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スーパーポジティブ無神経。
「なあなあ、ノロぉ、お前って頭いいのな」
「……ノロって呼ぶなよ」
転校してきて三日目。
手続きに来たとき出会った相手とは同じクラスだった。
教師に連れられ教室に行くと、そこにこいつがいたのだ。
栗原俊平。
職員室まで行く間、すでに名前は教わっていた。
『えーと、マロン?の栗に原っぱの原で、オレ、くりはらしゅんぺー』
苗字に関しては漢字の説明を入れてきたのに名前については、なにもナシ。
結局、気になって自分から聞いてしまった。
そして栗原は自己紹介してもいないのに、一太郎のことをいきなり「ノロ」と呼んできた。
あげく教室に入った瞬間立ち上がり、さも親しげに一太郎をそう呼んだのだ。
おかげで教師を含め、周りからも友達だと思われたらしい。
すっかり席まで隣にされてしまった。
栗原とは友達でもなければ、知り合いですらない。
関わりたくないと思っているはずなのに、どういうわけか引きずられる。
一太郎には、栗原がどうして自分に絡んでくるのか理解不能。
考えられる理由はネガティブなものばかりだった。
運動音痴なのはバレている。
だから、それをネタに馬鹿にしたいのか、とか。
運動音痴な自分をそばにおいて引き立て役にしたいのか、とか。
とにかく一太郎は運動ができないせいで嫌な思いをした経験が多かった。
少しくらいの運動音痴なら、ここまでのネガティブさを抱えずにすんだかもしれない。
けれど栗原が言った言葉は、実のところ的を射ている。
一太郎は『超ウルトラスーパーデラックス鈍くさい』のだ。
小学校の頃から、体育では「がんばろう」と「1」しかもらえたことがない。
見た目の印象も手伝って、嫌な経験は確実に蓄積されていった。
今となっては自分の外見さえも嫌いになっている。
「なんで? いいじゃん、ノロ! ぴったりじゃん!」
栗原が隣からイスを寄せてきた。
一太郎の机に肘を置き、手のひらの上へ顎をのせている。
覗き込むようにして顔をじいっと見られ、ふいっと顔をそむけた。
自分の顔も嫌いなのだ。
なんと言ってからかわれるかくらい予想がついている。
(どうせ……運動できそうな顔してんのにって言うんだろ)
それが嫌でたまらない。
顔と運動神経にはなんの関係もないし、好きで運動音痴になったわけでもなかった。
いつも関連づけられてがっかりされる不条理さなんて栗原にはわからないだろう。
なにせ栗原はものすごく運動神経が良い。
サッカーボール直撃から助けてくれた時、どこから走ってきたのかもわからなかった。
おまけにあの跳躍力。
並みの運動神経ではないことぐらい考えなくてもわかる。
「のぞえいちたろう、略してノロ!」
顔をそむけたまま、口をとがらせた。
「お前、オレの名前知らねぇ時からそう呼んでたじゃねぇか」
きっと鈍くさいほうの「ノロ」に違いない。
栗原がにししっと笑う。
「バレたか! やっぱノロって頭いいなー!」
「……頭良くなくてもわかるっつーの」
嫌味を言っても、栗原はまるで悪びれない。
ちらっと横目で見ると、まだ笑っていた。
(なにこいつ……マジでムカつく……無駄にかまってくんなよな)
一太郎のコンプレックスは半ばトラウマと化している。
いちいちそれをネタにされるのはストレスとしか言いようがない。
はやく「ケリ」をつけて、追いはらってしまいたかった。
「お前ってすんげーバカなんだろ。体育しか取り得ねぇってタイプだよな」
こういう脳が筋肉でできている輩は、皮肉で気分を害するのが一番効果的。
頭は悪いくせにやたら勘だけは働く。
だから、皮肉の意味はわからなくても、そこにある悪意には気づくのだ。
けれど、栗原は一太郎の予想を大きく覆してくる。
怒ったふうでもなく、あくまでもにこやかな表情を浮かべていた。
「そーなんだよなー。だから、試験前は超まいる! 赤点、取り過ぎると補習だもん!」
皮肉が皮肉としてすら通じないようだ。
一太郎は顔をしかめ、わざとらしくため息をつく。
「もうあっち行けよ。バカがうつりそうで嫌だから」
とたん、栗原が大口を開けて笑った。
「バカはうつんねーし! それよかノロのがヤバくねー? 腹痛くなりそう!」
「……お前な……人を細菌扱いすんじゃねぇ」
「すっげー! よくわかったなー! オレら、超気が合ってんじゃねーっ?」
「……ねぇよ…………合うか、バカ」
嫌味も皮肉も栗原は意に介さない。
しかたなく栗原のレベルに合わせる。
「オレがお前をバカスケって呼んだら、どんな気分になるよ?」
「えー? 別になんとも思わねーけど? ノロが呼びてーように呼べばいいじゃん」
がっくし。
なんだかもうなにを言っても無駄という気持ちになった。
栗原は運動神経だけではなく、強靭な精神力も持ち合わせているのだろう。
「でもさぁ、バカスケってなんか……バカでスケベって意味みてーだな!」
なにがおかしいのか、自分で言って自分で笑っている。
まさに鋼の無神経。
コンプレックスを刺激されるなんていう繊細さはなさそうだった。
「そういやさー、ノロ、大変なときに転校してきちゃってっけど大丈夫かー?」
「大変ってなにがだよ?」
今は六月。
父親の転勤が決まった時、特に迷いはしなかった。
高校生活に馴染んだあとだったら、生活圏が変わるのを嫌がっただろう。
また「顔の割りに」発言をイチからやり直したいとは思えないからだ。
けれど、高校に入って二ヶ月程度。
悩む必要はなかった。
一太郎は運動神経と反射神経を引き替えにしたのかというくらい頭脳明晰。
こと勉強で、困ったり悩んだりしたことはない。
だから転入試験は、両親を説得しての一人暮らしを選ぶ理由にはならなかったのだ。
「年間行事表まだもらってねーの?」
「年間行事……?」
ざわりと、なにか嫌な予感がする。
栗原が、ちょっぴり気の毒そうに言った。
「再来週、球技大会あるんだぜ?」
「きゅ…………っ」
そのまま、きゅ~っと倒れてしまいそうになる。
こらえて一太郎は口元をひきつらせた。
「や……オレは補欠で……」
「それは無理だなー」
「なんで……?」
栗原がちょいっと肩をすくめる。
さらに気の毒そうな表情をした。
ますます嫌な予感がつのっていく。
「このガッコ、実はスポーツに力入れてんだよね。不参加とか補欠なんてセンセーが許しちゃくれねーよ。オレら、入学式のあとのオリエンテーションで言われたもん」
一太郎だってスポーツに力を入れている高校にわざわざ入ろうとは思わない。
学校案内に、そんなことは書かれていなかった。
校長より挨拶という欄で、ちらっと「文武両道」がモットーとは書かれていた気もする。
とはいえ、それでスポーツ重視校だなんてわかるはずがない。
一太郎はこの学校を通い易さで選んだようなものだった。
そもそも学力は学校ではなく、塾で身につけようと思っていたからだ。
「球技大会は年に二回もあるし、体育祭もあるだろー。そんでもって、十月なんてマラソン大会あるんだぜ?」
がーんがーんと頭の中でドラの音が響く。
それが、くわんくわんしてきて、めまいを引き起こした。
「ノロぉ、お前、どーすんの?」
どうするもこうするもない。
(や、やっぱ仮病しか……)
思う一太郎の心を見透かしたみたいに、栗原が言う。
「あ、病欠は病院の診断書いるみてーだよ?」
言葉に思わずぐあっと叫んで頭をかかえた。
一太郎は精神的なナイーブさとは裏腹に体は丈夫なタチなのだ。
大きな病気どころか、風邪をひくことだって稀。
今の季節、水風呂に入っても気持ちいいだけだろう。
そのまま裸で部屋をうろつこうと風邪をひきそうにもない。
「再来週……再来週…………って……」
まさに目の前が真っ暗になる。
転校したばかりだというのに、再来週、自分は全校生徒の前で恥を晒すのだ。
女子の笑い声、男子の馬鹿にする声が聞こえてくるようだった。
また「あんな顔してるのに」と馬鹿にされなければならない。
「最悪だ……最悪……サイアク……」
最悪という言葉しか頭に浮かんでこなかった。
「じゃあさ、オレと一緒にサッカー出よ!」
知らず、うなだれていた顔を上げる。
栗原がにひっと笑った。
「なんとかしてやるって! お前、頭はいいんだし、なんとかなんじゃねーか?」
とてもなんとかなるとは思えない。
自分の運動音痴がそんじゃそこいらのものではないと栗原は知らないのだ。
「でも、ちょびっとは練習しねーとだぜ?」
「けど…………」
一太郎はさらに暗い気持ちになる。
今までも「一緒に頑張ろう」と言ってくれた人が皆無だったわけではない。
ただ一太郎の運動音痴を前に、全員、諦めてしまった。
思い出すと、胸の奥がちくちくする。
小学校の友達、中学校の先生。
みんな、最後にはがっかりした顔になった。
そして一太郎に「無理だね」という言葉を残して去って行ったのだ。
きっと栗原だってそうなる。
「練習しても……無駄だ……オレは、超ウルトラスーパーデラックス鈍くさいからな」
「うん、そうだな、オレ、知ってる! だから任せろ!」
何度も何度も言われてきた。
大丈夫だとか、諦めるなだとか。
それでも駄目なものは駄目だったのだ。
がっかりされるたびに、傷つくのは自分のほう。
手を差し出しておきながら、諦めるのは相手のほう。
栗原だけが違うとは思えない。
「言うだけなら簡単だよな……所詮、ひとごとだろうが」
言ってしまってから、ハッとなる。
栗原は今までの自分の経験を知らない。
ただ善意で手を差し伸べてきたに過ぎないのだ。
うっかりこぼれ出てしまった言葉だったけれど、自己嫌悪に陥る。
「なーに言っちゃってんの! ひとごとなわけねーじゃん!」
栗原は怒るでもなく呆れるでもなく、にっこりしていた。
我ながら嫌になるほどのネガティブさ。
見せられていい気分になる奴はいない。
それなのに、栗原は笑っている。
「オレ、勝ちてーもん! 一緒にやんだから、お前にも頑張ってもらわねーとだろ?」
明るい口調と表情に、自然と気持ちが晴れやかになっていた。
胸の奥に感じていたちくちくが消えていく。
「大丈夫! マジ任せとけって!」
どこから、その自信が出てくるのかはわからない。
けれど、栗原が言うと「大丈夫」という気持ちになれそうだった。
もとより一太郎としても信じたい気持ちがなくはないのだ。
がっかりされ傷つくのが嫌なだけだった。
かき消えなかった笑顔に安心している。
なにせこんなふうに手を差し伸べられたのは久しぶり。
信じてみたい気持ちになっていた。
頑張ってみようか、なんて気持ちにもなる。
なんだかちょっぴり恥ずかしくなった。
高校生にもなって、はじめて友達ができた小学生のような気分。
照れくささもあってぶっきらぼうに言う。
「けど、オレ……運動神経っつーか……反射神経も切れてっかんな」
その言葉にも、栗原は笑いながら、なんでもなさそうに、言った。
「知ってる」
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