前世魔王だった僕は、前世勇者だった男に求婚されたので逃げ出しました

榎村まこと

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第四章

第52話 魔族の来襲①

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 あれからどれくらい求め、求められたのか分からない。
 最初はされるがままだった僕も、だんだん自分からゼムベルトを受け入れるようになっていた。
 特にゼムベルトを見下ろしながら、馬乗りになって受け入れる騎乗位は僕も気に入った。腰を動かすとゼムベルトは蕩けるような表情を浮かべるのだ。
 あの勇者がこんな顔をするのか……もっと、彼を骨抜きにしてやりたい。僕なしじゃいられないようにしてやりたい。
 ジュノーム=ティムハルトとして彼が愛しいと思う反面、魔王としての記憶がゼムベルトを支配したい、独占したい、彼を屈服させてやりたい、どうしようもない負の衝動も突き上げてくる。
 だけど、ゼムベルトはそんな僕の負の感情さえ喜んでいる節がある。
 彼は僕に支配されても構わないと思っているようだし、独占欲を剥き出しにした僕を見ても嬉しげだし、僕が跪けと言えば、何の躊躇もなく跪くような気がする。

 この勇者の生まれ変わりは、平たく言えば変態なのだと思う。それが負の感情であろうと、正の感情であろうと、僕の行動一つ一つに新たな発見があるたびに嬉しくてしかたがないみたいだ。

 ひとしきり求め合った後、僕はゼムベルトの腕の中で微睡んでいた。
 まだ興奮覚めやらぬのか、ぐっすり寝ることはできない。
 少し頭を冷やしたくなって、僕はバルコニーへ出た。
 夜中である今は街の灯火もほんのわずか。だけど満月がいつになく明るく下界を照らし、夜の街並みを見渡すことができた。

 僕は自分の身体を抱きしめる。身体が震えるのは外が寒いわけじゃない。
魔王ともあろうものが、今、恐怖に駆られているのだ。
 ゼムベルトとの結婚が近づくにつれ不安になる。
 このままでいいのか、と。
 結婚するまでに、魔王としての前世の記憶があることを告げた方がいいのかもしれない。
 信じてくれるかどうかは分からないけど。
 ノアが勇者の仲間の生まれ変わりであることに関しても、ゼムベルトは未だに半信半疑のままだった。

 一度オルティスに、自分が魔王であることを告げた方が良いのでは? と相談したことがあったのだけど、彼は何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。
 
「ノアの前世のことを、私からも何度か殿下にご説明申し上げたのですが、今ひとつピンと来ていないようです。もちろん信じていないわけじゃないのですよ? しかし本人の記憶が蘇らないことには、いくら説明してもお伽噺を聞くような感覚になってしまうのではないかと」

 
 確かに僕がこんなに悩んでいるのも断片的ではあるけど、前世の記憶があるからだ。もし記憶が全然なかったら、前世の出来事も他人事のように聞いていたと思う。
 ゼムベルトの記憶もそうだけど、僕自身完全に記憶が蘇っていないことにも不安を覚えている。
 氷の檻の中でアレムに無理矢理記憶を引きずり出されそうになった時、僕自身は思い出すのを拒否していた。
 記憶が断片的なのはもしかして僕自身が思い出したくないからなんじゃないだろうか? 
 そんな僕の記憶がふとした拍子で蘇ってしまったら、今までのように素直にゼムベルトを受け入れることができるのか? 
 全部思い出さないことには何とも言えない。

 僕の前世が魔王であること。
言わないよりは、あらかじめ言っておいた方がいいんじゃないかと思う。
 ゼムベルトの記憶が蘇った時の悲劇のことを思うと。
 
 
 明日、彼が起きた時に自分が魔王の生まれ変わりであることを告げよう。



◆◇◆
 

  翌朝
 僕が目を覚ました時、隣にゼムベルトの姿はなかった。
 しまった、先を越されたと思ったのも束の間、イプティーが部屋に飛び込んできて僕の前に跪いた。

「ジュノーム様っっ!急いで身支度をして避難の準備をお願いします!!」
「避難? ……一体何があった?」
「魔族が……魔族たちが大挙して我が城に攻めてきたのですっっ!!」
「……っっ!?」

 
 どういうことだ!? 
 人族と魔族は和解したのではないのか? 
 確かに一部の人族や魔族の中には互いを快く思っていない者もいるが。

「一体どこの国の魔族が……軍を率いるとは一国の軍隊が動いているということだろう?」
「いえ、何処の軍隊にも属していないようです。恐らく人族を快く思っていない魔族が一丸となり攻めてきたのだと思われます」
「愚かな……」

 僕は唇を噛みしめる。
 人族を快く思わない連中が一丸となって……ようするに烏合の衆というわけだ。そんな奴らが世界最強の軍事を誇るヴィングリードを攻めるなど無謀もいいところだ。
 しかし僕が避難しないといけないということは、奴らは帝都付近までは攻め入っているということか? 
 人界と魔界の境界である山脈付近は、ノアの兄弟たちも所属する大隊が強力な防衛線を張っているはず。たかだか烏合の衆にそれが破られるとは思えないのだが。
 僕は考えながら、チュニックとマントを羽織る。
 そして窓の方を見て目を見張る。
 魔族の軍勢が今にも帝都に迫る勢いでこちらに向かってきているのだ。
 歩兵型の魔族や騎馬型の魔族、飛空型の魔族まで!!
 一体どういうことだ!?  
 人界と魔界は大陸の中心にあるクレスター山脈を越えなければならない。空飛生物に乗る騎士ならまだしも、騎馬軍や歩兵軍が越えられるような山脈ではない。
 あのデスフリード山だって冒険者の上級者じゃなければ登りきるのは不可能だ。烏合の衆がそんな上級者たちばかりだとは考えにくい。
 とにかく魔族の軍勢が国境を突破した時点で何かしらの知らせがここに来る筈だ。
 しかし、そんな知らせ一つなかったなんて……まるで軍勢が瞬間移動でもしたかのようにここにやってきたとしか思えない。
 
 いや、不可能なわけではない。
 自分も魔王だった時、一度だけ試みた。
 巨大な魔法陣を描き、軍勢をヴィングリード帝都付近まで送り込んだことがあったのだ。
  その時は帝都を壊滅寸前にまで追い込んだが、勇者たちが駆けつけ、なおかつ国王直属の防衛部隊の活躍により帝都に送り込んだ魔王軍は全滅。
 しかも魔力も殆ど消費してしまい、力を取り戻すのに一ヶ月近く掛かった。
 あまりにもリスクが高いため、二度とやるまいと思っていたが、魔王だった僕以外に、あんなことをしてのける者がいるのか。

「……!?」

 ふと僕は邪神アレムのことを思い出す。
 氷王に憑依していた邪神。
 その氷王をゼムベルトは倒したけれど、アレムの魂がそこで消滅していたかどうかは確認出来ていない。
 ゼムベルトに剣を貫かれたとき、絶叫を上げていたのは氷王であって、アレムではなかった。
 邪神が新しい依り代を見つけ、魔物の軍勢をこの場に送り込んだのかもしれない。


 このままでは帝都が火の海になる。
 


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