舞台上の恋

一威

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番外編

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父がすでに自分を息子としても微塵も感じない目で見てくるときはもう三輪山はすっかり理解してしまっていたのだ。

諦念に浸透されたわけではなく、正しく判断していたのだろう父の内面の干乾びきった空虚さの具合と絶望を認識することの出来ない無垢な脆弱さを。
だから亡くした最愛の妻に瓜二つといっていい程の冷たい美貌を纏っている息子に父はいつだって首を傾げてばかりだ。

母の喪失を理解することをすっかり放棄して、ずっと、行儀良く椅子に座ったお利口な子供のように、じっと静かにまあるい疑問ばかりを繰り返し抱きながらけれども口には出さずに常にふわふわ不思議そうにしている男だった。
息子と認識出来ない事に疑問を抱きながら気にせず、狂う程愛した女にそっくりな人間と向かい合ったという事に焦燥を抱くこともせず、……ただ、ただ、本当にずっとぼんやりと目をゆらして…、時折、無邪気な子供のような笑みで三輪山を見つめていた。

いつしか画家である父は三輪山をモデルに絵を描き始めたがしかし、彼にとっての女神は母でしかなく、永遠に彼女しか描かないと決めた彼は…、三輪山にポーズをとらせながらも完成させた絵はすべてが女性の曲線をもっていたのだから…表情さえ妖艶となっていたから本当に参った。三輪山を通して母をみているわけでは決してない筈でも彼の筆にかかると三輪山の位置で母が生々しく微笑んでいるのだ。

母は本当に美しいだけの女だった。穏やかで、類い稀な美貌をもったことが窮屈で仕方ない卑屈な女で、父と出会うことさえしなかったら当たり前の幸せを享受出来ただろう。

美の奴隷であった父に見出されてしまった彼女は憐れな程に研磨され完璧を超えて整えられてしまった。
もちろん最も削られてしまったのは精神に他ならない。そして父への愛情もだ。だが悲しいことに彼女の純粋さは喪われることがなく。
純粋さは狂気の修飾となった。尖るように狂っていく母は妖艶さを加速させて大輪の薔薇のように咲き誇り同時にすべてが希薄となっていった。踊るように心を喪って何処かへ駆け降りていくような母の薄い眼差しは焦点を結ぶことはなくもう父への怯えさえほどけて透き通り…ただ水の柔らかさをたたえた目が人形のように美しい形ではまっていた。
凄みの増した美貌を父は必死に描きとめていく。


言葉の通じないふたりだった。あんなにも視界のなかに留まる位置でありながら見つめ合えない夫婦。
愛を芽生えさせながら、死へ向かう母とともに二人の愛情も緩やかに溶け出し終焉へと向かう。

悲劇的な喜劇だったわけだ。






母が精神からくる消耗なのか、体は患いを得て瞬く間に儚くなれば、父は無邪気さが増した。歌をくちずさむように跳ねて軽やかに『母』をますます描き上げて巨万の富を築き続けた。そうしてたった一人の息子はたくさんのひとから奪い合われた。
騙し、唆され、横暴なまでに狂われ、……三輪山は終始冷たい目でわらっていただろう。

欲しがられるままに与え、踏みつけにくるならば優しく抱きしめ、束縛するなら微笑んで引き裂いてやった。三輪山は母よりも凄みの増した美貌を有益に扱えるのだから怖いものなどない。傷つく心はもはや何処か。愛情を求めるままに、永遠を探して、安穏をしゃぶって、飴玉のように恋心というものを舌先で転がし吐き出した。

三輪山は、三輪山の美貌に惑わされるひとが全て父を思い出させて憐れでならなかったから、当然全力で愛したとも。
金より三輪山の美貌に傾倒していく。涙を詰まらせ、金の亡者どもが、…悲痛な愛を叫ぶ。

しかし三輪山は心のない肉人形であるから甘く微笑み、聖母のように慈しむことしか出来ないのだけれど。

どんなに受け入れても。混ざり合えないなら、傷つけるしか出来ないなら、……孤独であることも苦ではないけれど、誰かを愛し続けたかった。
誰でもいいよ。心をあげれないよ。体なら幾らでも探ってもいいさ。ただひたすらに尽くして愛させて欲しかった。
もう他に楽しいことはなかった。目まぐるしい狂騒でずっとふさいでいてくれればと。もう寂しさで死にそうだった。

もっともっと、もっと狂ってみせて、もっと深く、虚しくなって思わず笑いたくなるくらい、……ひたすらに安堵させて欲しかった。









父も母も悪くないと。
ただ、美しさが悪いのだ。彼らは愛し合っていたよ。
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