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第三章
第46話 春の舞踏会③
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「――では、その娘がこの国の人間になった瞬間、処刑せねばならぬな」
ゼムベルトの宣告に、元父であるダグラム=ティムハルトは目を点にする。
何を言われているのか分からないって顔をしているな。
ミーリアムも混乱しているのか、何度も瞬きを繰り返しゼムベルトを見上げていた。
「知らないのか? この国では奴隷の売買は処刑されることになっている。今、お前は我が愛しい婚約者を奴隷の身に落とした、と言った上に、さらに奴隷の身に落としてくれと私に頼んでいたな? 堂々と」
「あ……いや……」
顔面を蒼白にし、あわあわと口を開いたり閉じたりしている父親を押しのけ、ミーリアムが前に出る。
「お、お待ちください!! 父はそう言ったかもしれませんが私は、そのようなことは……ジュノームを奴隷商人に売ったことにも関わっておりませんし」
抜け駆けするかのように申し出る娘にダグラムは愕然とする。
自分が可愛がってきた娘が、いとも簡単に自分のことを切り捨てようとしているのだ。
「ミーリアム、貴様」
「殿下、どうか私には罪はございませんので心置きなく娶ってくださいませ……罪は父にあるのですから」
そう言って跪くミーリアムに「この親不孝者っっ!!」と怒鳴りつけるダグラム。二人の醜い争いに、僕はもう呆れて物も言えないよ。
「私でしたら男のジュノームと違い、新たな皇太子を生むことができます」
高らかに宣言する姉に、その場は再び凍り付いた。
それは今、この皇室では一番言ってはいけない言葉だからだ。
ミーリアムの宣言に、皇后様が冷たい声で応える。
「生憎、新たな皇子は不要です。次期皇太子は我が孫に決定しておりますので」
鋭い視線を突き刺してくる皇后様に、ミーリアムは何を言っているのか分からないと言わんばかりに瞬きをしている。
しかも無知とは恐ろしいもので、そんな皇后様に反論する。
「で、ですが! 跡継ぎ候補は多ければ多いほどいいでしょう? 次期皇太子の方も、いつどうなるか分からないではありませんか! 弟が子供を産むことは不可能です。ですが私ならば」
「あなたは我が国に火種を持ち込みたいようですね。しかも我が孫の死を望んでいるような言葉を吐くとは」
「…………!!」
殺意に満ちた皇后様の視線に、姉はそれ以上言葉を続けることができなかった。さすがに自分が失言したことには気づいたみたいだけど、なにがいけなかったのかは、まるでわかっていないみたいだね。
姉上……ここに嫁ぐ気があるのなら、この国の皇室の事情も知っておくべきだったね。
多分、ゼムベルトは皇后様の子供だと思い込んでいるね。だから平気で新たな皇太子を生む、という発言ができるんだ。
ゼムベルトは側妃の子であり、皇后様の実子じゃない。
皇后様の実子である第一皇子は身体が弱いため、ゼムベルトが異母兄に代わって皇太子になったのだ。
そしてゼムベルトが皇帝になった暁には、次の皇太子は第一皇子の子を指名することになっている。
既に皇室でもそれが決定事項になっているのに、姉はそれを覆すような発言をしているわけだからね。
「……ジュノーム、あなたも相当苦労したのね」
僕の後ろで皇后様が同情めいた声を漏らす。
あなたも……ということは皇后様も身内に苦労させられたクチなのかな。ちょっと親近感わくかも。
皇后になれば自称親戚や、自称友だち、酷いときには自称父親のような人間も現れるらしいからね。近しい身内じゃなくても苦労は絶えないだろうな。
ダグラムはなおも苦しげな声で訴える。
「しかし……ジュノームは我らに災厄をもたらしたのは事実で」
「――――ほう? 災厄とは例えばどんな?」
「災厄の子がいたせいで、我らの事業は失敗し、借金は膨らむ一方。有力な貴族たちからも見放され、娘の縁談すらままならなくなり」
「では災厄の原因であるジュノームがいなくなった今、ティムハルト家はさぞうまくいっているのでしょうね?」
「……」
「その娘の縁談も今や山のように来ている筈でしょう? 災厄の源がいなくなった筈ですからね」
「それはその……ジュノームが生きている限りは我らの厄災は終わりません」
だったら僕が実家にいる間、密かに殺すなりすれば良かったのに。
忌み子とはいえ、さすがに自分の身内を殺すのは寝覚めが悪いか。あるいは、心の奥底では、自分の失敗を僕のせいに出来なくなることを恐れていたのかもしれないね。
ゼムベルトはそんなダグラムを冷笑する。
「可笑しいな。ジュノはずっと私と共にいるが、皇室に災厄が齎されたことがありましたかね、父上」
「全くないな。平和そのものだ」
「……」
皇帝陛下の一言に、ダグラムはついに何も言い返せなくなった。
くすくすとそんなダグラムを嘲笑うヴィングリードの貴族たち。
『事業が失敗したことを息子の目の色のせいにするって……あの人、正気なの?』
『縁談が来ないのも、自分が無能で借金まみれになったからだろうに』
『娘の人格にも問題ありすぎだ』
中でも年若い貴族たちが腹を抱え、声を上げて笑いたいのを必死に堪えながら、話をしているのが聞こえた。
『聞いたか、ティムハルト家が魔法の名家だってよ』
『ティムハルトってあれだろ? 長男がここに留学していたじゃないか。攻撃魔法も防御魔法もろくにできない落ちこぼれだったけどな』
『それでもアーネルシアでは随一の使い手って言われているんだぜ?』
そういえば兄上は留学先から帰国してきた時、ずいぶんと僕に当たっていたことを思い出した。
留学先で恥を掻いたのはお前のせいだって言っていたような気がする。
軍事国家に留学するのだったら攻撃魔法と防御魔法ぐらい覚えておくのが常識だ。今思えば、自分の勉強不足まで僕のせいにしてたんだな。
しかし何故兄上だけが此処に来ていないのか、よく分かったよ。
自分が此処に来たら、かつての同級生たちに馬鹿にされると思ったからだね。
そこにアーネルシアの王子が前に出て、皇帝陛下に跪いた。
「このたびは私の随行の者が愚かしい言動を働きましたこと、お許しくださいませ」
ゼムベルトの宣告に、元父であるダグラム=ティムハルトは目を点にする。
何を言われているのか分からないって顔をしているな。
ミーリアムも混乱しているのか、何度も瞬きを繰り返しゼムベルトを見上げていた。
「知らないのか? この国では奴隷の売買は処刑されることになっている。今、お前は我が愛しい婚約者を奴隷の身に落とした、と言った上に、さらに奴隷の身に落としてくれと私に頼んでいたな? 堂々と」
「あ……いや……」
顔面を蒼白にし、あわあわと口を開いたり閉じたりしている父親を押しのけ、ミーリアムが前に出る。
「お、お待ちください!! 父はそう言ったかもしれませんが私は、そのようなことは……ジュノームを奴隷商人に売ったことにも関わっておりませんし」
抜け駆けするかのように申し出る娘にダグラムは愕然とする。
自分が可愛がってきた娘が、いとも簡単に自分のことを切り捨てようとしているのだ。
「ミーリアム、貴様」
「殿下、どうか私には罪はございませんので心置きなく娶ってくださいませ……罪は父にあるのですから」
そう言って跪くミーリアムに「この親不孝者っっ!!」と怒鳴りつけるダグラム。二人の醜い争いに、僕はもう呆れて物も言えないよ。
「私でしたら男のジュノームと違い、新たな皇太子を生むことができます」
高らかに宣言する姉に、その場は再び凍り付いた。
それは今、この皇室では一番言ってはいけない言葉だからだ。
ミーリアムの宣言に、皇后様が冷たい声で応える。
「生憎、新たな皇子は不要です。次期皇太子は我が孫に決定しておりますので」
鋭い視線を突き刺してくる皇后様に、ミーリアムは何を言っているのか分からないと言わんばかりに瞬きをしている。
しかも無知とは恐ろしいもので、そんな皇后様に反論する。
「で、ですが! 跡継ぎ候補は多ければ多いほどいいでしょう? 次期皇太子の方も、いつどうなるか分からないではありませんか! 弟が子供を産むことは不可能です。ですが私ならば」
「あなたは我が国に火種を持ち込みたいようですね。しかも我が孫の死を望んでいるような言葉を吐くとは」
「…………!!」
殺意に満ちた皇后様の視線に、姉はそれ以上言葉を続けることができなかった。さすがに自分が失言したことには気づいたみたいだけど、なにがいけなかったのかは、まるでわかっていないみたいだね。
姉上……ここに嫁ぐ気があるのなら、この国の皇室の事情も知っておくべきだったね。
多分、ゼムベルトは皇后様の子供だと思い込んでいるね。だから平気で新たな皇太子を生む、という発言ができるんだ。
ゼムベルトは側妃の子であり、皇后様の実子じゃない。
皇后様の実子である第一皇子は身体が弱いため、ゼムベルトが異母兄に代わって皇太子になったのだ。
そしてゼムベルトが皇帝になった暁には、次の皇太子は第一皇子の子を指名することになっている。
既に皇室でもそれが決定事項になっているのに、姉はそれを覆すような発言をしているわけだからね。
「……ジュノーム、あなたも相当苦労したのね」
僕の後ろで皇后様が同情めいた声を漏らす。
あなたも……ということは皇后様も身内に苦労させられたクチなのかな。ちょっと親近感わくかも。
皇后になれば自称親戚や、自称友だち、酷いときには自称父親のような人間も現れるらしいからね。近しい身内じゃなくても苦労は絶えないだろうな。
ダグラムはなおも苦しげな声で訴える。
「しかし……ジュノームは我らに災厄をもたらしたのは事実で」
「――――ほう? 災厄とは例えばどんな?」
「災厄の子がいたせいで、我らの事業は失敗し、借金は膨らむ一方。有力な貴族たちからも見放され、娘の縁談すらままならなくなり」
「では災厄の原因であるジュノームがいなくなった今、ティムハルト家はさぞうまくいっているのでしょうね?」
「……」
「その娘の縁談も今や山のように来ている筈でしょう? 災厄の源がいなくなった筈ですからね」
「それはその……ジュノームが生きている限りは我らの厄災は終わりません」
だったら僕が実家にいる間、密かに殺すなりすれば良かったのに。
忌み子とはいえ、さすがに自分の身内を殺すのは寝覚めが悪いか。あるいは、心の奥底では、自分の失敗を僕のせいに出来なくなることを恐れていたのかもしれないね。
ゼムベルトはそんなダグラムを冷笑する。
「可笑しいな。ジュノはずっと私と共にいるが、皇室に災厄が齎されたことがありましたかね、父上」
「全くないな。平和そのものだ」
「……」
皇帝陛下の一言に、ダグラムはついに何も言い返せなくなった。
くすくすとそんなダグラムを嘲笑うヴィングリードの貴族たち。
『事業が失敗したことを息子の目の色のせいにするって……あの人、正気なの?』
『縁談が来ないのも、自分が無能で借金まみれになったからだろうに』
『娘の人格にも問題ありすぎだ』
中でも年若い貴族たちが腹を抱え、声を上げて笑いたいのを必死に堪えながら、話をしているのが聞こえた。
『聞いたか、ティムハルト家が魔法の名家だってよ』
『ティムハルトってあれだろ? 長男がここに留学していたじゃないか。攻撃魔法も防御魔法もろくにできない落ちこぼれだったけどな』
『それでもアーネルシアでは随一の使い手って言われているんだぜ?』
そういえば兄上は留学先から帰国してきた時、ずいぶんと僕に当たっていたことを思い出した。
留学先で恥を掻いたのはお前のせいだって言っていたような気がする。
軍事国家に留学するのだったら攻撃魔法と防御魔法ぐらい覚えておくのが常識だ。今思えば、自分の勉強不足まで僕のせいにしてたんだな。
しかし何故兄上だけが此処に来ていないのか、よく分かったよ。
自分が此処に来たら、かつての同級生たちに馬鹿にされると思ったからだね。
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