曇天の下のてんとう虫

小谷野 天

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4章

大切なもの

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 土曜日。
 曇天の空は美里をベッドへ誘った。それでも美里は朝ご飯くらいは食べようと、咲月の買ってくれた食材が入る冷蔵庫の前まできて、中の食材を覗いていた。どうせ何もする事なんかないけれど、ご飯を食べた後、掃除を始めた。
 掃除が終わると、またベッドへ向った。
 いつもなら、古い映画を見て時間を潰していたが、買ってきた野球名鑑を読んでいるうちに、いつの間にか眠っていた。

 ~ピンポン~
 呼鈴がなり、美里は起きた。
 玄関ののぞき窓から見てみると、相川が立っているのが見えた。美里はどうしようか悩んだ。家、どうしてわかったんだろう。そっか、真由さんと一緒に来たんだっけ。美里はあれこれ考えているうちに、またピンポンと呼鈴がなる。びっくりして美里は玄関を開けた。
「あっ、あの。こんにちは。」
 しどろもどろになる美里を見て相川は
「ごめん、寝てた?」
 そう言った。一応パジャマから着替えてはいたが、パジャマに近い格好で、寝ていたせいで髪の毛もぐしゃぐしゃになっていた。美里は手で髪の毛を撫でながら、
「寝てました。」
 そう言った。
「実家から、笹団子送ってきたから一緒に食べようと思って。上がっていいかな?」
 こんな姿を今さら隠す事もできないし、せっかくおすそ分けに来たんだもの、相川をどうぞ、と中へ入れた。今朝、掃除しておいて良かった、心の中でそう思っていた。
「お茶用意しますから、ここ、どうぞ。」
 美里は相川に座布団を出した。
「ごめんね、突然きて。昨日、あんまり話せなかったから。」
「私の方こそ、きちんとお礼もできなくてすみません。」
「俺はただのお節介でしたんだから。別にいいんだよ。」
 美里は相川にどうぞと温かいお茶を出した。相川は美里に笹団子を渡す。
「相川さんの実家って、新潟ですか?」
「よく知ってるね。真中さんは新潟出身なの?」
「私は千葉です。新潟は母の実家があるんで、小さい頃は夏休みとか、よく行ってました。」
「そう。新潟のどこ?」
「長岡です。」
「俺は、燕市。今度、遊びにおいで。ヤクルトファンなら知ってるでしょ? 昨日、隣りの男性と野球の事を話してるのが聞こえたから。」
「相川さんは野球を見ますか?」
「俺はロッテファン。」
「そうなんですか。ヤクルトが好きって言ってくれると思ったのに、残念。」
「ごめんね、それだけはどうにもならないから。」
 相川は美里の頭を撫でた。 
「あっ、寝てたから、ひどいですね、私の髪。」  
「どうやって寝たら、こうなるの?」
 相川は美里の髪を触りながら、二人は笑った。
「ねぇ、その本は?」
 相川はプロ野球選手名鑑の隣りにあったてんとう虫図鑑を指さした。
「あっ、これ。けっこう面白いんですよ。ほら、」
 美里は相川に見せる。相川は数ページその本を読んでいたが、
「この本、ゆっくり見たいから、借りてもいい?」
 美里に聞いた。
「いいですけど。子供の本ですよ。」
 相川は読んでいた手を止め、美里に聞いた。
「真中さん、どうしてこの本持ってるの?」
「間違って買っちゃったんだけど、読んだらけっこう面白かった。」
「もしかして、あの日?」
「そうです。」
 相川はまた笑った。美里に笹団子を渡すと、たくさんあるから、そう言った。
「ありがとう。これ、じいちゃんにもらってよく食べたなぁ。」
 美里が笹から団子を出して、口に入れた。
「おじいさんは元気なの?」
「今は施設にいます。」
「最近は新潟に行った?」
「3年前のばあちゃんの葬式の時が最後かな。相川さんは、よく帰るんですか?」
「俺はお正月くらいだよ。夏休みは部活とかあるし、数日だけ帰る気にもならないから。」
「部活は何を教えているんですか?」
「ハンドボール。」
「へー。」
「その感じは、あまりハンドボールを知らないだろ。」
 美里は頷いた。
「真中さんは、部活やってたの?」
「私は書道部でした。」
「俺は国語の教師だけど、実は書道はちょっと苦手なんだ。今度、真中さんに習いに来ようかな。」
「いいですけど、私は厳しいですよ。私の分の準備も後付けもやってもらうし、納得いかなかったら、何枚も何枚も書いてもらいますから。」
「真中さんといると、話しが止まらないよ。」
 笹団子を食べ終えた美里は、美味しかったと、相川にお礼を言った。
「もっと食べなよ。まだたくさんあるから。」
「もう、お腹いっぱいです。」
「真中さんが好きな映画は何?」
 美里は少し考えて、
「太平洋の奇跡の作戦って、知ってますか?」
 そう言った。
「知らないよ。ずいぶん、マニアックなもの見てるんだね。」 
「キスカ島に残ってる兵隊さん達を、日本へ戻そうとする作戦なんだけど、船に乗り込む時にね、兵隊さんは一斉に銃を海に捨てるの。」 
 真剣に話している美里。相川は少し距離を縮めた。
「それで?」
「いろんな運も味方して、皆、日本に帰れる事ができた。」 
「真中さんは銃を捨てるシーンが面白かったの?」
「映画はそれがメインじゃですよ。兵隊さんが銃を捨てるのって、考えられないじゃないですか。だから、何度も巻き戻して、そのシーンを見たんです。」
「兵隊さん達は生き残るために銃を捨てたんだよ。全員が船に乗るには、銃は重いし邪魔になる。」
「そうだけど、今まで国を守れって言われて、ずっと大事にしてたのに、簡単に捨てられるのかな。」
 美里は相川を見た。
「真中さん。」
「何?」
「兵隊さん達は、一番大切ものは捨ててないよ。」
 相川も美里を見つめた。
「木曜日、俺とよく会ってる事に、本当に気がついてなかったの?」
「気が付きませんでした。」
「最初はよく会うなくらいの感じの人だったけど、そのうち何を借りてるのか気になって、観察してたら、必ず決まった棚から借りて行くのに気が付いて。それからだよ、俺もあの棚から古い映画を借りるようになったのは。今はネットもあるし、借りるにしても恋愛ものとか、もっと明るいものを見ればいいのに、変わった人だなってすごく気になってさ。」
「私は時間潰しに借りてるだけです。」
「たまには、幸せな映画を見ようよ。」
「楽しい時間なんて、そんなに長くは続かないですよ。それに、幸せな映画を見ると、なんだかモヤモヤして眠れません。」
 相川は、ぬるくなったお茶を飲んでいた。
「新しいお茶入れますね。」
「大丈夫だよ。ここに座っていて。」
「ううん。新しいの入れます。」
 美里はキッチンへ向かった。
「昨日の彼は、ここによく来るの?」
「家には来たことはないですよ。家も知らないし。」
 美里を新しいお茶を相川に出した。
「てっきりよく一緒にいるんだと思ってた。」
「同期だし、すごく話しやすい人なんです。」
「ずいぶん真中さんの事を知っていたから、彼氏かと思った。」
「入社した頃は、みんなでよく飲みに行ってたんです。その時、いろんな話しをしましたから。」
「そうなんだ。ねえ、晩ごはんはどうするの?」
「えっ?」
「良かったら、どこか食べに行かない?」
 相川はそう言って美里を誘った。 
「真由さん、誘ったらどうですか?」
「城田さんとは、昨日たくさん話したよ。せっかく、こうして話せたんだから、もう少し一緒にいようよ。」
 相川のストレートな言葉に、美里は恥ずかしくなった。
「病院から帰ってきた日、姉が食材をたくさん買ってくれたんです。だから、何か作ります。」
 相川は笑って、
「外に出るのが億劫なんだろう。それなら、俺も一緒にやるよ。」
 そう言うと美里の腕を掴んで立ち上がった。
「座っててもいいですよ。」
 一緒にキッチンへ向かおうとする相川に、美里はてんとう虫の本を渡した。
「これ、読むくらいには終わると出来上がると思います。」
「一緒にいたら邪魔かな。」
「邪魔じゃないですけど……。」
「だったら、俺がやるから。真中さんは隣りにいて。」
 
 夕食を食べると相川は食べ過ぎた、と床に寝転んだ
 相川は美里の髪を触り、
「俺、こういうのが好きなんだ。」
 そう言って美里の顔を見た。美里は急に恥ずかしくなって、会社したら立派なセクハラですよ、と言って食べ終わった食器を片付け始めた。
「俺がするよ。そういえば美里だっけ? 下の名前。」
 洗い物を相川に任せ、テーブルを拭いていた美里。
「相川さんの下の名前は?」
「俺は、相川亘《あいかわわたる》。相川って名字が嫌でさ。だいたい出席番号1番だからね。結婚して、真中になろうかな。そしたら、後ろの方だし、真中なら名前が左右対称だし。」
 美里は、相川が言っている意味を頭の中で考えて、
「私の名前が左右対称だなんて、今気が付いた。」 
 そう言った。そういえば、澤崎も同じワタルだった。
 洗い物が終わった相川は、美里に食器を渡す。俺達、結婚してみる? と言うので、ないです、と美里は笑って答えを返した。
 美里は、結婚って嫌な言葉だな、そう思った。
「ありがとう。今日は、楽しかった。このてんとう虫の本、借りていくから。」
「いいえ、こちらこそ。笹団子、美味しかったです。その本、相川さんにあげますよ。」
「借りていくよ。本を返しに、またここにくるから。」
 相川は美里を抱きしめると、
「じゃあ、また。」
 そう言ってゆっくり玄関を出ていった。
 相川の去ったあとの空気が、行き場を失くして美里の周りを何度も回っている。
 二人で過ごした時間は、あっという間に過ぎていった。突然家に来て、あい変わらずお節介だけれど、相川と話してるうちに、このまま時が止まってしまえばいいのに、そう感じた。
 好きとか嫌いとかそんな感情なんか、自分には必要ないし、自分の生活に誰かが入り込むなんてありえない。
 そう思っていたはずなのに、相川と過ごした時間は、とても温かい。
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