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大倉の困惑
しおりを挟む「おーくらあ! ちょっとおー!」
部室の中で大倉敬一は、手を止めた。
弁当を食べるため握っていた箸はそのままに、戸口へと視線を向ける。
「おーくらぁ~」
ひらひらと、陸上部のチームメイトが手を振っていた。
同じ高校一年生の崎坂一馬だ。
大倉は、ちらりと弁当箱に視線を落とす。
中には白い飯が、あとひと口分残っていた。
崎坂に手で「待て」と合図しつつ、それを箸でつまんでぽいっと口に入れる。
口をもぐもぐさせながら弁当箱を適当に包み、机の上に置いていスポーツバッグに突っ込んだ。
まだ口は動いていたけれど、立ち上がり、戸口で待っている崎坂のほうへと向かった。
そっちに向かっている間に、ちょっとだけ「あれ?」と思う。
崎坂は、取ってもいない科目の講義室だろうが気にせず、ずかずか入ってくるような奴なのだ。
部室だというのに、今日に限って来ない理由に少し引っかかっていた。
「どした?」
廊下に出て、崎坂に声をかける。
首を傾け、視線を下げた。
崎坂とは身長差がある。
しかも、十五センチもある。
大倉は百八十五センチと、高校一年生男子の標準身長よりも背が高い。
だから、いつも大倉が視線を下げ、崎坂が視線を上げてくる。
そうしなければ、視線は交わらないのだ。
「ちょおっと話あんだけど、いい?」
「あ? いいけど、なに?」
聞くと、崎坂がくるりと体を返した。
すたすたと歩き出す姿からすると、ここで話すつもりはなさそうだ。
なんだかなぁと、やはり首をかしげる。
部室で話せない話の予想がつかなかった。
たたっと小走りで隣に並ぶ。
どうにも崎坂の背中を見ているのは違和感があって気持ち悪かった。
ちらっと崎坂はこっちを見たけれど無言。
部室から講義室の階段へと移動して、その階段を上がって行く。
この先には屋上しかない。
この講義棟は三階建てだからだ。
「なぁ……屋上行くのか?」
「そう」
短くすっぱりと言いきられた。
大倉は内心「え~」という気分になる。
今は一月中旬。
しかも、数日前から雪が降るほどの寒さが続いていた。
とはいえ、崎坂が無言なので、なんだか文句も言いづらい。
しかたなくついていく。
「ぐおっ! さむっ!」
崎坂が屋上へ出る戸口を開いたとたん、冷たい風が飛んできた。
体をすくめ、渋々、大倉は崎坂に続いて屋上へ出る。
呼ばれた時にはよもや屋上に行くだなんて思わなかった。
そうと知っていればコートを持ってきたのにと文句のひとつも言いたくなる。
「おい、崎坂……すんげー寒ィんだけど?」
「オレもだよ」
それはそうかもしれないけれど。
平然と言われ、大倉は唇をとがらせた。
崎坂には、こういう不遜なところがある。
人の意見を聞かないわけではないけれど、自分の意見も曲げない。
結果として、周りが崎坂の意見に合わせてしまうのが常だ。
もちろん不満があれば誰も合わせようとはしないだろう。
そこが大倉にとって悔しいところだった。
周りを従わせる魅力が崎坂にはある。
その魅力を大倉は誰よりも知っていた。
だからこそ、こんな寒い場所にもついて来ている。
「ここなら、ちっとはマシだろ」
崎坂が足を止めたのは貯水タンクの脇にある調整室の影だった。
確かに壁が風よけにはなっている。
けれど、風の直撃を免れようとも外気の冷たさはあまり変わらない。
すでに指先はかじかんで、ビリビリしていた。
寒さに両手を学生服のズボンのポケットに突っ込む。
「それで?」
正直、さっさと話を聞いて、とっとと教室に戻りたい。
こんな場所に長時間いて、風邪でもひいたら困る。
それは崎坂にしても同じはずだった。
寒い時期には大事な大会がいくつもあるからだ。
「おーくら、お前は男だ」
「は?」
「そんでもってオレも男だ」
意味がわからない。
大倉は眉をひそめて崎坂を見つめた。
大きくて黒い瞳が、じっと見つめ返してくる。
なんとなく気まずい。
大倉は首に手をあて、視線をそらせた。
そもそも人と目を合わせるのは苦手。
そこにきて崎坂と目を合わせるのは、もっと苦手なのだ。
心の底まで見透かされそうな気がする。
「あ~そいで、だ」
「おう……」
なんだろう、なにを言われるんだろうと、いよいよ気まずい気分になった。
崎坂の口調が変わったせいかもしれない。
心臓がやけにばくばくしてくる。
崎坂が言いにくそうにしているのが、ひどく気になった。
二人はチームメイトだけれど、実力は崎坂のほうが上なのだ。
練習中や大会のあとに厳しい指摘を受けたことも少なくない。
そのたびに自分の力のなさが情けなくて大倉はへこんできた。
同い年のチームメイトに指摘される悔しさはある。
それでも、崎坂の指摘は正しいのだから反論もできなかった。
おかげでよけいにへこむ。
そうした心理から、大倉は手厳しく言われるのではと警戒している。
こんなところに呼び出して言うくらいだ。
相当に深刻な指摘でもされかねない。
それが怖くて、耳を塞ぎたいくらいの気持ちになっている。
「お前も男でオレも男だってのはわかってんだけど……オレ、お前が好きなんだよ」
連続まばたき。
大倉は外していた視線をゆっくりと崎坂に戻した。
「………………は……?」
本気で意味がわからなくて、それしか言葉が出て来ない。
崎坂が困ったように頭をかりかりとかく。
ぐしゃぐしゃの髪が、よけいぐしゃぐしゃになっていた。
瞳と同じ真っ黒の髪は、たいして長くない。
そのせいなのか、崎坂が身だしなみに無関心なせいなのかはともかく。
トレードマークと称されるほど、いつも後ろ髪は寝癖でぴこんと立っている。
「だからぁ……お前が好きなんだってば」
言われても、大倉はまた「は?」としか言えなかった。
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