上 下
68 / 76
第五章

第68話 決戦②

しおりを挟む
「魔王、お前を倒しに来た」
「何の為に?」

 僕はまずそれが知りたかったので勇者に問うてみた。
 向こうも問答無用で斬りつけてくる短気な性格ではないようで、落ち着き払った様子で質問に答えた。

「女神からの依頼だ。あなたを倒せば、最愛の人に会わせて貰えると約束した」
「ふふふ、最愛の人ね。そのために二百年間も勇者として戦ってきたのか」

 奇妙なものだな。
 勇者も最愛の人物の為に、自身が勇者になることを承諾したのか。
 僕も君と同じで、最愛の人物の為に魔王となった。

 君と僕はなんて似ているのだろう?

 だけど、こんな所で親近感を覚えている場合じゃない。
 僕は帯剣している剣を引き抜き、身構えた。
 勇者は青白く輝く大剣に対し、僕はブラッドレッドの剣だ。

「覚悟しろ、魔王!」

 勇者がまっすぐこちらに向かって突進し、躍りかかってきた。
 僕は剣を握り身構える。
 勇者は跳躍し、身体を捻り大剣を振り下ろしてきたので、僕はその刃を迎え討つ。
 その瞬間火花が散り、剣を持つ手に衝撃を覚える。
 勇者は続けざま、綺麗な弧を描くように剣を振るう。大剣とは思えない軽やかさだ。
 僕もそれを受け止めるけど、最後の一振りが受け止められず、後方に飛び退いて避ける形になる。
 だけどその間に炎の攻撃魔法の呪文を僕は唱えていた。

大炎華フレアルド
防御魔法バリアルト

 炎の攻撃魔術を唱えるが、防御魔法の壁にぶつかり勇者にダメージを負わせることはできなかった。
 相当強い防御力だな。普通の魔法使いの防御魔法だったら、わずかにダメージを減らす程度にしかならない。

大雷華ライアルド

 勇者が唱えた光の攻撃呪文。
 僕の頭上に雷が落ちるが、ぼくもまた防御の魔法を唱え雷撃を弾いた。
 雷撃は防御の壁にぶつかった瞬間、華のような形を描き横に広がる。
 その衝撃は、邪神アレムが造りあげた魔王城の崩壊を招く。
 雷撃の華に触れた壁や柱に罅が入り、崩れはじめたことで屋根も傾きだしたのだ。
 僕は防御魔法によって瓦礫の下敷きになることはないが、城の中にいた配下たちはもう助からないだろう。

 残るは僕と勇者だけだ。
 もう配下のことを気にせず、心置きなく戦うことができそうだ。





「「炎砲魔法ファイボムド」」





 勇者と僕の考えがリンクでもしたかのように、互いに同じ呪文を唱えていた。
 大砲で撃ったかのような衝撃と破壊力のある炎が繰り出される。
 もっとも勇者は紅い炎の砲撃、僕が黒い炎の砲撃だ。
 二つの力はぶつかり合い、大爆発が起きる。

 ドォォォォォォン!

 勇者も僕も無傷だ。
 お互い防御魔法をかけたからね。
 だけど城や周辺の山があとかたもなく吹っ飛んでしまった。
 山々に囲まれていた魔王城は、何もない平野に姿を変えた。
 我ながら恐ろしい力だな。
 このままずっと勇者と戦っていたら大陸全土が平野になるかもしれない。

 ◆◇◆

 剣と剣、魔法と魔法をぶつけ合う戦いがどれくらい続いたかわからない。
 僕も勇者も、体力と魔力を回復する薬を沢山もっていたからね。薬がなくなり、どちらかの魔力が底を尽きるまで決着がつきそうもなかった。
 見晴らしがよくなった平野のど真ん中、僕と勇者の戦いは何日も続いた。

「これで最後になるね……」

 僕は体力の回復薬を飲んでから一言呟いた。
 最後の薬も使い果たし、魔力も底を尽きた。
 もう、僕には剣を振るうことしかできない。
 それは勇者も同じだった。
 しばらくの間、剣と剣のぶつけ合いが続いた。勇者が連続斬りを仕掛け、僕はそれを迎撃し、避けるなどのくりかえし。
 力を使い切った僕たちは、一兵士の斬り合いと変わりが無い戦いをしていた。

 そして――――

 僕が紅い剣を振り上げた瞬間、勇者はそれを避けきれなかったのだろう。
 彼の顔を守っていた兜が弾け飛んだ。
 金色の髪の毛、首筋には燦然と輝くミレムの聖痕。
 イベルドが初めて素顔で僕を睨んだ。
 その瞬間、僕は初めて勇者イベルドの素顔をみた。
 


「……イル?」


 僕はこの時、バシュドラーンが何故、油断して勇者に討たれたのか察した。
 勇者は人間だった時の自分の親友の顔にあまりにも似ていたのだ。
 いや似ているどころか、あれはイルだ。
 僕はバシュドラーンと違って、勇者の剣を避けようと思えば避けられた。
 だけど憎しみの目でこちらを睨むイルの顔を見た瞬間、思ったのだ。

 彼に討たれよう、と。

 イル……何で君の声を思い出せなかったんだろうな。
 光の鎧に覆われても、君の声は二百年前から変わっていなかったのに。
 僕が早く気づいていたら、何日も君にこんな苦しい戦いをさせたりはしなかった。
 ごめん……ごめんよ。イル。

「魔王ぉぉぉぉぉ、覚悟ぉぉぉぉぉ!」

 ありったけの憎しみが込められた咆哮。
 ここに来るまで、イルは大切な仲間を失った。僕も大切な配下を失い、ついさっきまで君に憎しみを抱いていたから、その気持ちは痛いほど分かる。
 こんな辛い気持ちにさせて、本当にごめん……君の気が済むのであれば、僕は君の手にかかって死ぬよ。
 君も僕がアシェラだって気づいていないよね? 無理もない……今の僕は、あの時の面影は微塵にもないから。
 見ないで……
 こんな醜い姿見ないで欲しい。
 早く僕を殺し――――

「……っっ!!」

 僕はその瞬間、イルの剣によって心臓を貫かれた。
 だけど、まだ意識はある。

「何故……避けなかった?」

 震える勇者の問いかけに答える力は残っていなかった。
 魔族の身体って嫌だね。人間だったら心臓を貫かれたらすぐに絶命するのに。
 だけど心臓を貫かれたことで、僕の身体を覆っていた甲殻がぼろぼろと剥がれ落ちた。
 甲殻が剥がれたことで、僕は再び人間に近い姿に戻った。
 醜い顔が剥がれて良かった。
 だけど、次の瞬間イルの悲痛な声が響き渡った。

「うそだ……アシェラが魔王……嘘だ、嘘だ、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」


 僕はイルに抱き起こされる。
 回復魔法の温かさを感じた。イル……僕を治そうとしてくれているの? でももう魔力が残っていないよね? 無理をしないで。女神から与えられた剣で傷つけられた僕の身体は回復魔術じゃ治らないから。
 頬に冷たいものを感じた。
 うっすらと目を開けると、イルがディープブルーの目を潤ませ、大粒の涙を零していた。

「アシェラ……嫌だ……嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ」  


 イル……お願いだ。
 泣かないで。 
 今、君の腕の中にいてとても幸せだ。
 だから君も幸せになれ。
 僕を倒したら、会いたい人に会えるんだろう? 
 その人とどうか幸せに……。

 僕の記憶はそこまでだった。
 ……全てを思い出した。
 ゼムベルト、僕は君のそばにいたらいけない人間だったんだ。
 僕の目から涙がこぼれ落ちた

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

知識を従え異世界へ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,328

元獣医の令嬢は婚約破棄されましたが、もふもふたちに大人気です!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:12,608

異世界産業革命。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:31

弱みを握られた僕が、毎日女装して男に奉仕する話

BL / 完結 24h.ポイント:809pt お気に入り:10

会社を辞めて騎士団長を拾う

BL / 完結 24h.ポイント:2,272pt お気に入り:40

処理中です...