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第五章
第61話 魔導師アシェラ④
しおりを挟むイルは戦で活躍した褒賞として、僕との結婚を国王陛下に求めた。
国内は同性同士の結婚には寛容だったし、僕自身、魔導師として被災した村を助けていた功績もあったので、国民は歓迎ムードになった。
イルに恋をしていた妹姫はもちろん反対し、自分との結婚を国王に要求したらしいが、元々他国の王子との婚約が決まっていたので、聞き入れられることはなかった。
国王陛下はしばらく考えてから、次の戦で活躍をしたら僕と娶せるという約束をした。
イルはそれを快諾した。
僕との結婚を現実にするために、再び戦いの場に身を投じることになったのだ。
◆◇◆
隣国と領土を争う戦は、イルの活躍によって平定した。
領土はこちらの国のものとなり、小さな国は領土を拡大することに成功したのだ。
その功績は多大なるものだった。
これで人間同士、戦をすることはなくなる。
戦勝の報告を聞いて僕も安堵していた。
けれども三日後――――
「イル=シュトーレンは名誉の死を遂げられました」
戦の総指揮官だった将軍直属の騎士によって、その報告はもたらされた。
僕は信じられず、思わず騎士の胸倉を掴んだ。
「勝ったのに死んだ、というのはどういうことなんだ!?」
「毒です。敵に仕込まれた祝杯の葡萄酒の中に毒が入っていたのです」
「毒、だと?」
僕は呆然と呟き、膝を付く。
報告に来た騎士は、逃げるようにして帰って行った。
いくら鍛え上げた強靱な肉体でも、毒が入った酒を飲んでしまったらひとたまりもないだろう。
さらに三日後、僕の教え子であり、イルの親友だったバーシュがイルの亡骸を背負い、僕の元にやってきた。
元々大柄な子だったけど、さらに大きくなったな。
頬には痛々しい三日月型の傷ができていた。
「せめてあなたの手で天上へ召されるのを見届けてください」
亡骸をとどけてくれたバーシュは僕にそう言ってくれた。
一緒に戦った他の教え子たちも、毒入りの祝杯を飲んでしまい皆死んでしまったのだという。
酒が苦手だったバーシュだけは飲まなかったので死なずに済んだそうだ。
「君だけでも無事で良かった」
バーシュも僕にとっては可愛い教え子だった。
彼だけでも無事だったことは、少なからず僕の救いとなった。
だけどバーシュは悔しそうに唇を噛みしめていた……いや、悔しいどころじゃない。
彼の双眸には憎しみが宿っていた。
「バーシュ、何かあったのか?」
僕の問いかけに、バーシュは膝を付き、床を叩きつけた。
その目からは次から次へと涙が零れる。
「仲間達が酒盛りをしている時、自分は川に水を汲みにその場をはなれていました。水瓶を持って戻って来た時、別の隊の兵士達がテントから出てきて話をしているのが聞こえました。自分はその時、何故か嫌な予感がしてその場に隠れていました」
「……」
「奴らは笑いながら言っていたのです。“将軍に予定通り、イルの部隊は全滅したと伝えておけ”と。自分たちは最初から殺される為に戦に駆り出されたことをその時知ったのです」
「……!」
僕は目を見開いた。
父上は……国王陛下は最初から僕たちの結婚を許すわけがなかったんだ。
いや、もしかしたら、僕がイルと一緒に暮らしていると聞いた時点で、イルを始末しなければならないと思ったのかもしれない。
イルだけじゃなく、他の教え子たちも。
僕が愛し、愛される存在になり得る人間は全員殺すつもりだったのかもしれない。
バーシュの報告を聞いていなかったら、イルは敵がしかけた毒で戦死を遂げたという将軍直属の兵士の報告を信じてしまっていただろう。
「バーシュ、長い戦、疲れただろう。今日はここで休んでいくといい」
バーシュを客室に案内してから、僕は教会の祭壇の上に横たわるイルをじっとみつめていた。
イル……僕が君を愛してしまったから。
君との幸せな日々を思い返すと涙が止まらない。
初めて出会った日。
なかなか心を許してくれなかった日々。
初めて笑った日。
穏やかな日を、笑い合いながら一緒に過ごしてきた日々。
毎日、毎日が幸せでいっぱいだった。
誰かを愛しながら過ごす日々がこんなにも幸せだったことを知ったのは、イル、君のおかげだ。
会いたい。
僕は君に会いたいよ。
【会わせてやろうか?】
どこからともなく聞こえてきたその問いかけに、僕は目を見張った。
周囲を見回すが誰もいない。
こんな……空耳まで聞こえるなんて。
僕が息をついた次の瞬間、両肩に重いものがのし掛かってきた感覚がした。
な……なに?
突然息苦しくなって。
しかも上にのしかかってくるこの圧は何?
否応なく僕は跪き、頭を下げる格好になる。
【愛しいイルに会いたいのだろう? というよりも、イルに生き返って欲しいのだろう?ならば、生き返らせてやろう】
「あなたは……」
【我が名はアレム。神の一人だ。お前が私の言うことを聞けば、この者を蘇らせてやる】
その言葉は愛しい人を喪い、弱り切った僕の心をたやすく屈服させた。
何か罠がある……それが分かっていても、イルが蘇るのであれば、何だってやってやるとおもったのだ。
「やる……何でもやるから、イルを生き返らせてくれ」
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