《REAL+LINK》

杏忍AI

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《REAL+LINK》

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プロローグ
 
2149年11月7日、午前2時17分。
 
モニターの青い光が暗い一室を照らす。拓也は背もたれにもたれかかり、スマートグラス越しに画面をながめていた。左手には薄型スマホが握られ、画面に表示される三次元マップ上には無数の光点が点滅している——それは国内で2000万人を超えるユーザーが利用するスマホアプリ「リンク・ワールド」の運用データだ。
 
「まだ不具合は出ないか……」
 
つぶやきが静かに部屋に響く。拓也は同アプリの開発元・ネクストリンク社の技術者で、特に不具合調査を担うチームのリーダーだ。「リンク・ワールド」は従来のARゲームとは一線を画す——ゲーム内の全てのオブジェクトが現実空間とリアルタイムで連動し、プレイヤーが街中に浮かぶクエストマークをタップすれば、その場所で実際に何かが起こる。
 
例えば閑静な公園に「エネルギー塔」が現れれば、近くの街灯が一瞬輝きを増して節電モードから通常モードへ切り替わる。商店街に「繁盛の木」が植えられれば、周辺店舗の電子看板が自動で魅力的なデザインに変わる——こうした仕掛けが、現実世界に小さな「奇跡」をもたらし、アプリは瞬く間に国民的人気を得た。
 
だがここ1週間、システム内に微小なデータの乱れが確認されていた。原因不明のパケットが定期的に流れ、拓也たちは昼夜を問わず調査に追われていた。
 
画面上の光点が一斉に点滅し、続いて赤いアラートが表示された。
 
「検出不能なオブジェクトを確認——座標:新潟県新潟市中央区、東大通り付近」
 
拓也の眉間に皺が寄る。システムに登録されていないオブジェクトが出現することは、これまで一度もなかった。画面を操作して詳細を確認すると、そのオブジェクトは「ポータル」という分類だったが、通常のポータルが青や緑だったのに対し、これは鮮やかな赤色で表示されていた。
 
「赤いポータル……公式データには存在しないな」
 
好奇心と危機感が入り混じる思いで、拓也はスマホにインストールされた「リンク・ワールド」を起動し、アラートで表示された座標へと移動を指示した。すると画面が徐々に赤く染まり、やがて円形のポータルが画面中央に浮かび上がった。
 
反射的に指でタップした瞬間、強烈な赤色の光がスマホ画面から放たれ、拓也の視界が真っ赤に塗りつぶされた。
 
第一章 赤い扉の向こう側
 
「キャッ!」
 
まぶしさに目を瞑ると、やがて光は収まった。拓也がスマートグラスを外して周囲を見回すと、自宅のリビングは普段通りだった。だが窓の外に何かが異変を感じさせる——暗い空の下、自宅マンションの前にある大通りに、スマホ画面に表示されていたのと同じ形の赤いポータルが浮かんでいたのだ。
 
「まさか……」
 
手が震える。拓也は慌てて玄関へ駆け込み、外へ飛び出した。夜の街は静まり返っており、大通りには誰もいない。ただ一人、赤いポータルだけが宙に浮かび、その輪郭からは柔らかな赤色の光が漏れている。
 
拓也は慎重にポータルに近づき、手を伸ばしてみた。すると指先からは温かな感触が伝わり、何かに包まれるような不思議な感覚がした。思わず先をつんでポータルの向こう側を覗くと、そこには見知らぬ都市が広がっていた。
 
高層ビルが立ち並び、車両がスムーズに走行している。しかし建物のデザインは現代のものとは一風変わっており、外壁には緑の植物が這い、建物ごとがエネルギーを生み出すような仕組みに見えた。さらに驚くことに、通りを歩く人々の服装は似ているものの、誰もがスマホを手にしておらず、代わりに手首に装着した小型デバイスで何かを操作していた。
 
「これは……ゲーム内の架空都市ではない」
 
拓也は直感的にそう分かった。ゲーム内の都市はあくまで現実の街をベースに作成されており、細部には必ず人工的な痕跡が残る。だがここに広がる街は、風景の一つ一つに息づかいがあり、まるで実在する世界のようだった。
 
突然、ポータルの向こう側で誰かが拓也の方を見つけた。銀色の髪を束ねた女性が近づき、口を開いた。声は聞こえないが、唇の動きから「どこから来たの?」と読み取れるような気がした。拓也が戸惑っていると、女性は何かを手首のデバイスに入力し、その瞬間、ポータルがゆっくりと閉じ始めた。
 
「待て!」
 
拓也が叫んでも遅かった。赤い光が消え、大通りは元の暗さに戻った。拓也は立ち尽くし、手首に残る温かな感触を確かめていた。
 
第二章 隠された真実
 
翌日、拓也は朝一番でネクストリンク社の本社へ向かった。赤いポータルのことを誰にも言わず、独自に調査を進めるためだ。社内に入ると、普段は静かな開発室が異様な活気に包まれていた。
 
「拓也さん! やっと来ました!」
 
先輩技術者の佐藤が駆け寄ってきた。彼の顔には焦りがにじんでいる。
 
「全国で異変が相次いでいるんです。例えば京都の鴨川周辺では、『川を浄化する』クエストをクリアしたプレイヤーが集中したところ、実際の河川の水質が一気に改善されたんです。環境省が調査したところ、原因不明とのことで……」
 
拓也の心臓がドキッとした。さらに佐藤は画面を指差した。
 
「一方で、大阪の南堀江付近では『戦闘型クエスト』が多く行われていたところ、暴力事件が急増しています。警察も原因を特定できず、アプリとの関連性を疑っているようです」
 
これは偶然ではない。拓也は昨夜の赤いポータルのことを思い出し、即座に社長室へ向かった。ネクストリンク社の最高技術責任者であり創業者の神崎は、いつものように大きな窓辺に立って街並みを眺めていた。
 
「神崎社長……『リンク・ワールド』は本当にただのゲームですか?」
 
突然の質問に神崎は少しだけ肩を震わせ、ゆっくりと振り返った。その瞳には疲れと何か深い決意が宿っていた。
 
「拓也……君は既に気づいているのだろう」
 
神崎は黙って机の下からタブレットを取り出し、画面を拓也に向けた。そこには平行世界の存在を示す論文や、ポータルの設計図が表示されていた。
 
「このアプリは、平行世界との連携を試みる実験の一環として開発したんだ。私たちの世界と並行して存在する『β世界』との接点を作り、そちらの技術や知識を取り入れることで、地球環境の悪化や社会問題を解決しようと計画したのだ」
 
拓也は息をのんだ。神崎は続けた。
 
「赤いポータルは実験中のトラブルで生まれた『現実とβ世界の亀裂』だ。本来ならゲーム内の行動はβ世界にのみ影響を与えるはずだったが、亀裂が拡大したことで、現実世界にも波及し始めたんだ」
 
β世界——昨夜拓也が見た都市は、まさにそこだった。神崎はさらに静かに語った。
 
「β世界は環境問題を克服し、豊かな社会を築いているが、一方で戦争の歴史がないため、紛争解決能力が著しく低い。我々の世界の『闘争心』が流れ込んだことで、そちらでも暴力が増え始めている。逆に我々の世界にはβ世界の『癒しの力』が流れ込み、環境が改善されている……だがこのままでは両世界が歪み、最終的には崩壊してしまう」
 
「では……何ができるのですか?」
 
「全てのポータルを閉じ、両世界の境界を元に戻すしかない。だがそのためには、全プレイヤーの協力が必要だ。彼らに真実を伝え、『全ポータル閉鎖』の大規模クエストを発動させるしかない」
 
第三章 全プレイヤーへのメッセージ
 
拓也は神崎の話を聞き、即座に行動を開始した。「リンク・ワールド」の全ユーザーに向けて、緊急通知を送信する準備を進めた。だが社内の一部からは反対の声も上がった——アプリが実験であったことが明かされれば、会社は崩壊し、ユーザーからの信頼を失うだろう。
 
「しかしこのままでは両世界が滅びます!」
 
拓也は開発室のメンバーたちに熱弁した。「私たちが作ったアプリが、世界を救う鍵になるんです! プレイヤーたちはこれまで、現実に小さな奇跡をもたらすことで喜びを感じてきました。今こそ、本当の意味で世界を変えるチャンスなのです!」
 
やがてメンバーたちの意見は一致し、緊急通知の送信準備が整った。午後3時、全ユーザーのスマホ画面に赤いポータルが表示され、拓也の声が流れた。
 
「『リンク・ワールド』の全プレイヤーの皆さん——今、私たちは重大な事実を伝えます。このアプリは単なるゲームではなく、平行世界との連携を目指す実験の一環でした。そして現在、両世界が歪み、崩壊の危機に瀕しています……」
 
画面にはβ世界の様子や、現実世界で起きている異変の映像が流れた。拓也は続けた。
 
「救うためには、全てのポータルを閉じる必要があります。これから『全ポータル閉鎖』の大規模クエストを発動します。全国の街中に現れるポータルに集まり、協力して閉じることで、両世界を救うことができます。皆さんの力が必要です!」
 
通知が送信された直後、ユーザーからの反応は殺到した。「嘘だろう」「信じられない」といった声もあれば、「何ができるか」「手伝いたい」という声も相次いだ。数時間後、全国の街中にはプレイヤーたちが集まり始め、ポータルの周りには大きな輪ができた。
 
拓也は新潟市の大通りに立ち、昨夜赤いポータルが現れた場所で待機していた。やがて周囲には多くのプレイヤーが集まり、みんなで手をつなぎ始めた。
 
「さあ……始めましょう!」
 
拓也がスマホを操作した瞬間、全国のポータルが一斉に光り始めた。プレイヤーたちの手からは温かな光が放たれ、ポータルは徐々に小さくなっていった。
 
エピローグ
 
赤いポータルが完全に消えた時、拓也は地面につかれて座り込んだ。周囲のプレイヤーたちは歓声を上げ、抱き合って喜んでいた。全国のポータルが閉じられたことで、異変は徐々に収まり始めていた——京都の鴨川は元の水質に戻り、大阪の暴力事件も減少傾向にあった。
 
だが拓也の心には一つの疑問が残っていた。神崎が語った「連動システムの真の目的」——それは本当にただ「世界を救うため」だったのだろうか?
 
帰宅途中、拓也のスマホが突然鳴り響いた。画面には未知の番号からのメッセージが表示されていた。
 
「ありがとう。君たちの努力で両世界は守られました。——β世界から」
 
添付されていた画像を開くと、銀色の髪の女性が微笑んでいる姿が写っていた。彼女の後ろにはβ世界の街並みが見え、建物の外壁には「リンク・ワールド」のロゴと同じマークが刻まれていた。
 
さらにメッセージが続いた。
 
「実は、我々もあなたたちの世界を模したゲームを作っていました。両世界が偶然にも同じタイミングで連動実験を始め、亀裂が生まれたのです。神崎さんはそのことを知りながら、君たちに真実の一部だけを伝えました」
 
拓也は目を見開いた。神崎が隠していた真実とは、このことだったのか。
 
「ただし、今回の出来事で両世界は互いの存在を認識しました。今後は直接的な接触は避けつつ、時折『奇跡』を分かち合うことで、共に進化していくことにしました。君たちの世界でも、時折街灯が輝きを増したり、河川が一時的にきれいになったりするかもしれません——それは我々からの贈り物です」
 
メッセージが終わると、画面には「リンク・ワールド」のアイコンがゆっくりと光り、やがて通常の表示に戻った。
 
数日後、ネクストリンク社は「リンク・ワールド」をアップデートし、新たなコンセプトでサービスを再開した。「現実に小さな奇跡をもたらすゲーム」——そのコンセプトは変わらないが、誰もが知らないうちに、両世界が静かにつながっている。
 
拓也は再び開発室でモニターを見つめていた。画面上の光点は以前よりも穏やかに輝いており、時折、赤い点が瞬くようになっていた。それはβ世界からのメッセージであり、新たなつながりの証だった。
 
「本当の意味での『リアル・リンク』は、これからだ」
 
拓也は微笑みながら、キーボードに指を置いた。街中ではプレイヤーたちが再びクエストを進めており、誰もが気づかない場所で、二つの世界が静かに息づいていた——
 
(完)
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