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第3話 異世界四重奏 〜イセカイカルテット〜

13「シルヴィアデー」

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 皆さん、おはようございます。
 ミラちゃんになって早くも3日目ですが、どうやら今日も大変な一日になりそうです。


「ミラちゃーん! 入るよー!」

 いつも通りの元気な声が聞こえてくると、俺の許可を待たずして一人の女の子がドアを開けて部屋へと入ってくる。
 その服装はオシャレへの追求を絶やさない彼女らしいものだ。
 もちろんこんな状況で俺が無事なはずもなく。

「おっほー! かっわいー!」

 男が出していたなら警察沙汰になってもおかしくないような声を出した原因は、もちろん俺の姿である。
 例の如く爆音アラームでシルヴィアを起こした後、朝食を挟んでの勉強会。そして昼食を挟み、昨日の約束通りショッピングに行くという、まさにシルヴィアデーとなっている。

 そして女子を追求するシルヴィアと共に居るということは、つまり俺の“女子”も追求させられるということと同値である。
 昨日同様にシルヴィアの持つ服から見繕われたものを着るハメとなっていた。
 そしてそれに身を包んだ俺を見たシルヴィアが、おっさん臭い奇声を発したという訳だ。

『おっほー……』

 こら、言ってやるな。

「それにしてもミラちゃんほんと可愛いねー! 太腿もスベスベ!」

 セインの言葉など聞こえていないシルヴィアは、自分の言動を思い返すこともなく俺に飛びついてくる。そしてその露出した太ももに顔を擦り付けるという、そろそろお縄になりそうな変態極まりないトンデモ行動を繰り出してきた。

『お、やっぱりシルヴィアさん大胆です! 行け!』

 なにか一人別の意味で興奮している奴も居たりするし、もうちょっとマトモな女の子は居ないものなのだろうか。
 とにかく真剣に恥ずかしくなってきたので、シルヴィアの顔を太ももから引き剥がそうと手をかける。

「や、やめて。そろそろ行こう?」
「お、そうだったー! よし、じゃあレッツゴー!」

 本来の目的を忘れて女の子の身体を堪能していた少女は俺の言葉に、『そろそろ出掛けねば』とハッとした様子で回れ右をして元気に歩き出した。

「ミラちゃんの着せ替え楽しみだなーっ!」

 そんな、不安になるようなことを言いながら。


 ◇


 やっほー! 魔法使いのミラちゃんだよ!
 異世界に来て3日目! 今日はパーティメンバーのシルヴィアちゃんと一緒にショッピングに来てます!
 まずはお洋服探しからだって! ファッションセンスの高いシルヴィアちゃんに服を選んでもらうので、とても楽しみです!
 あ、そうこう言ってたらまた新しいお洋服を持ってきてくれたみたいです!
 今度はどんな服かなー?


「やっぱりミラちゃん何着てもかわいいーっ! けど、やっぱり脚出した方がもっと可愛いねっ!」

 なんで西欧寄りの街並みをした異世界に存在するのか分からないチャイナドレス風の衣装を身に纏った俺は、シルヴィアからもう何度目になるか分からないお褒めの言葉をいただいていた。
 シルヴィアの勢いに逆らえず、昨日のように着せ替え人形と化していた俺は、昨日着たようなものから今のような全く未知の領域の服まで、あれやこれやと着せられ続けている。

 もう何着身に付けたのだろうか。思い出したくもないので数えたりはしないが、10とかそういった数字でないのは確かである。

 というかここに来て女の子の服の豊富さにも驚かされている。そもそもが『たまに外に着ていく服と、あと部屋着が数着あったらいいや』くらいにしか考えていなかったのもあって、もう服だけで頭がパンクしてしまいそうである。
 そしてこんな地獄のような流れを繰り返しているうち、ひとつ変わったことがあった。

「お客様! これはいかがでしょう! 背中が開いたものなのですが、これからの暑い季節と、お客様の美しいお身体には最適かと思われます!」
「いい! いい! じゃあこのホットパンツと合わせてみよっか、ミラちゃん!」

 いつの間にか店員がシルヴィア側に回ってあれやこれやと勧めてくるのである。
 マジでこの世界の女ってこんなんばっかりなんだろうか。
 しかもなんだ、そのデザインは。気圧されて受け取りこそしたものの、これじゃ──

『ブラ紐見えちゃいますね』

 そう。ブラ紐見えちゃうと思うんだ。だから──

「って、お前なんで俺の考えてること分かるんだよ」
『言いませんでしたっけ。ペンダント付けてる人の心が読み取れるって』
「は、嘘だろ!?」
『嘘です』

 ……これ氷漬けにしたら声が届かなくなったりとかしないかな。
 そんなことをふと思った俺は、ポーチから手袋を取り出して装着して……。

『て、手袋なんて取り出してどうする気ですか?』
「お前を氷漬けにしようと思って。そしたら声も通らなくなって一石二鳥だろ?」
『待って、やめてください! ごめんなさい! ……でも、声は通りますよ!』

 微塵も反省せず、残念な事実を謝罪のあとに付け加えたペンダントを本気で氷漬けにしようかと思っていると。

「ミラちゃーん、まだー?」

 カーテンの向こうから、おそらく次に着せようと企んでいる服を持ったシルヴィアの声が聞こえてきた。

「命拾いしたな」
『ほらほら、言ってないで早く着替えましょう!』

 帰ったら絶対に氷漬けにしてやろうと心に決めた俺は意志のある着せ替え人形として、背後の露出が激しい服に身を通していった。


 結局バカみたいな数の服を着せられ、そのうちのいくつかを買ってこの日のショッピングを終えることとなる。


 ◇


 元の世界でも、異世界でも、やはりお風呂というものは最高である。
 あまり思い返したくもないファッションショーによる疲れも、心の底から癒してくれる。
 ここにひとつ何かBGMが流れていれば、もう全く何も言うことはないのだが。

『私もお風呂に入れてください! 寒いです! せめて氷を何とかしてください!』

 遠くから何やら叫ぶような声が聞こえてくるだけだった。まあ、音楽が無いのは仕方がない。そこまで求めるのは贅沢という話だ。

 女の子3日目がもう間もなく終わろうとしているが、未だ自分の身体の変化に憧れることはなく、今この入浴タイムですら、自分の身体を見ては恥ずかしくなって、また気になっては目をやって、という変な行為を繰り返している。

 しかしたまに恥ずかしくなるとはいえ、ある程度自分の身体に普通に目をやり続けることができるようになったのはややの進歩だろうか。ただ、やっぱりシャワーの間はやってみたい欲が湧いて出てきてしまうが。
 それでもまだ行為に及んでいないのは、どこかまだ借り物な気がしているからだろう。

 と、そんなことを考えてしまったせいか、やたらと自分の身体が気になり始めてしまった。
 考えてみれば、触れば間違いなくうるさくするであろうセインもこの場には居ない。

 ……ちょっとだけなら、いいか?
 ついさっき普通に自分の身体を見れるようになったと言った気がするが、そんなもの、人間の三大欲求の前には関係の無いことだ。

 よし、まずはおっぱいからだよな。
 女の子になってすぐの時に触っていたかは覚えていないが、仮に触っていたとしても、混乱のせいでそのことは全く記憶にない。

 果たしてどんな感触だろうか。
 ゴクリ。俺は生唾を飲んだ。

「やっほー!」

 刹那、風呂場の戸が勢いよく開かれたかと思えば、まだ服を着たままのシルヴィアがそこに立っていた。
 慌てた俺は今まさに触ろうとしていた胸から手を離れさせようとして浴槽に肘をぶつけてしまい、あの言いようのない痺れに襲われて肘を押さえた。

「あっははー! ミラちゃんお風呂ではしゃぎすぎだよー!」

 どうやら何も察していないらしいシルヴィアが、楽しそうに笑いながら俺の醜態を見つめていた。
 恥ずかしいから早く用件を言って去ってほしい。

「ミラちゃんまだ入るー? 入るなら、私も一緒にいい?」
「えっ!? い、いや、もうのぼせちゃいそうだから……!」
「そっかー、残念!」

 俺の咄嗟の方便を聞いたシルヴィアは、知ってか知らずかそうだけ言って風呂場を後にした。
 行為に及ぼうとしていたところを邪魔されて、つい反射的に断ってしまったが、セインもいないことだし受けておけばよかったか。
 そんな後悔を胸に、シルヴィアの行ったあと、俺も浴槽から出るべく長い髪から水を滴らせながら立ち上がった。
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