインに突入した。銃声と爆発音が轟音のように響き、建物の瓦礫が散りばめられた街中では、熾烈な戦いが繰り広げられていた。
 
 一方、ハル率いる第二隊は、東京タワーの屋上から作戦を指揮していた。彼女は化物と連携し、無数の光弾を「黒い巨人」に向けて放っていた。巨人の周囲に張られたバリアがゆっくりと薄くなり、表面に亀裂が入り始めた。
 
「ハルさん!巨人が動き出した!」
 
 拓也が叫ぶと、「黒い巨人」はゆっくりと上半身を動かし、両腕から紫の光を放った。光弾が地上に命中すると、建物が次々と崩れ落ち、炎が上がった。
 
「化物たち、バリアを強化しろ!」
 
 ハルの指示で、街中の化物が一斉に光を集め、巨大な防御壁を作り出した。光弾が防御壁に命中すると、激しい衝撃波が広がり、周囲の建物が揺れ動いた。
 
「バリアが持ちません!もっと攻撃を集中させなければ……」
 
 その時、空中に無数の戦闘機「雷鳴」が飛来した。しかし彼らはEAA軍ではなく、海外の独立部隊だった。無線機からフリーワールド・レポートの記者の声が聞こえてきた。
 
「『桜』の皆さん!我々が支援に来ました!世界中の人々があなたたちの戦いを見ています!東京を守れ!」
 
 海外からの支援が加わると、戦局は徐々に有利に進み始めた。巨人のバリアはさらに薄くなり、ついに一部が崩れ落ちた。
 
「良い機会だ!第三隊、出撃せよ!」
 
 颯太の叫び声に応え、第三隊は東京湾岸へと向かった。亜衣、ルナ、そして精鋭メンバー五人が乗った小型ボートは、暗い海面を疾走していた。「黒い巨人」の姿は既に肉眼でもはっきりと見え、その威容には圧倒的な迫力があった。
 
「もうすぐだ……暗黒核は巨人の胸部にあります」亜衣がタブレットを確認しながら話した。「ただし、最後の一歩は私たち自身で切り開かなければなりません」
 
「私が先頭に立ちます」ルナが黒いベールを外し、赤い瞳を輝かせた。「マモン様が私に与えた力を、今こそ正しい使い方をします!」
 
 ボートが巨人の足元に到着すると、ルナが先に飛び降り、体から黒い霧を発せられた。霧が巨人の足に巻きつくと、硬い装甲が徐々に柔らかくなり、通路が現れた。
 
「行け!」
 
 ルナが先頭に立って進むと、颯太たちは後を追った。巨人の体内は無数の回路とパイプで満たされており、暗黒核へと続く道は険しいものだった。途中、マモンの分身と思われる怪物たちが襲いかかってきたが、ルナと颯太たちが協力して撃退した。
 
 やがて彼らは巨人の胸部に到着し、巨大な暗黒核が目の前に現れた。核の表面にはマモンの顔が浮かび、堂前の声が響いてきた。
 
「貴様ら……本当に面倒くさい!しかし、もう遅い!全世界への攻撃開始——」
 
「遅くない!」
 
 亜衣が叫びながらタブレットを暗黒核に接続し、純化プログラムを起動した。瞬く間に光が核全体を包み、マモンの叫び声が轟音のように響いた。
 
「くそっ……こんなはずじゃ……!」
 
 暗黒核が激しく揺れ動く中、堂前の姿が現れた。彼の体はマモンの力で異変しており、人間の姿ではなかった。
 
「神林颯太……私は絶対に許さない!」
 
 堂前が颯太に襲いかかると、ルナが飛びかかり、彼を押さえつけた。「神林さん!亜衣さんを護ってください!私がこの男を止めます!」
 
「ルナさん!」
 
「私は長い間、間違った道を歩んできました……今こそ、本当に守るべきものを守ります!」
 
 ルナが体から全ての力を発し、堂前と共に光の中に包まれた。轟音と共に両者は消え、暗黒核はさらに強く光り始めた。
 
「純化プログラム、完了!」
 
 亜衣が最後のキーを叩くと、「黒い巨人」は突然静まり、紫の光が消え失せた。その後、巨人はゆっくりと東京湾に沈み始め、やがて海面に姿を消した。
 
 午前6時、東京の空に朝日が昇り始めた。
 
 地上ではEAA軍が降伏し、人間、グール、化物が共に街の復興に取り組んでいた。海外からの支援物資が次々と届き、世界中の人々が東京の戦いを称えていた。
 
 颯太たちは海岸に立ち、東京湾を見つめていた。ルナと堂前は消えてしまいましたが、彼らが残した教訓は、全ての人々の心に刻まれていた。
 
「神林さん……見てください」
 
 ハルが指差す方向には、街中に薄桃色の花びらが舞い落ちていた。道路脇に植えられていた桜の木が、久しぶりに花を咲かせていた。
 
「桜が……咲いたんだ」
 
颯太がつぶやくと、周囲の人々から歓声が上がった。グールたちも花びらを見つめ、静かに笑顔を浮かべていた。
 
「神林さん、国際連合から連絡が来ました!『東京共和国』の設立を認める方向で話し合いを始めるって!」
 
(続き)
 
 拓也が喜んで報告すると、亜衣が頷きながら話した。「グールたちのための療養施設も、世界各国からの協力で建設が始まります。体の変形を完全に治すことは難しいですが、快適に生活できる環境を作れると思います」
 
「化物たちはどうなるんだ?」沢村が尋ねると、ハルが画面を指差した。
 
「彼らは東京のインフラを管理する『都市守護者』として機能し始めています。電気や水道、交通網を整備し、人々の生活を支えてくれてるんです」
 
 颯太は全員の顔を見渡し、力強く声を上げた。「我々は長い闘いを経て、やっとこの街を奪還できました。でもこれは終わりじゃなく、新たな始まりです!人間、グール、化物が共に生きる社会——それが真の進化なのです!」
 
「万歳!」
「『桜』万歳!」
「東京共和国万歳!」
 
 歓声が東京の街中に響き渡る中、颯太はポケットから家族の写真を取り出した。美咲と小春の笑顔が写っている写真を見つめ、静かに囁いた。
 
「美咲、小春……俺たちが守った街に、いつかきっと帰ってこれる。きっと……」
 
 その時、背後から手が肩に置かれた。振り返ると、美咲と小春が立っていた。美咲の体はまだ一部変形しているものの、瞳には明るい光が宿り、微笑んでいた。
 
「颯太……待ってたよ」
 
「お父さん!」
 
 小春が駆け寄って颯太の胸に飛びつくと、涙が頬を伝って流れた。周囲の人々もこの光景を見て、嬉しさから涙を流していた。
 
「神林さん、写真撮りますよ!」
 
 拓也がカメラを構えると、全員が颯太の周りに集まった。人間、グール、化物が一緒に並び、桜の花びらが舞い落ちる中、シャッター音が鳴り響いた。
 
 その写真は後に「希望の瞬間」と呼ばれ、世界中に広まっていく。東京共和国はこの日を建国記念日と定め、毎年3月13日には桜の花を見ながら、この日の闘いと平和の大切さを語り継ぐことになった。
 
 2050年春、建国から一年が経過した東京。
 
 街は復興が進み、人々がにぎやかに生活していた。グールたちは療養施設で体調を整えながら、都市の復興工事や農業などに携わっている。化物たちは道路や建物を修復し、新しいエネルギーシステムを構築していた。
 
東京駅前には「東京共和国政府庁舎」が建設され、颯太は初代代表として国際交渉にあたっていた。この日も、海外からの代表団が訪れ、共存社会の構築について話し合う会議が開かれていた。
 
「神林代表、我が国も東京共和国の理念に賛同し、協力関係を結びたいと考えています」
 
「ありがとうございます。我々は一人ひとりの違いを尊重し、共に生きる道を模索していきます。それが人類の未来への架け橋になると信じています」
 
会議が終わると、颯太は屋上に上がり、街全体を見下ろした。桜の花が満開になり、街中が薄桃色に染まっていた。亜衣、ハル、拓也、沢村たちがやってきて、颯太の周りに立った。
 
「神林さん、今日は建国記念日だから、皆でお祝いしようよ!」ハルが笑顔で言うと、林美穂が子供たちと共にケーキを運んできた。
 
「先生!これは俺たちが作ったんだ!」駿太が誇らしげに話すと、みんなで笑い合った。
 
その時、空を見上げると、化物たちが光で作った巨大な桜の花びらが舞い降りてきた。街中からは歓声が上がり、人々が手をつなぎながら歌を歌っていた。
 
「神林さん、あの時のことを思い出すと、本当に夢みたいですね」亜衣が静かに話した。「人間、グール、化物が共に笑える日が来るなんて……」
 
「父さんが描いた未来が、こうして実現しているんですね」
 
亜衣の言葉に、颯太は頷いた。「全てはみんなの力だ。一人では絶対にできなかった。これからも、この街を守り、みんなが幸せに暮らせるように努力していこう」
 
「はい!」
 
みんなが手を重ね合わせた時、桜の花びらが彼らの周りを舞い、東京の空はさらに明るく輝いていた。
 
奪還された首都は、今や多様な存在が共に生きる「希望の街」として、世界に新たな光を放っていた——
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