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第二章
第26話 氷の檻
しおりを挟むどれくらいの時間が経ったのか分からない。
目を覚ました時、目の前にあるのは氷の壁だった。天井も床も氷の壁。
人一人が寝られる程の広さはある。
氷の檻の中は不思議と寒くはない。閉塞感がないのは氷の壁が硝子のように透明で外の景色が見えるからだろう。
透明硝子のような氷壁から見えるのは、氷の玉座に座る氷王……いや氷王に憑依している邪神だ。
気を失う前は外だったのに、今は建物の中にいる。
氷の花ごと氷王の城に移したのか?
邪神ならそれも可能だし、一から城を築くのも可能だろう。
彼は椅子に寄りかかりしばらく微睡んでいるようだった。
だけど僕が目を覚ましたのに気づいたのか、ゆっくり双眸を開いた。
【氷王はいい城に住んでいるのだな。広くて静かな場所。氷の華もこの広間であれば余裕に置くことができる】
やはり氷の華ごと僕を氷王の城に移動させたのか。
巨大なものを転移させるのは相当な魔力を消費するが、まぁ邪神には造作でもないことなのだろう。
彼は僕の元に歩み寄り、楽しげな声で呟く。
【見事な氷華が咲き、氷王もさぞ満足であろう……さて、次は勇者の首を取りにいかねばな】
勇者?
ゼムベルトが狙われている?
僕は首を激しく横に振り、アレムに訴える。
「待て……あいつは勇者の生まれ変わりだけど、自分が勇者であることは知らない。何も知らないただの人間なんだ。貴方を倒した勇者とは違う!!」
【違う? 違わぬさ。器が違っても魂が同じならば、いずれ勇者の力を発揮する】
「今はもう平和な世の中だ。魔族も人間の間にも和平協定が結ばれている。今更、あなたが勇者を倒したところで何の意味もない!!」
【勇者の力は神である俺の力も凌いだ……それがどれほどのものか、お前には分からぬだろうな……あの男はその力で神すら従わせた!】
神を従わせた?
一体何を言っているんだ?
【あの男の力は我にとって忌々しいものでしかない……目覚める前に殺すしかない】
「……頼む、あいつを殺さないでくれ」
【何をほざく? ああ、そういえばお前はそうだったな……お前は勇者のことを愛していた。だからあっさりとあいつの手に掛かった】
何を言っている?
勇者を愛している?
そんな馬鹿なことがあるか!!
【ふむ……よく分からないという顔をしているな。記憶を失っているのか。だが、今のお前は勇者に惹かれている。忘れ去った記憶がそうさせているのかもしれないな】
「何の話をしている!? とにかくゼムベルトは殺さないでくれ!! 何でもする……僕は何でもするから」
【ああ、思い出すよ。そうやって以前も願いと引き換えにお前は魔王になることを承諾したんだったな】
氷王が……いや氷王の身体を纏った邪神は、地上に降り立つと僕の元に歩み寄ってきた。
そして愛しそうな眼差しで氷の檻に触れてくる。
彼が触れているのはあくまで氷の壁だ。
それなのに、何故か邪神に頬を触れられたような感覚がした。
【思い出させてやろうか? お前が忘れていることを】
氷の檻越し、何故か耳元で囁かれたような感覚に僕はぞくっとした。
失った記憶のことは気になる。
だけど思い出したくない自分もいる。
今のままの方が心は平穏でいられる……そんな気がしたから。
けれども僕の意志なんか関係ない。
「――――」
邪神の目が真紫色に光った瞬間、急激に頭痛が襲ってきた。
記憶を無理矢理引きずり出そうとしているんだ。
駄目だ……
駄目だ……
思い出したくない。
不意に目の前に、十四、五歳ぐらいの少年が姿を現す。
真っ暗な闇の中、僕は一人佇んでいる。そんな僕と向かい合う少年は、まばゆいほどの金色の髪、ディープブルーの 瞳の持ち主だった。
あの子は誰だ?
ゼムベルトを今よりも若くしたような少年だ。
彼は僕を見つけると、嬉しそうに破顔し、細い手足を一生懸命動かして自分の所に走り寄ってきた。
『アシェラ!!』
「〇〇……!!」
僕を呼ぶ少年の声。僕も彼の名前を呼んでいた。
だけどその名前が思い出せない。
僕はきつくきつく少年を抱きしめる。
もう、離さない。
ずっと側にいてほしい。
そう願ったのも束の間、
その少年は薔薇で出来た人形に変わり、花びらが強風によって儚く散ってゆく。
みるみる少年の姿形がなくなってゆく様を見て僕は絶叫をあげる。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
これ以上思い出したくない。
思い出させないで。
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