曇天の下のてんとう虫

小谷野 天

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11章

手紙の返事

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 木曜日。
 一度家に戻った美里は、どうやって会社まで来たのか覚えていない。
 少し熱っぽかったけれど、明日の準備をしないと亜沙美さんにも、会社に迷惑が掛かる。
 何度も打ち間違えて、なかなか仕事が進まなかった。
「真中くん、大丈夫か?」 
 課長が声を掛けた。
「すみません、気をつけます。」
「今日は帰りなさい。あとは、別の人にやってもらうから。」
 美里の近くにいた後輩が、どれですか? とやってくる。
「大丈夫。あと少しで終わるから。」

「はい、真中さんの分も入れてきましたよ。」
後輩がお茶を持ってきた。
「えっ、ありがとう。」
「課長の分も入れておきましたから。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。ごめんね、気使わせて。」

 昼休み。
 美里はパソコンの前から動かない。
「真中くん、休まないのか。」
「そんな、時間でしたか。」
「少し休みなさい。」
「あと、少しなんで、やってしまいます。今日は早く帰りたくて。」
 
 美里の様子を見ていた課長は、美里から見えないように相川に連絡をした。

「もしもし。相川ですけど。」
「あぁ、相川さんと言いましたか。前に真中くんが世話になったね。」
「あの時の課長さんですか。」
「そうだよ。実は、真中くんがまた体調を崩していてね、あなたに彼女をお願いできないかと思って連絡をしたんだ。」
「どんな感じなんですか?」
「ここの所、残業が続いていて、そればかりじゃないと思うんだけど、いろいろあったし、なんだかすごく無理している気がするんだよ。」
「わかりました。迎えに行きますよ。」
「元々自分から、辛いとか言う子じゃないだろう。誰かを頼ろうともしないし、またこの前のような事になったらと思うと……。」
「今日は何時頃終わりますか。」
「18時には彼女を帰らせるよ。明日も休んでいいから。」
「彼女はいい上司に出会えて、良かったですね。」
「君と出会った事の方が、真中くんに大きな力になってると思うよ。会社では、けして弱い自分を見せないからね。そういえば、相川さんは、先生だって聞いたけど、転勤があるのかい?」
「自分は私立の教師なんで、転勤はしませんよ。」
「そうか、それは良かった。真中くんがいなくなったら、淋しくなると心配してたんだよ。」

 夕方。
「真中さん。亜沙美がこっちにきてるの。これから、梶原とご飯食べにいかない?」
 蓮が美里の所にやってくる。
「真中くんは、今日はダメだ。早く帰って家で寝なさい。明日は休んでいいから。」
「どうしたの、課長。」
「今朝からずっと調子が悪いみたいなんだ。」
「真中さん、大丈夫。」
 虚ろな目をした美里。
「ごめんなさい。亜沙美さんに会いたいけど、今日は帰ります。」
「梶原に送らせようか?」
「田中くん、大丈夫だよ。ちゃんと連絡してあるから。」
「そうですか。」
「じゃあ、真中さん、気を付けてね。」

 美里は歪んで見える道をなんとか歩いていた。  
 駅まであとどれくらいあるだろう。
 
 美里は急に誰かに手を掴まれ、車に乗せられた。
「相川さん。」
 美里はホッとして、車の窓に寄り掛かり目を閉じた。

「美里。」
 美里は相川のベッドの中にいた。
「俺の家だよ。泊まっていきな。明日は休むよう、課長さんが言ってたよ。」
「課長が?」
「お昼に電話をもらったんだ。」
「私、仕事遅かったのかな。」
「気になるほど、遅かったんだろうな。」
 相川は小さく笑った。
「さっきから、氷の音がする。」
「水枕、保健室から借りてきた。」
「そんな、いいの?」
「いいよ。ちゃんと借りるって言ってきたから。」
 相川は美里のおでこに手をあてる。美里は水枕に手をやると、探していた本が置いてあった。
「あっ、これ。」
「あの日、黙って持ってきたんだ。俺も何回も読んだよ。読んでも読んでも辛くなる話しだね。」
 美里は相川が自分のおでこに置いている手を触った。
「ごめんなさい。また、助けてもらった。」
 涙で相川が見えなくなる。

「相川さん。」
「何?」
 どんな言葉も見つからない。一緒にいたい気持ちも、離れなくない気持ちも、どうやって彼に伝えたら、いいのだろう。
 相川は黙って見つめている。
 ぼんやりした意識の中で、相川の手が自分の手を握った。
「風邪引いたら、相川さんを独り占めできる。」
 美里はそう言って、相川の手を握り返した。

「まだ、熱があるね。薬取ってくるから。」
 薬と水を持って戻ってきた相川は、美里を起き上がらせると、薬を美里の手に渡す。
「ありがとう。」
「ほら。」 
 ペットボトルの蓋を軽々と開けて美里の前に出した。
「少し多めに飲まないと。」
「うん。」
 相川は美里を静かにベッドに寝かせた。
「わがままを言ってもいいんだよ。」
「ダメだよ。相川さん、忙しいのに。」
「明日、休みを取るから。」
「ううん。学校、行って。」
「1人でいるのは、辛いだろう。」
「大丈夫。あのね、」
「何?」
「悲しくて、切ない話し、教えて…。」
 美里はそのまま目を閉じた。

 金曜日。
「俺、仕事に行くけど、何かあったら電話して。お昼は机に置いてあるし、冷蔵庫にアイス入ってるから食べなよ。」
「ありがとう。あっ、これ返さないと。」
「もう少し借りていようよ。氷の音、気持ちいいだろう。」
 美里は相川の手を掴んだ。
「一人にしてごめんな。熱下がったら、これを見てなよ。」
 相川はDVDを美里に渡した。
「これ、」
「知ってた?」
「梶原くんが、教えてくれた。」
「俺と彼が、同じ事を考えるなんてね。」
 相川は笑った。
「手がハサミの主人公でしょう?」
「そうだよ。」
 美里は少しずつ映画を見ながら、相川が帰って来るのを待っていた。

 昼休み。
 相川の携帯が鳴る。
「梶原くん。」
「どういう事ですか?」
「そちらの課長さんから連絡をもらってね。」
「真中と別れたんじゃないんですか。」
「そうだね。」
「弱ってる真中を連れて行くなんて、卑怯じゃないですか。」
「俺は卑怯でもいいから、美里を離したくない。」
「勝手ですね。」
「風邪が治ったら、美里と普通に話してくれるかい?」
「当たり前じゃないですか。」

 電話を切った相川は美里に電話する。
「熱、少しは下がったらかい?」
「今、7度2分。」
「このまま、下がるといいな。ちゃんと薬飲みなよ。」
「うん。」
「今日は部活に出ないで戻るから。」
「大丈夫だよ、ちゃんと出て。」
「すぐに帰るよ。」
「相川さん。さっき、ちょっと見たの。」
「シザーハンズの事かい。」
「そう。」
「博士、勝手に死んじゃって、中途半端にされたら彼はかわいそうだね。」
「ここから話しが始まるんだよ。あんまり、一気に見ないで、少しずつ見るんだよ。」
「わかった。」
 相川が電話を切ると、
「先生、彼女?」
 数人の女子生徒が相川を囲んだ。
「いいから、人の電話を聞くんじゃない。」
「この前の返事、書いたよ。なんか、後味の悪い話しだった。」
 女子生徒は相川にプリントを渡した。
「彼女、風邪なの?」
「そうなんだ。」
「早く帰ってあげたら。」
「わかったから。いいから、もう教室に戻りなさい。」

 梶原は総務課長の所へ来ていた。
「課長、ひどいですよ。なんで相川さんに連絡したんですか?」
「真中くんは、体調が悪そうだったから。また、この前のような事になったら困るし。」
「俺に言ってくれたらよかったでしょう。」
「梶原くんと真中くんは同期だったか。」
「そうですよ。」
「なんだか、澤崎くんと梶原くんが同じに見えてね。」
「えっ?」
「真中くんが元気になったら、また仕事で支えてやってくれよ。」

「田中さん。」
 梶原がタイムカードを押すと、後ろに蓮が立っていた。
「奢ってよ、梶原。係長になったんだろう。」
「田中さんの方が先輩ですよ。」
「じゃあ、私が奢るから。」

 梶原は蓮と会社の近くの居酒屋に来ていた。
「真中さん、また風邪引いたみたいだね。」
「そうなんです。」
 梶原はビールを飲んだ。
「課長は、この前の人に連絡をしたんでしょう。」
 蓮は卵焼きを梶原の皿に乗せた。
「なんかそれって、腹立ちません?」
 卵焼きを頬張っていた蓮は飲み込むと、
「あの課長、梶原と澤崎くんを間違えてるからね。」
 そう言って、ビールを飲んだ。
「それ、言われました。」
 枝豆に手を伸ばした蓮。
「わかる?2人には真中さんを助けるのは、無理なんだよ。」
「どういう事ですか?」
 梶原も枝豆に手を伸ばす。
「あんたが課長になったらわかるよ。あっ、あさ美からだ。梶原、出て。」
「俺ですか?」
「いいから、早く。」

 家に帰ってきた相川は、美里が寝ているベッドに腰掛けた。
「大丈夫かい?」
「おかえり。」
「ちゃんと食べたんだね。洗わなくても良かったのに。」
「ありがとう、美味しかった。」
「家庭科の先生に聞いて作ってみた。美里の風邪を治すために、先生達も総動員だよ。」
「みんなに迷惑掛けて、ごめんなさい。」
 相川は美里の髪を撫でる。
「汗で汚いよ。」
「熱が下がったんだよ、良かった。」
 相川は美里を優しく見つめている。
「変わった主人公だっただろう。」
 相川はDVDを手に取った。
「相川さんは見たことがあるの?」
「あるよ。」
 相川は美里のおでこに自分のおでこつけた。
「近いと伝染るよ。」
「そんな事、心配しなくていい。本当だ、熱下がったみたいだね。」
「勝手だよね。都合のいいようにみんなを利用して。」
「美里は風邪引いても1人だったんだろう。」
「そうだね。」
「いつも謝ってばかりいる。迷惑かけてるなんて、もう思わなくていいよ。」
「私、みんなの邪魔をしてるから。」
「俺が熱を出した時は、もっとたくさんわがまま言うからね。」
 美里は少し笑った。
「あの、汗かいたから、シャワー借りてもいい?」
「いいよ。こっち。」

 後からシャワーを浴び、帰ってきた相川がベッドに座ると、本を読んでいた美里は、相川の背中に寄りかかった。
「めずらしいね。まだ、体辛いの?」
「ううん。」
 美里は相川の背中にぴったりと頬をつけていた。
「あの主人公は、大好きな人を抱きしめる事もできなかったでしょう。」
 背中越しに相川に話し掛ける。
「そうだね。」
「人に会わないで森の中にいたほうが、幸せだったのに。」
「人に会えてよかったんだよ。」
「そうかな。」
「美里。」
「何?」
「たくさん泣いたかい。」
「たくさん笑った。」
「それなら良かった。」
 相川はそう言って、美里の方を向いた。
「眠いだろう?」
「少し。やっぱり、横になる。」

 ベッドに入った美里に
「おいで。」
 相川はそう言って体を寄せた。
「いいの?」
「おいで。」
 美里は相川の腕の中で、目を閉じた。
 今にも崩れ落ちそうな美里を、相川は静かに抱きしめた。
「美里。」
「ん?」
「本当はもう少し、話しがしたい。」
「私も。」
「でも、眠いだろう。薬が効いているみたいだし。」
「そうだね。だけど眠ってしまったら、明日になってしまう。こうして話したことも、みんな思い出になって消えてしまう。」
 相川は静かに美里にキスをした。
 唇が離れた時、美里は自分の腕の中で眠っていた。

 少し経ってから、美里が腕の中で目を覚ます。
 時計を見ると、午前1時を回っている。
「明日になったんだ。」
 美里は残念そうに言った。
「ごめんなさい。私……、」
「まだ今日だよ。」
「相川さん、ずっと起きてたの?」
「起きてたよ。」
 美里は枕元の本を手に取った。
「高校の先生が教えてくれた話しでね。手紙を読んでいる人も、手紙を書いている女の人も、セメントになっていく彼の事も、みんな浮かんでくるの。なんとも言えない気持ちがなって、いろんな事を考えているうちに朝になったり、そのまま寝てしまったり……。」
 相川は、その本を枕元に置いた。
「美里。」
「何?」
「抱いていいかい?」
「風邪が伝染るよ。」
「それでもいいんだ。」
 相川は美里の服を脱がせ、自分も服を脱いだ。
 美里は相川の肩にそっと触れる。
 美里の頬を相川の大きな手が包んだ。
 美里はゆっくり目を閉じる。
 相川は美里に優しくキスをすると、その体に静かに触れた。

 月曜日。
「美里ちゃん。」
 亜沙美が美里を呼んだ。
「亜沙美さん!」
「美里ちゃんがいろいろやっておいてくれたから、手続きも順調だったよ。ありがとうね。」
 美里は亜沙美さんの両手を握った。
「また一緒働けて嬉しいです。」
「風邪引いたって聞いたけど、大丈夫なの?」
「大丈夫。」
「今日は、お昼、一緒に食べよう。」
「はい!」

 昼休み。
 亜沙美さんとご飯を食べている所へ梶原がきた。
「梶原くんは食べたの?」
 亜沙美が梶原に聞く。
「外廻りの途中で食べました。」
 梶原は美里の方を見た。
「真中が昼にまともなもの食べるの、めずらしいな。」
「美里ちゃん、いつも何食べてるの、またお菓子?」
「そうですよ、こいつ、お菓子ばっかり食べるから風邪引いたりするんですよ。」
「梶原くんって美里ちゃんにきついよね。」
「そうですか?」
「渉もずいぶんきつかったでしょう?」
 亜沙美は美里の顔を見た。
「真中には、変な彼氏ができたんですよ。難しい事ばっかりいう、変なやつ。」
 梶原はそう言った。
「そうなの、美里ちゃん。」
「変な人じゃないよ。」
「真中、俺が亜沙美さんと飯行っても、後悔するなよ。」
「なんで、何言ってるの?」
 亜沙美さんは笑っていた。

 夕方。
 梶原が美里の所へきた。
「相川さんの所へ戻ったのか。」
「ごめん。」
「謝るなよ。俺は一体何に振り回されてたんだろうな。」
 梶原は美里の机を開いた。
「ちゃんと食べてるのか。」
 机にあった飴を口に入れる。
「この前、せっかく梶原くんが作ってくれたご飯、食べられなかったね。」
「これから相川さんに作ってもらえばいいだろう。あの人、なんでも詳しいし。」
「食べたかったな。」
「心配しなくても、俺が全部食べたって。今頃思い出して、勝手なやつだな、本当に。」
「亜沙美さんはね、鶏肉あんまり好きじゃないよ。だから、唐揚げはダメだね。」
「唐揚げはお前が好きなんだろう。」
「梶原くん、美味しい所知ってるって言ってたでしょう?」
「真中とは行かないよ。」
「亜沙美さんだって、絶対行かないよ。」
「じゃあ、田中さんと行くよ。」
「私も行きたい。」
「家にいろよ。野球でも見てたらいいだろう。」
 美里は笑った。
「なんか、久しぶりにそんなに話す真中を見た気がするな。」
「梶原くん。」
「何?」
「風邪薬、ありがとうね。」
「そんな事か。告白かと思ったよ。」

「美里ちゃん。」
「亜沙美さん。」
「一緒に帰ろうよ。」
 亜沙美が美里の肩に手を置く。
「亜沙美さん、俺と帰りましょうよ。唐揚げ奢りますよ。」
「いいな。」
 美里は亜沙美を見た。
「私、鶏肉ダメなの。」
「ほら、梶原くん。亜沙美さんは食べないって言ったでしょう。」
「なーに? 2人で何話してたの?」
「亜沙美さん、じゃあ、ラーメンでも食べに行きますか。真中は、難しい事言うやつが待ってるから、早く帰れよ。」
「美里ちゃんの彼って、どんな人なの?」
「普通の人ですよ。」
「何いってんだよ。あんな変わった人、普通って言葉で片付けるなよ。」

 駅につくと、相川が待っていた。
「おかえり。」
「待ってたの?」
「俺もちょうど終わったから。」
「体は大丈夫か?」
「うん。」
 横に並んだ二人は、夜になっても生ぬるい風の中を足速に歩いていく。 
 美里の小さな背中に、相川はそっと手を回した。
「また、喋ってるの?」
 美里は相川を見上げた。
「本当に、よく喋る背中だね。」
 相川の言葉に、美里は笑った。

「テントウムシって、どうやって仲間だってわかるんだろうね。自分で自分の模様もわからないのに。」
「相川さんでもわからない事あるんだね。」
「そりゃあ、あるよ。」
「虫はみんな小さな目だから、相手の色とか形なんか気にしないんじゃない?」 
「そうか。」
「相川さん、もう少し一緒にいてくれる?」
「いいよ。じゃあ、美里の所に行こうか。」
「家に?」
「いいだろう。何か作るよ。」
「うん。」
「その代わり、洗いものは美里がやってくれるかい?」

「相川さん。」
 キッチンの中にいる2人。
「梶原くんと話しをしたの。」
「そう。」
「昔みたいに……、そんな感じ。」
「わかってる。ねえ美里、ご飯まだ炊いてないのか?」
「あっ!」

 夕食を食べた後、
「泊まって行くって言っただろう。」
 相川はそう言った。
「そっか。」
「ダメたった?」
「ううん。明日も仕事なのに、いいのかなって。」
「俺のお弁当、作ってくれる?」
「誰が?」
「美里しかいないよ。」

 先にベッドに入った相川。
 あとからきた美里は、相川の寝ている枕元に本を見つけた。
「本がある。」
 美里はそれに手を伸ばす。
「星座の話し?」
「眠れなかったら、読むといいよ。この本は、悲しい話しも幸せな話しもあるから。」
 美里はその本を読もうとした。
「眠れない時って言っただろう。」
 相川は美里から本を取ると、枕元に置いた。
「私の本は、相川さんの所にあるの?」
「そうだよ。」
 美里は少し考えていた。
「ねえ、手紙の返事にはなんて書いてほしい?」
 相川が聞く。
「返事?」
「セメントになった恋人が入った袋に、手紙を入れた彼女へ、その手紙を読んだ人の気持ちになって、返事を書いてみて。彼女は、どんな返事を待ってるかな。」
 美里は驚いて相川を見つめた。
「ちょうど授業で使っていてね。そんな話しをしたら、一人の生徒が、彼は舗道になってます。デコボコの道がとてもキレイになりました。もしも、あなたがこの道を歩く日がきたら、あなたの足音を聞いて、彼はとても安心するでしょう。どうか、幸せになってください、そう書いてきたよ。」
 美里は驚いて相川を見た。
「あの話しは、辛いだろう。だけど、そんな風に受け止められるなんて、びっくりしてさ。」
 相川が美里の頬に触れると、美里の目から涙が流れた。
「今日はもう少し起きていられる?」
 美里の涙を指で避けた。
「うん。」
「じゃあ、おいで。」
 美里は相川の腕に包まれて目を閉じる。

 淋しさの中に身を置く事に慣れ過ぎて、温かい幸せを求めて探し回るより、冷たい風の中で膝を抱えている方が、ずっと楽だったんだね。
 俺は好きだとか、愛してるとか、そんな言葉で君を縛り付ける事はしない。時々、疲れて、より掛かってくれたら、それでいい。
 明日になる事を怖がるなら、ずっと今日の続きでいよう。
 君が眠りにつくまで、俺は少しでも長く起きているから。
 もし、君が目を覚まして俺を見た時、今日はまだ終わっていないんだ、君にそう言ってあげるから。
 
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