前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

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第三章

第48話 番の魔石

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 アーネルシアの情報は、常にヴィングリードの諜報員によってゼムベルトの耳にとどいているようで、父と姉がボロボロな死体となって発見された情報が先ほど届いたみたいだ。
 彼らの死の状況からゼムベルトは山賊の仕業、と解釈したみたいだけど、僕はちょっと納得出来ず首を傾げる。
 アーネルシアは山賊なんか滅多に出ない。山は魔物が多いからね。
 そもそも馬車は何故、山道の方を通ったのだろう?
 時間はかかるけれど、平坦な道を選んだ方が危険は避けられたはずなのに。


 かつて姉は兄と共に、僕の嫌がらせの為だけに、奴隷のフリッツを魔物が跋扈する森へ使いにやって、死に追いやったことがあった。
   姉ミーリアムはそのフリッツと同じ死に様を味わうことになった……何だか絵に描いたような因果応報だ。

 一方、家で留守をしていた兄は一度に父親と姉を失い、急遽侯爵家の当主に就くことになった。
   しかし父親が抱えた負債や領地問題、さらに近々爵位が剥奪されることを王室から告げられ、ノイローゼになったそうだ。

 日頃のウサを晴らすかのように使用人を言葉で責め立て、暴力を振るうようになり、ある日、それに耐えられなくなったメイド長が兄を刺し殺してしまった。
 罪に問われるのを恐れたメイド長は逃亡を図ったが、程なくして王宮の兵士に捕らえられたのだという。
 その時彼女は「ジュノーム坊ちゃまさえいてくれれば……あの子が私の盾だったのに」と、呟いたそうだ。

 ゼムベルトから実家の状況を聞いた僕は、元父と元姉の死に疑問を抱いたものの、それについて深く追求するつもりはなかった。

 元父上も元姉上も、あの春の舞踏会で愚かな発言を連発したことで、多くの人間を敵に回した。
 皇帝は自分が告げた言葉を、真っ向と否定した父上に不快感を覚えていたし。
 アーネルシアの貴族たちは、自分たちが信仰する勇者の伝説を全否定する父上に冷ややかな視線を送っていた。
 皇后陛下は、ゼムベルトの子を産む宣言した姉に敵意を抱いていた。
 そしてなによりゼムベルトが、僕を虐げた元父上と元姉上に殺意を抱いていたからね。
 あの中の誰かが元父上と元姉上の死に関わっている可能性はあるとは思うけど。僕にはもうどうでも良いことだ。
 この手で復讐できなかったのが、ちょっと残念なだけで。
 あの人達は僕にとって、最早どうでもいい存在になっていた。



「ジュノ、少し外の空気を吸おうか」

 ゼムベルトに誘われ、僕はこくりと頷いた。
 テラスに出ると、そこからは帝都が一望できる。
 空は鮮やかな朱に染まり、黄金色の西日が帝都の街並みを照らしている。
 夕焼けのまぶしさに目を細める僕をゼムベルトが後ろからそっと抱きしめた。 
 
「これからは俺が君の家族になる。必ず幸せにするから」
「ゼム……」
 
 僕はゼムベルトの胸に寄りかかり抱擁に身を委ねる。
 嬉しくて、嬉しくて泣きたくなった。
 こんなにも幸せでいいのだろうか。
 ゼムベルトは一度、抱擁を解いて僕と向かい合わせになる。
 何事かと、瞬きをする僕に彼は小さな箱を差し出してきた。
 箱を受け取り、開けてみると、そこには僕と同じブラッドレッド色の石がはめ込まれた指輪が入っていた。

「これは勇者がかつて難攻不落のダンジョンと呼ばれた無限迷路で見つけた秘宝だ。俺も同じ指輪をしている」
「婚約指輪ってこと?」
「ああ……だけど、この指輪をはめた瞬間、君は俺から逃げられなくなる」
「どういうことだ?」
「俺が今身につけている指輪の魔石と、今、君に渡そうとしている指輪の魔石は番のようなものでな。離れると互いの場所を伝えようとする習性があある」
「つまり?」
「君がどんなに離れた場所にいても、この指輪を身につけていたら居所が分かるんだ。魔石が俺に、番である魔石の居場所を教えてくれるから」
「……」

 成る程、僕が遠くに行ったとしても、この指輪を身につけていたらゼムベルトに居所が分かるってことか。
 うーん、何の断りもなく逃げた前科があるからな。そういったものを渡したくなる気持ちは分かるけど、何か監視されているようで嫌だな。

「もちろん強制はしない。この指輪はそれだけじゃなく、魔力を増幅させる作用や、疲れを癒やす作用もある。付けたい時に付けてくれればいいから。ただ、有事の時のためにも、出来るだけ身につけて欲しい。王太子妃の身を狙う不届きな輩はいくらでもいるから」
「……」

 僕は不届きな輩に簡単にやられたりしないけれどね。
 でも、今の言葉を聞いて僕も考えを変えてみることにした。
 つまりゼムベルトが何かしらの事故に巻き込まれ行方不明になったとしても、この指輪があれば居場所が分かるのだ。
 そう考えたら、指輪を身につけておくのも悪くはないか、と思った。
 相手を縛り付けているのは、僕も同じ、ということになる。
 それに僕はもう逃げも隠れもしないから、こいつが捜索として役に立つことはないだろう。体力を癒やしてくれるアイテムとして使わせて貰うことにしよう。
 僕が薬指に指輪をはめ、ニッと笑うと、ゼムベルトは嬉しそうに破顔した。

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