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7章
長い雨
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6月。
ずっと雨が降り続いている。もう町は冷え切って、このまま夏なんてこないのかもしれないとさえ疑ってしまう。
城田は広島へ行き、本庁へ戻るはずだった自分は、異動の声が掛からなかった。
今となれば、自分達はただの兵隊だと言った城田の言葉が痛いほどわかる。理由も知らされずに配属された部所で、言われた業務を全うするだけ。
城田からの電話は、4月には毎日あったのに、最近は2.3日に1回から、週に1回のペースになっていた。むこうの仕事の事情もわからないまま、自分から連絡をして迷惑だと思われたらと思うと、スマホを見つめながら何度もため息をついた。
誰かを待っているのって、こんなにも苦しくて切ないものなのか。
「今年は渋谷さんがいるから、少し長めのお休みをとってもいいかしら。」
書類の整理をしながら、橋川が言った。
「夏休みの事ですか?」
結衣はパソコンを打っていた手を止めた。
「それなんだけど、娘に双子が生まれるから、お手伝いに来てほしいって言われてるの。」
「そうなんですか、それはおめでとうございます。いつ頃赤ちゃんが生まれるんですか?」
「8月の頭よ。渋谷さんがその頃にお休みをとる予定がなかったら、私、少し長めにお休みを取りたいの。」
「橋川さん、ぜんぜんいいですよ。行ってきてください。」
橋川は結衣の方を見て、
「渋谷さんは、城田くんとは会わないの?」
厚い書類をパタンと閉じ、結衣に言った。
「私は何も聞いてませんから。」
結衣は橋川の話しをはぐかすようにパソコンを覗く。
「じゃあ、渋谷さんがむこうへ行ったらいいじゃない。」
橋川は首を傾げて、パソコンを覗いている結衣の顔を見た。
「やだ、橋川さん。私達、そんなんじゃないですよ。」
「あら、そう?2人はてっきりお付き合いしてるのかと思ったのに。」
「違いますよ。ただの職場の仲間です。」
結衣はそう言って誤魔化したが、なんだか急に寂しくなった。
城田の派遣が決まった時に、なんとなくこうなる事はわかっていたはずなのに、まして、誰かを好きになんかなったりしたら、そのうち終わりがくる事もわかっていたはずなのに、それでも待っていてほしいと言われた言葉を信じている自分は、南極で置き去りにされた犬の様だ。
褒めてくれて、大切にしてくれて、そんな毎日が嬉しくて、必死で氷の地面の上をソリを挽いて走ってきたのに、鎖に繋いだまま自分達だけ帰ってしまうなんて、私にはわからないよ。どんな理由があるのか知らないけれど、いつまでこの寒い夜を過ごさなければならないのだろう。いっそ、もう忘れたと言ってくれたら、思い出も何もかもみんな氷漬けになってくれるのに。
10月。
結局、城田とは会えず、何も予定のない結衣は与えられた3日間の夏休みを取り逃した。本庁にいた頃は、無理やり仕事の合間をこじ開けてでも、元彼の笹本と一緒に過ごしたのに。
支所にきてから、過労の少ない仕事のせいか、土日の休みだけで、自分は十分なのかもしれない。誰とも話す事のない長期の休みなど、返って寂しさを助長させるだけ。
「城田くんが、仕事の報告に来るそうだ。」
支所長が言った。
「いつですか?」
橋川が支所長に聞いた。
「今度の金曜日だそうだ。本庁に寄ったあと、ここへも来るって聞いたから、皆で晩ごはんでも一緒にどうだ。」
「いいわね。それなら城田くん、こっちに泊まるのよね。」
「宿は取ってあるって聞いたから、少しゆっくりできるんじゃないか。」
初めて聞いた話しだった。結衣は自分を避けているような城田の態度に、もし会えたとしても、もう待ってなんかいないと笑って話そうと強がっていた。本当はずっと待ってるし、まだ想っていてほしいくせに。切なくて胸が苦しくなる。
その日の夜。
“来週の週末は空いてるか?”
城田からラインがきた。
“空いてるよ”
結衣は嬉しくて手が震えた。
“泊めてくれるか?”
“宿を取ったって聞いてたよ”
“それはそう言っておかないと”
“そっか”
次の週の金曜日。
本庁での報告を終えて、夕方、城田が支所にやってきた。
支所の仲間と夕食を食べた後、宿へ向かったと見せ掛けて、城田は結衣の部屋にやってきた。
「久しぶりだな。」
城田が言った。
「うん。」
結衣はストーブをつけた。
「こっちはやっぱり寒いでしょう。」
「そうだな、すごく寒い。」
城田は結衣の背中を抱きしめた。
「仕事、忙しいの?」
「いいや、忙しくないよ。すぐにいなくなる俺にそんな重要な仕事なんて与えるわけないし、だから楽しくやってるよ。」
結衣は恥ずかしくて、城田の顔を見る事ができない。
「そっか。それなら良かった。」
こんなに近くにいるのに、いつ城田の本音を言い出すのかと思うと、2人の間ある薄い氷は、今にもヒビが入って割れてしまいそうだった。
どうかせめて、このまま割れずに溶けて水になって消えてほしい。
結衣は振り返って城田を見た。
「連絡できなくて、ごめん。」
城田が言った。
「いいよ。いろいろあるんだろうし。」
結衣はそう言って笑顔を作った。
「渋谷はそれでいいと思っているのか?」
「良くないけど、仕方ない事だよ。」
結衣が少しうつむくと、
「今度、むこうに来いよ。」
城田は結衣の手を握った。
「うん。そうだね。」
「渋谷。」
「ん?」
「好きな人できたか?」
「そんなわけないじゃない。」
「そっか、それなら良かった。」
「年末は秋田へ帰るの?」
「帰らないよ。帰ってもまた居づらくなるだけだし。」
「じゃあ、むこうにいるの?」
「まだ決めてないよ。渋谷は秋田へ帰るんだろう?」
「私も決めてない。」
「ここにいるんなら、俺、こっちに来ようかな。」
「本当に?」
「一緒にいようか。」
「うん。」
心配していた薄い氷の隙間から溢れた濁った水は、結衣の心に流れてきた。もう少し暖かい日差しが照らしてくれたら、氷が張っていた事すら忘れてしまうのに。それはちょっと贅沢な願いだったのかな。
年末。
城田は風邪を引いたと言って、ここへはやって来なかった。
3月21日。
4月からの人事の発表があり、城田の派遣は1年延長される事を知った。
結衣の名前は支所に残されたまま。
仕事をしていても人事の事が気になって何度も本庁からのメールを見ていると、
「渋谷さん、不本意?」
橋川がそう聞いてきた。
「いえ、ホッとしてます。」
結衣が答えると、
「嘘。自分の事、忘れられてると思ってるでしょう?」
橋川が言った。
「そんな事ないです。私、本庁へ戻っても居場所がないですし。」
結衣は見透かした様な橋川の言葉に、下手くそな嘘を重ねるのが精一杯だった。
「きっとね、今年は思ったよりも新人が入らなかったのよ。」
「そうですかね。」
「来年は私も定年だし、渋谷さんがここにいてくれたら、すごく助かるんだけど。」
「橋川さんは、定年延長しないんですか?」
「しないつもりよ。すぐに孫の所に行こうと思ってるから。」
2人で話していると、
「なんの話しだ?」
支所長がやってきた。
「渋谷さん、本庁に戻れなくて残念だったね。」
「そんな事ないです。」
「だんだん動かす駒が足りなくなって来てるからね、人事も大変なんだろう。この分じゃあ、渋谷さんはしばらくここにいる事になるかもね。」
橋川が支所長にコーヒーを持ってきた。
「しかし、城田くんは延長か。むこうへ行く代わりの職員がいなかったのかな。なんだかんだ振り回されて、彼は気の毒だよ。」
支所長が言った。
「この人事交流って、ずっと続くんですかね。」
橋川は支所長に聞いた。
「地方はね、いろいろと知恵を絞らないとならないからさ、いい事だと思うけど。」
「支所長、本当にそう思ってます?現場はそれどころじゃないって感じてませんか?」
「アハハ、橋川さんは鋭いね。」
「だって、今年もすごい退職ですよ。仕事が合わないのか、魅力が足りないのか。」
「橋川くん、今は仕事のスタイルは、いろいろと選べる時代なんだよ。」
家に帰っても、結衣は印刷した職員の配置図を穴の空くほど見ていたが、どうにもならない事を考えても、眠りにつく頃には諦めがついてきた。
“ごめん”
城田からラインがきた。
“何が?”
“延長になった事”
“仕事だから、仕方ないよ”
“渋谷は本庁か?”
“こっちのまま”
“そっか、良かったな”
一体何が良かったのか。
結衣は城田自身が延長を申し出た様な印象を受けた。きっと彼は戻ってきたら、本庁の勤務になるだろう。食事も取れないほどに病んだ原因って、一体何だったのか。誰とでもうまくやっていける城田なら、ひどく冷たくされる事もないだろうに。派遣の延長を希望して何とか本庁へ戻ってくる事を避けようとしているのかも。
ウトウトしながらスマホを見ていると、突然着信がなった。城田から電話がきたと思い、結衣は慌てて手を滑らせ、おでこにスマホが当たった。
「痛っ!」
「大丈夫か、まだ起きてたのか?」
「うん。起きてた。」
「こっちに戻ってくると思ったのに、残念だよ。」
声の感じが城田ではなかった。
「城田さん?」
「山岡だよ。忘れたか?そっか、渋谷はやっぱり城田と付き合ってたのか。」
「なんですか、こんな時間に。」
「やっと電話に出てくれたと思ったら、城田と間違えていたのかよ。」
「違います。」
「俺、ずっと返事を待ってたのに。」
「何がですか?」
「半年待って、1年待って、もう1年も待つのかよ。」
「山岡さん。私、ずっとこのままみたいですよ。」
「そんな事ないだろう。来年は支所の人を減らすみたいだし、渋谷もあと1年だけだよ。」
「そうですかね。そんな話しなんて信じられませんから。」
「渋谷、城田と付き合ってるのか?あいつは派遣延長になっただろう。きっと本庁には戻ってきたくないだろうって、みんなそう言ってるよ。」
「なんでですか?」
「やっぱり、お前達付き合っているのか?」
「山岡さんには関係ないでしょう。城田さんはなんで本庁に戻って来れないんですか?」
「教えてやるから、明日は空けておけよ。俺がそっちに行くから。」
「ダメです。明日は予定があります。今、教えてください。」
「教えない。」
「教えてくださいよ。」
「朝早く行くから待ってろよ。」
ずっと雨が降り続いている。もう町は冷え切って、このまま夏なんてこないのかもしれないとさえ疑ってしまう。
城田は広島へ行き、本庁へ戻るはずだった自分は、異動の声が掛からなかった。
今となれば、自分達はただの兵隊だと言った城田の言葉が痛いほどわかる。理由も知らされずに配属された部所で、言われた業務を全うするだけ。
城田からの電話は、4月には毎日あったのに、最近は2.3日に1回から、週に1回のペースになっていた。むこうの仕事の事情もわからないまま、自分から連絡をして迷惑だと思われたらと思うと、スマホを見つめながら何度もため息をついた。
誰かを待っているのって、こんなにも苦しくて切ないものなのか。
「今年は渋谷さんがいるから、少し長めのお休みをとってもいいかしら。」
書類の整理をしながら、橋川が言った。
「夏休みの事ですか?」
結衣はパソコンを打っていた手を止めた。
「それなんだけど、娘に双子が生まれるから、お手伝いに来てほしいって言われてるの。」
「そうなんですか、それはおめでとうございます。いつ頃赤ちゃんが生まれるんですか?」
「8月の頭よ。渋谷さんがその頃にお休みをとる予定がなかったら、私、少し長めにお休みを取りたいの。」
「橋川さん、ぜんぜんいいですよ。行ってきてください。」
橋川は結衣の方を見て、
「渋谷さんは、城田くんとは会わないの?」
厚い書類をパタンと閉じ、結衣に言った。
「私は何も聞いてませんから。」
結衣は橋川の話しをはぐかすようにパソコンを覗く。
「じゃあ、渋谷さんがむこうへ行ったらいいじゃない。」
橋川は首を傾げて、パソコンを覗いている結衣の顔を見た。
「やだ、橋川さん。私達、そんなんじゃないですよ。」
「あら、そう?2人はてっきりお付き合いしてるのかと思ったのに。」
「違いますよ。ただの職場の仲間です。」
結衣はそう言って誤魔化したが、なんだか急に寂しくなった。
城田の派遣が決まった時に、なんとなくこうなる事はわかっていたはずなのに、まして、誰かを好きになんかなったりしたら、そのうち終わりがくる事もわかっていたはずなのに、それでも待っていてほしいと言われた言葉を信じている自分は、南極で置き去りにされた犬の様だ。
褒めてくれて、大切にしてくれて、そんな毎日が嬉しくて、必死で氷の地面の上をソリを挽いて走ってきたのに、鎖に繋いだまま自分達だけ帰ってしまうなんて、私にはわからないよ。どんな理由があるのか知らないけれど、いつまでこの寒い夜を過ごさなければならないのだろう。いっそ、もう忘れたと言ってくれたら、思い出も何もかもみんな氷漬けになってくれるのに。
10月。
結局、城田とは会えず、何も予定のない結衣は与えられた3日間の夏休みを取り逃した。本庁にいた頃は、無理やり仕事の合間をこじ開けてでも、元彼の笹本と一緒に過ごしたのに。
支所にきてから、過労の少ない仕事のせいか、土日の休みだけで、自分は十分なのかもしれない。誰とも話す事のない長期の休みなど、返って寂しさを助長させるだけ。
「城田くんが、仕事の報告に来るそうだ。」
支所長が言った。
「いつですか?」
橋川が支所長に聞いた。
「今度の金曜日だそうだ。本庁に寄ったあと、ここへも来るって聞いたから、皆で晩ごはんでも一緒にどうだ。」
「いいわね。それなら城田くん、こっちに泊まるのよね。」
「宿は取ってあるって聞いたから、少しゆっくりできるんじゃないか。」
初めて聞いた話しだった。結衣は自分を避けているような城田の態度に、もし会えたとしても、もう待ってなんかいないと笑って話そうと強がっていた。本当はずっと待ってるし、まだ想っていてほしいくせに。切なくて胸が苦しくなる。
その日の夜。
“来週の週末は空いてるか?”
城田からラインがきた。
“空いてるよ”
結衣は嬉しくて手が震えた。
“泊めてくれるか?”
“宿を取ったって聞いてたよ”
“それはそう言っておかないと”
“そっか”
次の週の金曜日。
本庁での報告を終えて、夕方、城田が支所にやってきた。
支所の仲間と夕食を食べた後、宿へ向かったと見せ掛けて、城田は結衣の部屋にやってきた。
「久しぶりだな。」
城田が言った。
「うん。」
結衣はストーブをつけた。
「こっちはやっぱり寒いでしょう。」
「そうだな、すごく寒い。」
城田は結衣の背中を抱きしめた。
「仕事、忙しいの?」
「いいや、忙しくないよ。すぐにいなくなる俺にそんな重要な仕事なんて与えるわけないし、だから楽しくやってるよ。」
結衣は恥ずかしくて、城田の顔を見る事ができない。
「そっか。それなら良かった。」
こんなに近くにいるのに、いつ城田の本音を言い出すのかと思うと、2人の間ある薄い氷は、今にもヒビが入って割れてしまいそうだった。
どうかせめて、このまま割れずに溶けて水になって消えてほしい。
結衣は振り返って城田を見た。
「連絡できなくて、ごめん。」
城田が言った。
「いいよ。いろいろあるんだろうし。」
結衣はそう言って笑顔を作った。
「渋谷はそれでいいと思っているのか?」
「良くないけど、仕方ない事だよ。」
結衣が少しうつむくと、
「今度、むこうに来いよ。」
城田は結衣の手を握った。
「うん。そうだね。」
「渋谷。」
「ん?」
「好きな人できたか?」
「そんなわけないじゃない。」
「そっか、それなら良かった。」
「年末は秋田へ帰るの?」
「帰らないよ。帰ってもまた居づらくなるだけだし。」
「じゃあ、むこうにいるの?」
「まだ決めてないよ。渋谷は秋田へ帰るんだろう?」
「私も決めてない。」
「ここにいるんなら、俺、こっちに来ようかな。」
「本当に?」
「一緒にいようか。」
「うん。」
心配していた薄い氷の隙間から溢れた濁った水は、結衣の心に流れてきた。もう少し暖かい日差しが照らしてくれたら、氷が張っていた事すら忘れてしまうのに。それはちょっと贅沢な願いだったのかな。
年末。
城田は風邪を引いたと言って、ここへはやって来なかった。
3月21日。
4月からの人事の発表があり、城田の派遣は1年延長される事を知った。
結衣の名前は支所に残されたまま。
仕事をしていても人事の事が気になって何度も本庁からのメールを見ていると、
「渋谷さん、不本意?」
橋川がそう聞いてきた。
「いえ、ホッとしてます。」
結衣が答えると、
「嘘。自分の事、忘れられてると思ってるでしょう?」
橋川が言った。
「そんな事ないです。私、本庁へ戻っても居場所がないですし。」
結衣は見透かした様な橋川の言葉に、下手くそな嘘を重ねるのが精一杯だった。
「きっとね、今年は思ったよりも新人が入らなかったのよ。」
「そうですかね。」
「来年は私も定年だし、渋谷さんがここにいてくれたら、すごく助かるんだけど。」
「橋川さんは、定年延長しないんですか?」
「しないつもりよ。すぐに孫の所に行こうと思ってるから。」
2人で話していると、
「なんの話しだ?」
支所長がやってきた。
「渋谷さん、本庁に戻れなくて残念だったね。」
「そんな事ないです。」
「だんだん動かす駒が足りなくなって来てるからね、人事も大変なんだろう。この分じゃあ、渋谷さんはしばらくここにいる事になるかもね。」
橋川が支所長にコーヒーを持ってきた。
「しかし、城田くんは延長か。むこうへ行く代わりの職員がいなかったのかな。なんだかんだ振り回されて、彼は気の毒だよ。」
支所長が言った。
「この人事交流って、ずっと続くんですかね。」
橋川は支所長に聞いた。
「地方はね、いろいろと知恵を絞らないとならないからさ、いい事だと思うけど。」
「支所長、本当にそう思ってます?現場はそれどころじゃないって感じてませんか?」
「アハハ、橋川さんは鋭いね。」
「だって、今年もすごい退職ですよ。仕事が合わないのか、魅力が足りないのか。」
「橋川くん、今は仕事のスタイルは、いろいろと選べる時代なんだよ。」
家に帰っても、結衣は印刷した職員の配置図を穴の空くほど見ていたが、どうにもならない事を考えても、眠りにつく頃には諦めがついてきた。
“ごめん”
城田からラインがきた。
“何が?”
“延長になった事”
“仕事だから、仕方ないよ”
“渋谷は本庁か?”
“こっちのまま”
“そっか、良かったな”
一体何が良かったのか。
結衣は城田自身が延長を申し出た様な印象を受けた。きっと彼は戻ってきたら、本庁の勤務になるだろう。食事も取れないほどに病んだ原因って、一体何だったのか。誰とでもうまくやっていける城田なら、ひどく冷たくされる事もないだろうに。派遣の延長を希望して何とか本庁へ戻ってくる事を避けようとしているのかも。
ウトウトしながらスマホを見ていると、突然着信がなった。城田から電話がきたと思い、結衣は慌てて手を滑らせ、おでこにスマホが当たった。
「痛っ!」
「大丈夫か、まだ起きてたのか?」
「うん。起きてた。」
「こっちに戻ってくると思ったのに、残念だよ。」
声の感じが城田ではなかった。
「城田さん?」
「山岡だよ。忘れたか?そっか、渋谷はやっぱり城田と付き合ってたのか。」
「なんですか、こんな時間に。」
「やっと電話に出てくれたと思ったら、城田と間違えていたのかよ。」
「違います。」
「俺、ずっと返事を待ってたのに。」
「何がですか?」
「半年待って、1年待って、もう1年も待つのかよ。」
「山岡さん。私、ずっとこのままみたいですよ。」
「そんな事ないだろう。来年は支所の人を減らすみたいだし、渋谷もあと1年だけだよ。」
「そうですかね。そんな話しなんて信じられませんから。」
「渋谷、城田と付き合ってるのか?あいつは派遣延長になっただろう。きっと本庁には戻ってきたくないだろうって、みんなそう言ってるよ。」
「なんでですか?」
「やっぱり、お前達付き合っているのか?」
「山岡さんには関係ないでしょう。城田さんはなんで本庁に戻って来れないんですか?」
「教えてやるから、明日は空けておけよ。俺がそっちに行くから。」
「ダメです。明日は予定があります。今、教えてください。」
「教えない。」
「教えてくださいよ。」
「朝早く行くから待ってろよ。」
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