曇天の下のてんとう虫

小谷野 天

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5章

雨天中止

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 月曜日。 
 真由は仕事をしていた美里に相川の話しをしにきた。
「私、相川さんと今度ご飯を食べに行く約束をしたの。本当は土曜日に行きたかったんだけど、なんか用事があったみたいで、今度の週末に一緒に行く約束にしたんだ。美里ちゃんの栄養失調がなかったら、相川さんとは知り合えなかったでしょう。美里ちゃんには本当に感謝してる。」
 嬉しいそうに話す真由の話しを、美里はにこやかに話しを聞いた。
 土曜日って、相川が家にきた日。
 美里は真由に、
「私も二人に助けてもらわなかったら、ここにいませんから。感謝してます。」
 そう言ってごまかした。
「それならちゃんと応援してね。美里ちゃんも、梶原くんとどうなの? けっこういい感じじゃない?」
「梶原くんとは同期ですから、それだけです。」
「本当に?」
「本当です。」
「あの人、澤崎さんの事、けっこうひどく言ってたらしいね。澤崎さんが休む原因って、あの人だって噂だよ。」
「そうなんですか!」
「そうだよ。だから本当は、美里ちゃんにはあまりオススメしない人だな。」
 真由の話しを遮るように、美里は課長に呼ばれた。
「真中くんにこの仕事を頼みたいんだけど、体調はどうかな。」
「大丈夫です。どんな仕事ですか?」
 課長と美里が仕事の打ち合わせをしていると、課長の電話がなり、美里はまた後で、と席を立つ。
 自席に戻り、いつもと変わらない仕事に向う。
 
 お昼休み。
 近くの公園でお昼を食べていた美里を探して、梶原がきた。
「めずらしいな、今日はここで食べてたのか?」
「今日は暖かいし、それに会社で食べる気にならなくて。梶原くん、飴食べる?」
 美里は梶原に一つ渡した。
「もしかして、それだけか?」
「梶原くんは、お昼食べたの?」
「うん。俺は少し早いけど、課長と外で食べてきた。真中、またそんな食生活してたら、倒れるぞ。ちゃんと食べろよ。」
「大丈夫。今朝、牛乳も飲んだから。梶原くんは、いつも忙しいんでしょう? 今日も残業なの?」
「遅い日もあるけど、そんなに残業が続かない時もあるよ。」
 美里は澤崎の事を聞こうとして、言葉を飲んだ。梶原は誰かに仕事を押し付けたり、人のせいにする性格ではないと思うから、さっき真由のから聞いた話しはきっと間違いだ。
「真中、明日、空いてる?」
「空いてない。」
「即答するなよ。休みは家にいたいなら、平日ならいいだろう。ほら。」
 梶原は携帯から野球のチケットを美里に見せた。
「神宮?」
「ヤクルト対横浜。明後日は祝日だし、一緒に行こうよ。」
「梶原くんは、つまらないんじゃないの? 応援してない球団だもの。」
「それはそうだけど、ずっと前から真中と一緒に、神宮で野球を見に行きたいと思ってたから。」
 梶原の携帯がなり、そのまま仕事に戻っていった。時々吹く冷たい風のあとに、温かい太陽の光が美里の足元を照らした。上を見ると、青いけれど低い空が広がっていた。明日は雨が降らなければいいのに、美里は思っていた。
火曜日。
 朝から本降りの雨が降っているせいか、町の中の空気全体が、ひんやりしていた。 
 夕方には晴れるだろうか。美里は梶原と一緒に行く約束をしていた野球の試合の事を思っていた。
 給湯室では、女子職員達のサワサワした声が聞こえてくる。いつもは、彼氏の話しだとか、美味しいスイーツの話しが多かったが、今日はヒソヒソと誰かの誰かの陰口を言っているようだった。美里はそんな場所から逃げたくなり、ポットにお湯を汲むと、足早に立ち去ろうとした。
「真中さん。最近、城田さんとよく話してるじゃない?」
 美里は呼び止められ、真由の事を聞かれた。
「同じ部所だし、この前体調を崩した時にお世話になったんで。」
「確か栄養失調で倒れた時よね。真由がそう言い回ってたから。」
「真中さんの携帯を届けにきた人。背が高くてキレイな顔してたから、城田は本気で狙ってると思うよ。」
「真由ってさ、自分が一番注目されないと嫌な女だしさ。課長が真中さん真中さんってなんでも頼むのだって、本当は良く思ってないからね。」
 美里は愛想笑いをした。きっと今日の陰口の主役は真由なんだろう。いつもいろんな女子職員グループとも仲良くやっている真由だが、グループの中で何か揉め事でもあったのだろうか。
 美里が持っていたポットを、重いでしょ、と別の女子職員がキッキンの上には乗せた。 
 まずい、話しが長くなるかも。美里はそう思ったが、取りあえずありがとう、とその女子職員にお礼を言った。グループの中心にいる一人が、
「城田さ、この子の彼氏と寝たんだよね。」
 美里に伝える。美里は驚いて泣いている女子の方を見た。
「前からそうなのよ。真由って人の彼氏に手を出すのが趣味みたいな人だから。次は真中さんの彼を狙ってるみたいだから、忠告しておく。」
「私は彼氏なんかいませんよ。」
 美里は場を繕うように笑う。
「嘘。携帯の彼と梶原を二股掛けてるって、そういう噂が流れてるよ。」
「梶原くんとは同期というだけですよ。」 
 真由はそんな風に自分の事を皆に言っているのだろうか?
「真中さん、先週の金曜日、城田と飲みに行ったでしょう?」
 数人の女子職員達から次々に浴びる質問の嵐に、美里はだんだんと嫌気がさしてきた。
「行きました。」
「城田は自分に都合のいい話しをするやつなのよ。」
 別の女の子が話し始める。
「あいつね、澤崎さんの事がずっと好きで、何度も振られているの。彼女だった園田さんの変な噂も流してたし、嫌がらせもたくさんしててさ。澤崎さんがそれに気がついて、真由にやめるよう注意をしたんだけど、その度に亜沙美にひどく当たるようになって。もう、とにかくやかましい人なのよ。それが原因かどうか知らないけど、澤崎さんは結局、園田さんと別れる事になって……。」
「ぜんぜん知らなかった。」
 美里は初めて聞く話しに驚いていた。
「澤崎さんが総務から企画に異動して、真由と同じ部所になってからの話しだよ。総務にいた時は、澤崎さんと真中さんと亜沙美でよく話してたから、真由はその3人の中にはなかなか入れなかったんじゃない。企画に行った途端、澤崎くんにべったりになって、亜沙美が浮気してるとか言いまわってひどかったの。亜沙美のロッカーに生卵を散らかしたり、亜沙美からの電話を取り次がなかったり、物を隠したりさ、けっこうひどい嫌がらせもしてたのよ。」
「澤崎くんが死んだ後、亜沙美は黙って会社を去ったけど、本当はいろいろ言いたい事ががあったと思うんだ。」
「城田はね、澤崎くんの事が本当に好きだったかもしれないけど、今は誰が好きってわけじゃなくて、人の幸せが許せないだけ。だから、誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合ってるとか、そんな話しをどこかで聞いては、付き合ってる人の仲をぶち壊していくのよ。この子の彼氏もそう。」
「真中さんも、気をつけなよ。」
 美里はキッチンに置かれたポットを手にとると、はい、と言ってその場を去った。女子職員達は、まだ給湯室にいる。
 ポットを持って歩いていると、早くお茶をくれ、と課長から呼ばれ、急いでお茶の用意をした。
「真中くんがおしゃべりなんかめずらしいな。」
「ごめんなさい。もう少しでお湯が湧きますから。」
「昔はよく、澤崎と野球の話しをしてて、早くお茶をくれって注意したな。」
「そうでしたね。あの頃、出社してすぐに野球の話しをするのが楽しかったです。課長は野球を見ますか?」
「ああ、俺は根っからの巨人ファンだよ。確か澤崎もそうだったよな。」
「澤崎さんは、横浜ファンでした。」
「ああ、そうかそうか。そうだった。真中くんはヤクルトファンだったよな。で、体調は大丈夫か? ちゃんと栄養つけないとダメだぞ。ヤクルトでも飲むようにしたらどうだ?」
「そうですね。」
 美里は課長にお茶を出し、自席に戻って仕事を始めた。

 朝から降っていた雨はまだ降り続いている。
 夕方、梶原が美里を迎えにきた。
「真中、仕事終わりそう?」
「野球、今日は中止だね」
「夜も雨だしさ、さっき中止になったよ。」
「あ~あ。残念。」
「誘った時はあんなに、渋ってたのに、本当は行きたかったのかよ。」
「行きたかった~。横浜戦は初めて観るから。」
「また、今度行こうよ。今日はどうせ、家に直行する予定じゃなかったんだし、せっかくだから、焼肉行こう。店は予約したから、もう断れないぞ。」
 美里は少しふくれて、
「結局、焼肉を押し通されたのか。」
 梶原に言った。
「カニが良かったか?」
「剥くのがめんどくさい。」
「言うと思ったよ。」
 二人が一緒に玄関を出ようとすると、真由が美里に声を掛けた。
「美里ちゃん、梶原くんとデート?」
 梶原はそうです、と真由に言った。美里が否定すると、
「梶原くん、今度、また食事に行こうよ。」
 梶原をまっすぐ見た真由は、美里がいる事を忘れているようだった。
「いいですよ。」
 梶原は美里を見て、早くと時計を指差した。
「じゃあ。」
 足早に玄関を出ていく。美里はお疲れ様です、と真由に軽く頭を下げると、梶原の後を急いでついて行った。
「梶原くん。デートじゃないでしょ!」
 小雨の中を地下鉄の駅に向かって足早に歩く二人。美里が梶原の背中を叩いた。
「二人で焼肉行くって、普通にデートでしょう。」
「ご飯は、友達とも食べに行くでしょう?」
 梶原は美里の話しをはぐらかすように、
「真中、何の肉が好き?」
「いきなり肉の話し。」
「やっぱり牛か? カルビとか、牛タンとかが好きか?」
「私は唐揚げが好き。」
「なんだそれ。焼肉は焼くのがめんどくさいっていうのかよ。」
「そう。食べるまで時間かかるし。」
「本当にどこまで、めんどくさいって言うんだよ。今日は俺が焼くから、ちゃんと食べろよ。」
 
 焼肉屋では、梶原が美里に肉を勧めるが、美里はもう少ししっかり焼いてと鉄板に肉を戻していた。
「これくらいが一番うまいんだって。」
「私は赤いのが見えると食べるのが嫌なの。」
「本当にわがままだな。」
「梶原くんは梶原くんが焼いて食べなよ。私も自分で焼いて食べるのから。」
「それなら約束が違うだろ。俺が焼くって真中を誘って来たのに。一番うまい頃を教えてやってるんだから、ちゃんと食べろよ。」
「梶原くん。私、もうお腹いっぱいだわ。肉を焼く匂いだけでお腹いっぱいになる。」
「そんな事を言わないでもっと食えよ。ほら。」
「アイス頼もうかな。」
「おい、真中。肉、もう少し食べろよ。」
 
 会計を済ませて帰ってきた梶原に美里が、私も払うと財布を出した。
「真中、そんなに食べなかっただろ。今度は唐揚げ奢ってもらうから、今日は俺が払う。」
 玄関を出た二人は、
「雨、降ってるんじゃない? 梶原くん、傘持ってる?」
 美里はそう言った。
「タクシー呼ぼうか。真中、また風邪引いたら困るし。」
「大丈夫だよ。これくらいなら傘があれば歩いて帰れるよ。」
「傘持ってるの?」
「あるよ、ほら。梶原くんはタクシーで帰って。」
「普通、女をタクシーに乗せて男が傘で帰るだろ。」
「そんなのどうでもいいよ。」
「駅まで一緒に歩こうよ。どうせ同じ駅だろ。」
「そうだね。」
 玄関を出て美里は傘を広げる。梶原は雨がかからないように美里の肩をしっかり抱いた。
「梶原くん、近いよ。」
「文句は雨に言えよ。」
「雨は悪くないよ。梶原くんが近いんだって。」
「真中が風邪引いたら困るだろう。また、あの相川ってやつが家にきたら困るし。」
 美里は相川がきた日の事を思い出した。てんとう虫の本、返しにくるって言ってたけど、真由は相川と食事するって言ってたし……。
 美里は、相川が自分を抱きしめた事を思い出すと、鼓動が少し早くなった。
「梶原くん。」
「何?」
「相川さん、今度、真由さんと食事行くみたいよ。」
「そう。良かったじゃない。あの二人、このまま付き合うんじゃないの。それとも真中は相川さんが好きだったとか。」
「……。」
 美里は言葉に詰まった。
「俺は真中の栄養失調を見抜けなかったから、相川さんにはちょっと引け目を感じてる。もう少し早く真中と付き合ってたら、家の中で倒れるなんて事はなかったのになぁ。」
「あっ、」
 美里が急に足を止めた。
「真由さん!」
 美里が見ている反対方向には、真由と相川が歩いていた。
 美里に気付いた相川が手を振る。真由もそれに気がついて、美里に小さく手を振った。
「行くぞ。」
 梶原が美里の肩を強く抱く。美里は相川と仲良く歩いている真由を見て、女子達が給湯室で噂をしていた、真由が人のものを取るのが趣味という言葉が何度も聞こえてきた。
 駅についた梶原と美里は、改札を通ると、それぞれ反対方向へ向おうとした。
「今日はごちそうさまでした。ありがとうね。じゃあ、また。」
 美里が梶原にそう言うと、梶原は美里の手を握り、いま来た電車に急いで乗り込んだ。
「私の家は反対だよ。」
 美里がそう言うと、
「あと2つですぐに着くから。」
 梶原は混んでいる電車の中で、美里をしっかり包みこんだ。
 駅に着くとためらっている美里の手をとり、走るぞ! そう言って、梶原のアパートまで雨の中を走って行った。
 駅からそう遠くない梶原のアパートの前で、美里は立ち止まった。
「私、やっぱり帰る。」
 そう言ったが、梶原は美里の手を離さなかった。
 梶原の部屋に入り、着替えなよ、と梶原からタオルとスウェットを渡された。
 美里はタオルを顔にうずめた。
「梶原くん。これ、いい匂いするね。」
 美里がそう言うと、
「俺、そういうの、けっこう気を使ってるから。」
 梶原が言った。
「どうせ、洗濯物を干すのがめんどくさいって言うんだろう。」
「そう。めんどくさい。」
 梶原は笑って、
「先にシャワー浴びてこいよ。」
 そう言って、美里を浴室へ案内した。

 梶原が浴室に行き、一人になった。
 美里は先週から今週に掛けて、いろんな事がいっぺんに起き、いつもの自分の自堕落な生活を取り戻せないせいか、急に疲れて膝を抱えた。
 相川の事も、真由の事も、真由の事を言っていた女子達の事も、そして梶原の事も、知りたくもない事も、見たくもない事も、黙って自分から遠ざかってくれたらいいのに……。毎週一人で過ごす週末が懐かしい。

 自分の時間が、いつから崩れたのか。
 相川がレンタルショップで同じ物を借りていったあの日から? 
 青天の日に美容室に行った日から?

 浴室から出てきた梶原が
「大丈夫か?」
 膝を抱えている美里の頭を撫でた。
「ごめんなさい。大丈夫。」
「家に帰りたいんだろう。」
「なんだか、ね……。」
 梶原は美里の隣りにぴったりと座り、肩を抱く。
「先週の土曜日、相川さんが家に来たの。」
「へー、なんで?」
「実家から送ってきた笹団子持ってきてくれて。」
「笹団子って新潟の? あの人新潟の人なんだ。真中は相川さんの事、好きなのか?」
「……。」
「なんだよ。答えられないのか。澤崎さんがいた頃の真中はもっと明るかったよな。」
「そうかな。」
「相川さんの事、好きなのか?」
 美里は適当な言葉が出てこない。
「あ~あ、野球、残念だったな。」
 梶原は美里にそう言った。
「本当に残念。」
 美里が梶原の方を見た。
「真中が男だったらな。こうして隣りにいても何とも思わなかったのに。」
 美里はあぐらをかき、梶原の肩を組む。
「そうだよな。」
「なんだよ。それ。無理に男になるなよ。」
 立ち上がった梶原の後を美里が着いていく。
「梶原くん、コーヒーいれようか?」
「今度は急に女になるのかよ。」
「いつも、私が課長のお茶担当してるから、梶原くんにもお茶入れようと思って。」
「そういうのって、もう廃止だろ。企画は各自で入れてるよ。」
「そうなの?」
「課長のお茶を入れるのは、めんどくさいとは思わないんだ。」
「そうだね。」
 梶原は美里にコーヒーの瓶を渡す。
「明日は祝日だし、晴れたら野球観に行こうよ。」
「明日は晴れるの?」
 美里と梶原は携帯の天気予報を見てみてる、傘のマークがついていた。美里と梶原はため息をついた。
「外球場の球団ファンは辛いよな。」
 梶原はそう言った。
「真中、もう少し起きていられるんなら、これ一緒に見ようよ。」
 梶原は美里にDVDを渡した。 
「何、シザーハンズ?」
「見たことある?」
「ない。あんまり洋画って見ないから。」
 
 また、美里の隣りにぴったりと座った梶原は、真剣に映画を見ている美里の横顔を見ていた。
 熱々でいれたコーヒーはすっかり冷めても、美里は映画に夢中だった。
 梶原は美里の髪を撫でたが気付く様子もなく、美里の肩を抱いても気が付かない。このまま何をしてもわからないかも、そう思った梶原は、美里の頬にキスしたが、それも全く気が付かなかった。梶原は気持ちが抑えきれなくなり、美里がわからないようにDVDの視聴速度を速めた。
 エンドロールが流れ、目にいっぱいの涙を溜めた美里の唇に、梶原は自分の唇を重ねた。美里の閉じた目から流れた涙が、梶原の頬をつたう。
「真中。」
 涙が止まらない美里を抱きしめる。赤くなった目をした美里が、ごめん、と梶原に謝った。
「俺、ずっと好きだった。」
 梶原は、美里の顔を見た。
「ずるいよ、梶原くん。こういう映画見た後に、そんな事言わないでよ。」
 映画の余韻が冷めない美里を、梶原はまた抱きしめた。
「真中の話しなら、いくらでも聞いてあげるから。」
「ありがとう。」
「俺は映画を見せに家に呼んだんじゃなくて、お前に告白するために家に呼んだんだからな。」
「……。」
「友達じゃなくて、彼女になってくれるよな。」
 美里は首を振った。
「どうして?」
「ダメだよ。」
 梶原は美里を自分の胸に抱くと、
「俺はずっと、真中を見てきたんだよ。」
 そう言った。美里は梶原の腕を解いた。
「梶原くんは、亜沙美さんがずっと好きだったじゃない。」
「俺は真中の事が好きだったんだって。亜沙美さんは澤崎さんがいたじゃないか。」
「嘘つきだね。」
「真中は好きな人、いるのか? やっぱり、相川ってやつ。」
「それは、真由さんが……。」
「城田さんがなんからしてきたら、俺が守ってやるから。」
「……。」
「知ってるよ。俺、亜沙美さんが悩んでるのよく見てたから。だから、真中が振り回されないよう、このまま城田さんと相川ってやつがくっつけばいいと思ってる。」
 部屋の中を重たい空気が漂う。
 美里から離れた梶原は、
「コーヒー入れ直そうか?」
 美里に聞いた。
「ううん。大丈夫。」
「冷たくない?」
「大丈夫。ねぇ、梶原くん。やっぱり、誰かに会わないで静かに暮らしていたほうが幸せかな?」
「映画の事かよ。」
「誰かと話そうとするから、辛くなる。」
 美里はそう言って梶原を見た。
「そういう作りにしたんだろう。」
「そっか。」
「続きはベッド話そうよ。」
 近づいた澤崎を両手で拒むと
「やだ。」  
 美里が言った。
「一緒に寝ても何もしないって。それとも何かしてほしいとか?」
「私、もう一回見たい所があるの。」
 そう言ってリモコンを持った美里を、梶原は後ろから抱きしめ、美里の髪に顔を埋めた。
「梶原くん、しつこいよ。」
「なぁ、真中。今日は長かったか? あっという間だったか?」
 そう美里に聞いた。背中越しに美里が、
「どっちも。」
 と答えると、梶原は美里を正面に向かせ、美里にキスをした。
「何もしないって言ったけど、やっぱり、俺、無理だわ。こっちに来いって。」
 梶原は美里を抱き上げてベッドの上に寝かせた。
「梶原くん。」
「何?」
「まだ、雨降ってるね。雨の音するよ。」
 窓の方を見ている美里に、梶原は聞いた。
「何、考えてるの?」
「どうしても、ここで寝なきゃダメ?」
「自然な流れだろ。男と女なんだし。」
「梶原くんの心の中に、別の人がいるよ。」
「真中の中にもいるのか?」
「たくさんいる。」
「そんなわけないだろう?」
 美里は梶原の手をずっと拒んでいた。
「雨、なかなか止まないな。」
 梶原は美里にそう言った。
 美里はカーテンを少し開けた。
「お前、けっこう残酷だな。」
 梶原が言う。
「なんで?」
「男の気持ち、ぜんぜんわかってない。」
「ごめん。梶原くん。」
 そう言ってベッドから出ようとした美里を、梶原は抱きしめた。どんなに抱きしめても、美里の距離は縮まらない。
 梶原は美里に早く寝ろ、と布団を掛けると、自分も仕方なく隣りで静かに目を閉じた。

 次の日の朝。梶原の携帯の目覚ましで目を覚ました二人。美里と梶原も結局、昨夜は一睡もできなかった。
「結局、何もなかったのかよ、俺達。」
「……。」
「今日はどうする?」
「家に帰ってもいい?」
「野球があったら観に行こうよ。さっき見たら、雨は昼までの予報になってたし。」
「今日は誰が投げるのかな?」
「昨日のスライドだろう。」
「見たいなぁ。石尾投手」
「神宮で待ち合わせしようか。」
「そうだね。」
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