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第10章
手紙と片目の馬
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「橋川くん、ありがとう。今まで楽しかった。」
「多岐、なんで、お前、高校生のままなんだよ。」
「橋川くんも高校生のままじゃない。」
「もっとたくさん話しておけば良かったな。」
「そうだな。」
煌は夢を見ていた。
北海道から帰ってきて、少し風邪を引いた。
体のあちこちが痛くて、寝返りを゙打ちながら、明け方にようやく眠った夜。
ぼんやりとした意識の中で、多岐はまだ生きていた。
あの日。
煌が多岐を見つけたあの日。
「橋川くんに耳の事、教えるんじゃなかった。」
「多岐、ずっと探してたんだよ。どうして、急にいなくなってしまったんだよ。あの火事の日、本当は何があったんだ?」
「ごめん。」
煌の手を振りほどくと、多岐は走って行ってしまった。
多岐を見掛けた事は誰にも言わなかった。
きっと、自分を隠して生きるほど、言いたくない事がたくさんあるんだろう。
だけど、多岐、俺はまた多岐と話しをしたいって思ってる。
野球ができなくなって閉じこもっていた俺は、多岐の明るさにどれだけ救われたか。
また、はなくろ、見に来いよ。
風邪が少し良くなった月曜日。
少し寝込んだだけでも、筋肉が落ちているのがわかる。
「コーチより、澤山の方が足が速いよ。」
「悔しいな、もう一回勝負させてくれないか。」
3年生がいなくなって、次の学年へと引き継がれたチームは、一回り小さくなった印象をうける。
まだ体ができていないヒョロヒョロの中学生に、走って負けた煌は、悔しくてもう一度勝負しようと頼んでいた。
「何回、やっても同じだよ。」
中学生達がそう言って笑っている。
「澤山くんは、ショートだったか?」
「外野だよ。どんな球にも追いつくから。」
「ショートも練習したらどうだ?」
「俺、みんなの背中見てる位置がいいんだ。」
「そうか、その足なら、ショートの方がいいのに。」
「コーチ、明日も練習にこれる?」
「明日はどうかな。」
「もうすぐ中体連の新人戦があるんだ。」
「もう、そんな時期か。」
夕暮れが早くなってきたこの頃。
仕事は少しずつ溜まり、帰りが少し遅くなってきた。
朝野球のシーズンが終了し、中学生の練習には、週末に少しだけ顔を出す程度になっていた。
野球漬けの日々が、本当に趣味の程度に変わってしまったんだな。
社会人野球をしているやつらは、一体どんな生活をしているんだろう。
教師になった京吾は、どんな毎日を送っているんだろう。
「橋川くん。隣り、空いてる?」
新人研修の日。
汐里が煌に声を掛けた。
「橋川くん、日に焼けて真っ黒じゃない。」
「そうか。」
煌は自分の顔を触った。
「中学生、教えてるんだってね。」
「よく知ってるね。」
「そこの出身なの?」
「違うよ。俺は別の中学。」
「橋川くんの家ってどこ?」
「多岐の家の近くだよ。」
「真希の家って、燃えた所?」
「ああ。」
「今度、遊びに行っていい?」
「ダメだよ。」
「なんで?」
「なんで来るんだよ。」
「真希はよく行ってたんでしょう?」
「あいつが、見つけた猫が家にいるからね。」
「私にも見せて。」
「ダメ。」
家に変えると、煌に手紙が来ていた。差出人の名前がない封筒を開ける。
橋川くん
私だってよくわかったね。
あの火事の日、私は部屋で寝ていたの。
お堂が燃えているのに気がついて、慌てて玄関を出た。
父も母も姉は、私が呼んでいるのに、大切なものを持ち出そうと、まだ家の中にいる。
燃えていく家を見ている私を、男の人が手を握ってくれたの。
私は彼の言うまま、北海道へやってきた。
彼はね、毎日絵を描いている。
本当は馬にも乗れるのに、毎日毎日、私を描くの。
もう、何もかも捨てて生きていくから。
私の事は全部忘れて。
多岐。
忘れる事なんかできるかよ。
煌は手紙を机に置くと、窓を開けた。
雨の日、ここから多岐を見たんだよな。
なんで、そんな人と遠い所に行ってしまったんだよ。
金曜日。
汐里は煌の後をつけていた。
「橋川くん。」
「なんだよ、ついて来てたのか、悪趣味だな。」
「いつも、話そうと思っても話せないじゃん。今日は、絶対私の話しを聞いてほしい。」
「じゃあ、店にでも行くか?」
「ううん。真希が見つけた猫がいるんでしょう、私にも見せて。」
「どうしても家に来るつもりなのかよ。」
「真希は入れたのに、私は断るって変じゃない?」
煌の家にきた汐里は、母に挨拶する。
ちゃっかりご飯まで食べている汐里の事を、母は彼女だと勘違いした。
「食べたら、送って送っていくよ。」
「今日は泊まるつもりだったのに。」
「走るついでに、織田さんの家まで送っていく。」
「じゃあ、猫見せてよ。」
「あれ、はなくろ、今日はいないな。俺の部屋かも。」
煌は二階に探しに行くと、汐里がついてくる。
部屋のドアを開けると、はなくろが煌のベッドにいる。
「なーに、この猫、変な模様してる。」
汐里が近づくと、はなくろは逃げて行った。
「愛想のない子ね。飼い主と同じ。」
「そんな事ないよ。」
汐里はベッドに座った。
「けっこう、図々しいな。」
「橋川くん、野球しかしてこなかったんでしょう?せっかく大学に行ったのに、合コンとかしたことないの?」
「ないよ。」
「彼女は?」
「いない。」
「1度も?」
「どうだっていいだろう、送っていくから、ほら。」
煌は汐里の腕を掴んだ。
「これ、真希?」
汐里は煌の机に上がっていた手紙を見つける。
煌が汐里の手から手紙を取ろうとすると、汐里は体の向きを変え、その手紙を読んでいた。
「返せよ。」
「真希、生きてるんだ。はい、これ。」
汐里は、手紙を煌に渡す。
「なんで、隠してたの?」
「言いたくない事なんか、誰にもあるだろう。」
「でも、これってダメな事だよね。家族はみんな死んでるんだし、自分だけ逃げたら、罪になるじゃん。」
「いいから、早く送って行くから。」
煌は手紙を机の中にしまった。
気まずい雰囲気の中、最初に話したのは汐里だった。
「橋川くん。私、高校の時から橋川くんを見てたよ。」
「そう。どうも。」
「冷たいね、女の子と話すのって苦手なの?」
「あんまり話した事ないから。」
「ねぇ、さっきの手紙、内緒にするから、付き合おうよ。」
「ごめん。」
「なんで。」
「別に俺じゃなくてもいいだろう。他にも話すやついるんだろうし。」
「真希の事が好きなの?」
「そうじゃないけど、手紙の事は内緒にしてくれないか。」
「だったら、2人で出掛けようよ。橋川くん、絶対私の事、好きになるから。」
「しつこいな、本当。」
日曜日。
汐里の推しに負けて、煌は待ち合わせの場所に来ていた。
「おはよう。」
汐里は先に待っていた。
「おはよう。」
「今日、野球はなかったの?」
「あったけど、断った。」
「私を優先したって事だね。」
「そうじゃないけど。」
「どこ行く?」
「ここらへんに乗馬やってる場所があるって聞いたんだけど、知らない?」
「ああ、ふたば乗馬クラブね。橋川くん、乗馬なんてするの?」
「したことないけど、ちょっと見てみたくって。」
「あそこね、競馬を引退した馬を引き受けて、馬術競技に使ってるみたいね。」
「へぇー。」
乗馬クラブにきた2人。
「せっかくだから、馬に乗ってみようよ。」
汐里がそう言った。
煌は2人分の受付を済ませると、汐里は早速自分が乗る馬を探しに行った。
「あの、ここに多岐という子が来てたと思うんですけど。」
煌は男性に聞いた。
「ああ、真希ちゃんね。」
男性はこっち、と言うと煌を1頭の馬の前に案内した。
「この馬ね、右目を柵にぶつけてなくしてね。競馬じゃ使い物にならないから、ここにきたんだ。真希ちゃんはこの子をすごくかわいがってくれて。ほら、あの子、右の耳が、なかっただろう。だから、左周りしかできないこの馬によく乗ってくれてね。」
「片目がなくても、走れるんですか?」
「馬って見える範囲が広いからね。片目をなくしたら、暗闇を走っているようだろうね。」
男性は、その馬を馬房から出した。
「乗ってみる?」
「はい。」
煌は一通り馬の扱い方を教えてもらうと、初めて馬に乗った。
「すごく高い景色ですね。」
多岐の見ていた景色。
地上と空の間。
温かい馬の背中は、足の内側から煌に何かを伝えている。
「足で腹を蹴ってごらん。進めって気持ちでね。」
馬はゆっくり歩き出した。
「君は真希ちゃんの彼氏かい?」
「友達です。」
「真希ちゃんが亡くなったって、未だに信じられなくてね。あの日、ここにいた従業員も急に1人いなくなってね。真希ちゃんによく話しをしてたから、そいつと逃げたのかもって、噂になってたんだよ。だけど、結局、真希ちゃんは亡くなったんだろう。どこかで生きててくれれば、そんな噂もできるのに、残念だな。」
手綱を引いていた男性は、
「今度は自分で歩かせてみてごらん。」
そう言って手綱を外した。
歩く、止まるの繰り返しだけでも、煌は体が緊張して、ひどく疲れた。
「どうもありがとうございます。」
「難しいだろう。すぐに走れるようになると思ったら大きな間違いだよ。」
「なかなか気持ちは伝わりませんね。」
「馬は本当はいつも走りたがってる。背中に乗った感覚で、この人が走らせてくれるかそうじゃないか、すぐにわかるんだよ。」
「多岐は、走らせてたんですか?」
「あの子は、すぐに走らせる事はできたんだ。この馬だけね。」
乗馬クラブを後にし、汐里をレストランに入る。
食事を終えた汐里は、
「橋川くんの家に行ってもいい?」
そう言った。
「なんで、家なの?」
「だって、他に行く所ないし。もう1回、あの変な猫見せてよ。」
煌は汐里を家に入れた。
「こんにちは。煌のお友達?」
姉の優里が彼氏の平井と家に来ていた。
「こんにちは。」
汐里は姉を見て、静かに挨拶をした。
「猫は?」
「あれ、はなくろは?」
煌が探すと
「はなちゃん、さっき二階に行ったよ。」
優里はそう言った。
「煌くん、体調はいいの?」
「はい。」
「それは良かった。」
「煌、中学生に野球教えてるのよ。今の子は、すごく足が速いんだって。」
「みんな手足も長いからね。」
煌の部屋に行くと、はなくろはいなかった。
「あれ、どこに行ったんだ。」
汐里は疲れたとベッドに横になった。
「乗馬って、本当に疲れる。」
「煌、ケーキあるよ。取りに来て。」
姉から呼ばれ、煌は下に降りた。
煌が下に降りている間、汐里は机を開いた。
多岐からきた手紙を出すと、それを写メし、新聞社に勤めている父に送った。そして、何もなかったように手紙を机の中にしまい、煌が戻って来るのを待っていた。
煌の後をついて来たはなくろは、汐里を見るなり、なぜか威嚇した。
「なーに、この猫。」
「どうした?」
煌が頭を撫でると、煌の足に乗って丸くなった。
「どうぞ。」
煌は汐里にケーキを出した。
「橋川くん、甘いもの食べるんだね。」
「食べるよ。」
「今度、お菓子作ってあげるよ。」
「作れるの?」
「私、けっこうなんでもできるよ。」
「それは、楽しみだな。」
「教育委員会はどう?」
「人が少ないから、みんな残業してる。」
「うちもだよ。なんかさ、定時で帰れない雰囲気あるよね。」
汐里は、煌の足の中で寝ているはなくろを指さした。
「ねぇ、その猫どけて。」
「どうして?」
「さっきみたいにされたら怖いよ。」
煌ははなくろを起こし、後でおいでと部屋から出した。
「ありがとう、橋川くん。」
汐里は煌に近づいた。
「何?俺はそんな気ないから。」
「ずっと、好きだったんだよ。」
「それは、どうも。」
「彼女いないんでしょう、じゃあ、付き合ってよ。」
「ごめん。」
「そういうの、女子に言わせないでよ。他に好きな人でもいるの?」
「俺、多岐の事が気になってて。」
「もう、いない人でしょう。」
「そうだけど。野球辞めてこっちにきた時、多岐は昔と変わらないで、俺には話してくれて、いなくなってから、いつも多岐の事を考える様になって。」
「もう、忘れなよ。」
汐里は、煌にキスしようと顔を寄せた。
「織田、もうこれ以上ダメだ。」
煌は汐里から離れた。
「きっと後悔するからね、私を振った事。」
汐里が出ていったあと、はなくろが戻ってきた。
「多岐、なんで、お前、高校生のままなんだよ。」
「橋川くんも高校生のままじゃない。」
「もっとたくさん話しておけば良かったな。」
「そうだな。」
煌は夢を見ていた。
北海道から帰ってきて、少し風邪を引いた。
体のあちこちが痛くて、寝返りを゙打ちながら、明け方にようやく眠った夜。
ぼんやりとした意識の中で、多岐はまだ生きていた。
あの日。
煌が多岐を見つけたあの日。
「橋川くんに耳の事、教えるんじゃなかった。」
「多岐、ずっと探してたんだよ。どうして、急にいなくなってしまったんだよ。あの火事の日、本当は何があったんだ?」
「ごめん。」
煌の手を振りほどくと、多岐は走って行ってしまった。
多岐を見掛けた事は誰にも言わなかった。
きっと、自分を隠して生きるほど、言いたくない事がたくさんあるんだろう。
だけど、多岐、俺はまた多岐と話しをしたいって思ってる。
野球ができなくなって閉じこもっていた俺は、多岐の明るさにどれだけ救われたか。
また、はなくろ、見に来いよ。
風邪が少し良くなった月曜日。
少し寝込んだだけでも、筋肉が落ちているのがわかる。
「コーチより、澤山の方が足が速いよ。」
「悔しいな、もう一回勝負させてくれないか。」
3年生がいなくなって、次の学年へと引き継がれたチームは、一回り小さくなった印象をうける。
まだ体ができていないヒョロヒョロの中学生に、走って負けた煌は、悔しくてもう一度勝負しようと頼んでいた。
「何回、やっても同じだよ。」
中学生達がそう言って笑っている。
「澤山くんは、ショートだったか?」
「外野だよ。どんな球にも追いつくから。」
「ショートも練習したらどうだ?」
「俺、みんなの背中見てる位置がいいんだ。」
「そうか、その足なら、ショートの方がいいのに。」
「コーチ、明日も練習にこれる?」
「明日はどうかな。」
「もうすぐ中体連の新人戦があるんだ。」
「もう、そんな時期か。」
夕暮れが早くなってきたこの頃。
仕事は少しずつ溜まり、帰りが少し遅くなってきた。
朝野球のシーズンが終了し、中学生の練習には、週末に少しだけ顔を出す程度になっていた。
野球漬けの日々が、本当に趣味の程度に変わってしまったんだな。
社会人野球をしているやつらは、一体どんな生活をしているんだろう。
教師になった京吾は、どんな毎日を送っているんだろう。
「橋川くん。隣り、空いてる?」
新人研修の日。
汐里が煌に声を掛けた。
「橋川くん、日に焼けて真っ黒じゃない。」
「そうか。」
煌は自分の顔を触った。
「中学生、教えてるんだってね。」
「よく知ってるね。」
「そこの出身なの?」
「違うよ。俺は別の中学。」
「橋川くんの家ってどこ?」
「多岐の家の近くだよ。」
「真希の家って、燃えた所?」
「ああ。」
「今度、遊びに行っていい?」
「ダメだよ。」
「なんで?」
「なんで来るんだよ。」
「真希はよく行ってたんでしょう?」
「あいつが、見つけた猫が家にいるからね。」
「私にも見せて。」
「ダメ。」
家に変えると、煌に手紙が来ていた。差出人の名前がない封筒を開ける。
橋川くん
私だってよくわかったね。
あの火事の日、私は部屋で寝ていたの。
お堂が燃えているのに気がついて、慌てて玄関を出た。
父も母も姉は、私が呼んでいるのに、大切なものを持ち出そうと、まだ家の中にいる。
燃えていく家を見ている私を、男の人が手を握ってくれたの。
私は彼の言うまま、北海道へやってきた。
彼はね、毎日絵を描いている。
本当は馬にも乗れるのに、毎日毎日、私を描くの。
もう、何もかも捨てて生きていくから。
私の事は全部忘れて。
多岐。
忘れる事なんかできるかよ。
煌は手紙を机に置くと、窓を開けた。
雨の日、ここから多岐を見たんだよな。
なんで、そんな人と遠い所に行ってしまったんだよ。
金曜日。
汐里は煌の後をつけていた。
「橋川くん。」
「なんだよ、ついて来てたのか、悪趣味だな。」
「いつも、話そうと思っても話せないじゃん。今日は、絶対私の話しを聞いてほしい。」
「じゃあ、店にでも行くか?」
「ううん。真希が見つけた猫がいるんでしょう、私にも見せて。」
「どうしても家に来るつもりなのかよ。」
「真希は入れたのに、私は断るって変じゃない?」
煌の家にきた汐里は、母に挨拶する。
ちゃっかりご飯まで食べている汐里の事を、母は彼女だと勘違いした。
「食べたら、送って送っていくよ。」
「今日は泊まるつもりだったのに。」
「走るついでに、織田さんの家まで送っていく。」
「じゃあ、猫見せてよ。」
「あれ、はなくろ、今日はいないな。俺の部屋かも。」
煌は二階に探しに行くと、汐里がついてくる。
部屋のドアを開けると、はなくろが煌のベッドにいる。
「なーに、この猫、変な模様してる。」
汐里が近づくと、はなくろは逃げて行った。
「愛想のない子ね。飼い主と同じ。」
「そんな事ないよ。」
汐里はベッドに座った。
「けっこう、図々しいな。」
「橋川くん、野球しかしてこなかったんでしょう?せっかく大学に行ったのに、合コンとかしたことないの?」
「ないよ。」
「彼女は?」
「いない。」
「1度も?」
「どうだっていいだろう、送っていくから、ほら。」
煌は汐里の腕を掴んだ。
「これ、真希?」
汐里は煌の机に上がっていた手紙を見つける。
煌が汐里の手から手紙を取ろうとすると、汐里は体の向きを変え、その手紙を読んでいた。
「返せよ。」
「真希、生きてるんだ。はい、これ。」
汐里は、手紙を煌に渡す。
「なんで、隠してたの?」
「言いたくない事なんか、誰にもあるだろう。」
「でも、これってダメな事だよね。家族はみんな死んでるんだし、自分だけ逃げたら、罪になるじゃん。」
「いいから、早く送って行くから。」
煌は手紙を机の中にしまった。
気まずい雰囲気の中、最初に話したのは汐里だった。
「橋川くん。私、高校の時から橋川くんを見てたよ。」
「そう。どうも。」
「冷たいね、女の子と話すのって苦手なの?」
「あんまり話した事ないから。」
「ねぇ、さっきの手紙、内緒にするから、付き合おうよ。」
「ごめん。」
「なんで。」
「別に俺じゃなくてもいいだろう。他にも話すやついるんだろうし。」
「真希の事が好きなの?」
「そうじゃないけど、手紙の事は内緒にしてくれないか。」
「だったら、2人で出掛けようよ。橋川くん、絶対私の事、好きになるから。」
「しつこいな、本当。」
日曜日。
汐里の推しに負けて、煌は待ち合わせの場所に来ていた。
「おはよう。」
汐里は先に待っていた。
「おはよう。」
「今日、野球はなかったの?」
「あったけど、断った。」
「私を優先したって事だね。」
「そうじゃないけど。」
「どこ行く?」
「ここらへんに乗馬やってる場所があるって聞いたんだけど、知らない?」
「ああ、ふたば乗馬クラブね。橋川くん、乗馬なんてするの?」
「したことないけど、ちょっと見てみたくって。」
「あそこね、競馬を引退した馬を引き受けて、馬術競技に使ってるみたいね。」
「へぇー。」
乗馬クラブにきた2人。
「せっかくだから、馬に乗ってみようよ。」
汐里がそう言った。
煌は2人分の受付を済ませると、汐里は早速自分が乗る馬を探しに行った。
「あの、ここに多岐という子が来てたと思うんですけど。」
煌は男性に聞いた。
「ああ、真希ちゃんね。」
男性はこっち、と言うと煌を1頭の馬の前に案内した。
「この馬ね、右目を柵にぶつけてなくしてね。競馬じゃ使い物にならないから、ここにきたんだ。真希ちゃんはこの子をすごくかわいがってくれて。ほら、あの子、右の耳が、なかっただろう。だから、左周りしかできないこの馬によく乗ってくれてね。」
「片目がなくても、走れるんですか?」
「馬って見える範囲が広いからね。片目をなくしたら、暗闇を走っているようだろうね。」
男性は、その馬を馬房から出した。
「乗ってみる?」
「はい。」
煌は一通り馬の扱い方を教えてもらうと、初めて馬に乗った。
「すごく高い景色ですね。」
多岐の見ていた景色。
地上と空の間。
温かい馬の背中は、足の内側から煌に何かを伝えている。
「足で腹を蹴ってごらん。進めって気持ちでね。」
馬はゆっくり歩き出した。
「君は真希ちゃんの彼氏かい?」
「友達です。」
「真希ちゃんが亡くなったって、未だに信じられなくてね。あの日、ここにいた従業員も急に1人いなくなってね。真希ちゃんによく話しをしてたから、そいつと逃げたのかもって、噂になってたんだよ。だけど、結局、真希ちゃんは亡くなったんだろう。どこかで生きててくれれば、そんな噂もできるのに、残念だな。」
手綱を引いていた男性は、
「今度は自分で歩かせてみてごらん。」
そう言って手綱を外した。
歩く、止まるの繰り返しだけでも、煌は体が緊張して、ひどく疲れた。
「どうもありがとうございます。」
「難しいだろう。すぐに走れるようになると思ったら大きな間違いだよ。」
「なかなか気持ちは伝わりませんね。」
「馬は本当はいつも走りたがってる。背中に乗った感覚で、この人が走らせてくれるかそうじゃないか、すぐにわかるんだよ。」
「多岐は、走らせてたんですか?」
「あの子は、すぐに走らせる事はできたんだ。この馬だけね。」
乗馬クラブを後にし、汐里をレストランに入る。
食事を終えた汐里は、
「橋川くんの家に行ってもいい?」
そう言った。
「なんで、家なの?」
「だって、他に行く所ないし。もう1回、あの変な猫見せてよ。」
煌は汐里を家に入れた。
「こんにちは。煌のお友達?」
姉の優里が彼氏の平井と家に来ていた。
「こんにちは。」
汐里は姉を見て、静かに挨拶をした。
「猫は?」
「あれ、はなくろは?」
煌が探すと
「はなちゃん、さっき二階に行ったよ。」
優里はそう言った。
「煌くん、体調はいいの?」
「はい。」
「それは良かった。」
「煌、中学生に野球教えてるのよ。今の子は、すごく足が速いんだって。」
「みんな手足も長いからね。」
煌の部屋に行くと、はなくろはいなかった。
「あれ、どこに行ったんだ。」
汐里は疲れたとベッドに横になった。
「乗馬って、本当に疲れる。」
「煌、ケーキあるよ。取りに来て。」
姉から呼ばれ、煌は下に降りた。
煌が下に降りている間、汐里は机を開いた。
多岐からきた手紙を出すと、それを写メし、新聞社に勤めている父に送った。そして、何もなかったように手紙を机の中にしまい、煌が戻って来るのを待っていた。
煌の後をついて来たはなくろは、汐里を見るなり、なぜか威嚇した。
「なーに、この猫。」
「どうした?」
煌が頭を撫でると、煌の足に乗って丸くなった。
「どうぞ。」
煌は汐里にケーキを出した。
「橋川くん、甘いもの食べるんだね。」
「食べるよ。」
「今度、お菓子作ってあげるよ。」
「作れるの?」
「私、けっこうなんでもできるよ。」
「それは、楽しみだな。」
「教育委員会はどう?」
「人が少ないから、みんな残業してる。」
「うちもだよ。なんかさ、定時で帰れない雰囲気あるよね。」
汐里は、煌の足の中で寝ているはなくろを指さした。
「ねぇ、その猫どけて。」
「どうして?」
「さっきみたいにされたら怖いよ。」
煌ははなくろを起こし、後でおいでと部屋から出した。
「ありがとう、橋川くん。」
汐里は煌に近づいた。
「何?俺はそんな気ないから。」
「ずっと、好きだったんだよ。」
「それは、どうも。」
「彼女いないんでしょう、じゃあ、付き合ってよ。」
「ごめん。」
「そういうの、女子に言わせないでよ。他に好きな人でもいるの?」
「俺、多岐の事が気になってて。」
「もう、いない人でしょう。」
「そうだけど。野球辞めてこっちにきた時、多岐は昔と変わらないで、俺には話してくれて、いなくなってから、いつも多岐の事を考える様になって。」
「もう、忘れなよ。」
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煌は汐里から離れた。
「きっと後悔するからね、私を振った事。」
汐里が出ていったあと、はなくろが戻ってきた。
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王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
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