飢饉の中で

火消茶腕

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飢饉の中で

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「例の木こり一家死亡の件の報告に来ました」
 部屋に入るなり部下が長官に切り出した。
「ああ、あの件か。ただの一家心中だったんだろ。まあ、このご時世だ。方々で姥捨て、子捨てが起こっている。それを嫌っていっそ皆であの世にって考えてもおかしくないさ」
 長官は椅子にふんぞり返ったままそう部下に言った。
「ところがそう単純な話でもなさそうでして。明日食べるものがないのを苦にして一家心中したとは思えないんです」
 部下のその言葉を聞いて長官は片眉を上げた。
「ん?なんでそう思うんだ」
「実はその木こりの家でけっこうな量の宝石類が発見されまして」
「何!それは確かか?」
 長官は思わず身を乗り出した。
「はい。テーブルの上に無造作においてありました」
「テーブルの上に?裸のままでか?」
「はい」
「宝石があったのはそこだけか?別の場所にも隠してあったか?」
「あったのはテーブルと多分そこから転げ落ちたと思われる床の上と、後息子のポケットの中にひとつです」
「息子のポケットの中に?父親とかは持ってなかったのか?」
「ええ、父親の懐には何も」

「ふむーっ」
 長官はしばし黙ったままでいたが、なにか思いついたのか部下に聞いた。
「父親は首を吊っていたんだよな」
「ええ、居間の柱に腰紐を使ってぶら下がっていました」
「息子は?」
「息子の方は明らかに頭を殴られて死んでいました。そばに血のついた薪が落ちていましたから多分それが凶器でしょう」
「女房は井戸に身投げだっけか?」
「そのことですが」と部下は一旦言葉を切って言った。「怪しい点があるのです」
「なんだ?」
 長官は身を乗り出した。
「女房の遺体があった井戸の水かさは深くありませんで、溺れるのには無理がありました。それで落ちるときに頭をぶつけたのだろうと考えたのですが、念のため井戸をさらったところ、明らかに最近投げ入れられた石が多数見つかりました」
「ということは」
「はい。女房を井戸に突き落としても死ななかったので石を投げて殺したものと思われます」
「じゃ、女房も夫に殺されたということか」
「夫がやったとは断定できませんが、自殺ではないでしょう」

 長官は顎に手を当て考えを巡らしていた。
「そういえば娘もいたな」
「はい、娘は首を締められてました。首に残った手形は大きさから父親のものと考えられます」
「母親は井戸に落とされ、息子は薪で殴られ、娘は首を締められ、父親は首吊り。ばらばらだな」
 長官は言った。部下は黙っている。
「父親の首吊り、別の奴が偽装したとは考えられんか?」
「かなり難しいと思います。木こりは大男でしたから」
「そうか」
 再び長官は沈黙した。

「で、宝石の出所は分かったのか?」
 長官が顔を上げ部下を見つめて言った。
「それはまだですが、まず木こりが元から持っていたものでないことは確かです。どこからか盗んできたというのが一番可能性があると思います。それでなんですが、つい先日、隣の県から連絡がありまして。木こり一家が死ぬ二三日前に、老婆が殺されて宝石を奪われたらしいのです」
「木こりのところの宝石がそれだと」
「まだ、確認は取れていませんが、この近在で宝石盗難があったのは最近ではそれだけです。何でも殺された老婆は変わり者で、森のはずれに一人で住んでたそうです。そこは木こりの家とは森を挟んで丁度反対側らしいんですが、それで狙われたんでしょう。ただそれですとおかしい点がありまして」

「それはなんだ?」
 長官が尋ねた。
「その老婆はかなり秘密主義だったそうで、老婆が宝石をたくさん持っていることは一部の親戚しか知らなかったようなんです。その為、それを知っていたものが犯人なはずです。それと老婆の家はいつもきちんと戸締りがしてあったらしく、押し入るとしたら戸か窓を壊さなければ入れないんですが、そんな様子はなかった、ということもあります」
「何だ、それなら顔見知りの犯行だろう。木こりとその老婆が知り合いだなんてことは」
「ありません。ということで老婆の宝石と無関係なら木こりの所の宝石の出所は今のところ全く分からない、ということになります」

「木こりはどんな男だったんだ。宝石泥棒をするような奴だったのか?」
 また長官は部下に聞いた。
「近所の人間から聞いた所では、木こりはどちらかというと気の弱い方だったようで、そんなだいそれた事をするとは考えられないと言ってます。むしろ女房のほうが気が強くて、尻に敷かれていたと」
「ふむ、じゃその女房が何処かから盗んだか」
「女房がですか。なるほど。それを亭主が咎めて争いになり、つい、殺してしまったと」
「いや、待て。それだと井戸に落としたところにさらに石を投げつけるのはちょっと違う気がする」
「でもそれなら宝石を残して自殺してしまうのも分かるんですが。我に返って、自分の罪の重さに耐え切れず、子供たちを残して行くのも気の毒に思い、道連れに、と」
「しかしそれなら薪で殴り殺したりするかな?息子の方だが。娘のように首を締めるとかの方がそれっぽいんじゃないか」
「はあ、そうですかね。でも他に考えようがありますか?」

 んーっ、と長官は唸った。腕組みをし、額を叩きしていたが、何か閃いたのか、部下に聞いた。
「井戸の底から見つかった石だが、どんなもんだった?」
「石ですか。大きさはこぶし大ぐらいで、その辺にどこにでも転がっているものでした。それが二十あまりも見つかったんですが」
「息子と娘の歳は幾つだ?」
「兄のほうが十歳くらい、妹が八つだったかと」

「よーし、多分こういうことだ」長官が高らかに言った。「宝石を盗んだのは息子だ。妹も関係してるかもしれないが。隣県の老婆から盗んだんだ」
「えーっ!」
 部下が明らかに不服のな様子で叫んだ。
「まあ聞け。息子は森に入って迷ったふりをしたんだ。もしくは本当に迷ったのかも。子供が道に迷って家を尋ねたら中に入れてやっても不思議ない。老婆はそうした。だから押し入った跡がないんだ。宝石は老婆が見せたのか、偶然見てしまったのか知らないが、とにかく息子はそれを盗むことを決心する。老婆殺しが計画的だったか盗みがばれて思わずやったのかわからないが、とにかくやってしまった。どうだ?」
「まあ、一応筋は通ってますが、それだと木こりの女房はなぜ?」
「息子は家に帰る。その時家にいたのは母親だけだった。そこで自分のやったことを母親に告白する。ほめられると思ったのかもな。しかし口論となり、母親を井戸に突き落としてしまう。そう考えるのには理由がある。石の大きさだ。大の大人ならこぶし大ではなく、もっと大きい石を投げ込むだろう。息子にはこぶし大の石で精一杯だったんだ」
「なるほど、そして今度は帰ってきた父親に告白して」
「木こりは気が弱かったらしいが、さすがに息子が老婆を殺して宝石を盗み、咎めた母親まで殺したんでは」
「それで薪で殴ってしまったと」
「ああ、そして娘を一人残すのも忍びなくて」
「首を締め、自分は首を吊ったと」
「そうだ。この筋書きだと息子のポケットに宝石が入っていたのも説明できる。一つ出し忘れたんだ」

「なるほど。では、そういうことで事件解決ですね。息子が宝石を老婆から盗み殺害。母親も殺す。父親が息子と娘を殺し自殺、と」
「うん、それでいいだろう。そういえばそいつらの名前はなんて言うんだっけ」
「えーっ、父親はハンス、母親はマリア、子供はヘンゼルとグレーテルです」

終わり
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