二人ぼっちがいいみたい

黒井かのえ

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独りにならないよう。

 
「や、やっぱ……無理だろ、これ」
 
 気持ちが折れてしまいそうになっていた。
 
 サッカーの練習を始めたのは三日前。
 いっこうに上達する気配はない。
 栗原が提案したフォーメーションA・B・Cと名づけられた立ち位置と合図は覚えた。
 とはいえ、肝心のボール扱いができないのでは話にならない。
 
 一太郎に課せられたのは、胸でのトラップとショートパス。
 
 この二つだけだ。
 栗原の家からほど近い公園で、放課後三時間以上も練習している。
 初日は、一太郎の家までジャージを取りに戻るのにもつきあってもらった。
 それなのに、この体たらく。
 
 恥ずかしくて情けなかった。
 
 栗原が蹴ったボールは、確実に一太郎に向かって飛んでくる。
 けれど、それは胸に当たり地面に落ちるばかりだ。
 体を後ろにそらせようと頑張ってはいた。
 それなのに少しもいうことをきかない。
 てんてんてん……と転がっていくボールを見ながら唇を噛んだ。

(毎ン日、こんなつきあってもらってんのにぜんぜんマシになんねぇ……)

 きっと栗原もうんざりしている。
 嫌になっているけれど、嫌だと言えないだけかもしれない。
 またぞろネガティブ思考が頭を持ち上げ始めていた。

「なんだ? どしたー? ヘバっちゃったか?」

 栗原がボールを軽く蹴り上げながら、近づいてくる。
 あんなふうに簡単に見えることが、自分にはできない。
 みっともない、と思った。
 
「もういい……どうせできねぇよ」
「なにそれ? まだ練習はじめたばっかなのに、もうバテバテ?」

 ムッとして栗原を小さくにらみつける。
 栗原は簡単にできてしまうから、自分の気持ちがわからないのだ。

「もうわかっただろうが! オレが、どんだけ運動音痴か!」

 怒鳴った瞬間、栗原がきょとんとしたような顔で首を傾けた。
 
「そんなもん最初から知ってるって言ってるじゃん」
「け、けど……予想よりひでぇとか……あるだろ」
 
 恥ずかしさに耐えながら言ったのに、栗原は大口を開けて、わはははと笑い出す。
 
「予想よりひでえって、お前どんだけ自分を低く見てんの? 謙虚なの?」
「ち、ちげえよっ!」
 
 ふ……と、急に栗原が顔つきを変えた。
 さっきまで子供っぽかった瞳がやけに大人びて見える。
 そのことになぜかどきりとした。
 
「あのさぁ、ノロ。オレってバカじゃん。赤点取んねーのがせいぜいだよ? そんでも、やんねーよかマシ。ぜってー頑張っといたほうがいいんだよ」
 
 静かな声に心が揺れる。
 栗原は本気で言ってくれているのだ。
 うんざりしていたのは、自分自身。
 上達しないことに苛立って投げ出そうとしていた。
 
「後から悔やむと書いて後悔と読む!」
 
 栗原の顔がいつものものへと戻っている。
 一太郎は小さく、ははっと笑った。
 
「なんだ、そりゃ」
「後で悔やむより、今、頑張ったほうが気が楽ってこと」
「かもな」

 答えると栗原が嬉しそうににっこりする。
 その顔につられ一太郎も口元をゆるめた。

「まぁ、もちっと頑張ってみっかな」

 やはり照れくさくなってうつむく。
 栗原といると恥ずかしくなることが多い。
 が、それは嫌な恥ずかしさではなかった。

「そういや、お前、オレにつきあってくれてるけど、部活はいいのかよ」
 
 照れ隠しに話題を変えてみる。
 転校してきてから一週間も経っていない。
 こうして一緒にいるけれど、栗原については、ほとんど知らないのだ。
 
「あ~オレ、部活やってねーから平気」
 
 栗原の口調に、なにか気まずさのようなものが漂っていた。
 ほとんど知らないに等しくても、珍しいと思う。
 無神経ともとれるほど栗原はいつもはっきりとものを言うからだ。
 
「部活やってねぇって……マジか?」
 
 そして、驚いてもいた。
 これほどの運動能力を持っている栗原が、どの部にも所属していないなんて考えられない。
 
「うん、マジで。なんもやってねーよ」
 
 ぽんぽんと栗原は額でリフティング。
 はじめて会った時と同じだ。
 
「なんでやってねぇの? お前、あン時、サッカーしてたじゃねぇか」

 聞いていいのかというためらいよりも、好奇心が先にたっていた。
 跳ね上げられるボールを見るにつけ、不思議でしかたがない。
 
 うーんと栗原が困ったような声を出す。
 それから、ぽんっと額からボールを地面に落とした。
 それを足の甲で楽々と受け止める。
 
「サッカーでも野球でもバスケでも。なんでもやるよ? 練習にはつきあう」
 
 ますます不思議になった。
 これだけの人材ならどの部だって欲しがるはずだ。
 練習だけの参加だなんてもったいない。
 
「でも、公式戦には出ない。部員じゃねーと出らんねーからさ」
「そりゃそうだろ……や……そうじゃなくて……」
 
 栗原を見る限り、怪我をしているとか故障があるとかいうようには見えない。
 そもそもなにか問題を抱えているのなら、練習に参加すること自体、無理だろう。
 
 ひょいっと蹴り上げたボールを栗原が両手で受け止めた。
 両手におさまったそれを、じっと見つめている。
 そして、小さく笑った。
 
「あのね、オレ、部活とか向かねーんだと思う。なんか知らねーけど、一人になっちゃうから、さーみしくってさぁ」

 後から悔やむと書いて後悔と読む。
 
 今まさにそんな気持ちだった。
 聞かなければ良かったという気分になる。
 今の笑い方はいつものあっけらかんとしたものとは違うと感じた。
 儚げでせつなくて、胸が痛い。
 
「ま、いいんだけど! イッコのスポーツに縛られずに楽しくやれてるし!」
 
 それが虚勢だとは、わかっている。
 一太郎も似たような経験があったからだ。
 だからこそ、ふれられたくないところだとも気づいた。
 言ってもわからないだろうと思いながら話すのは苦痛以外のなにものでもないと、知っている。
 
「…………わかんねぇけど……わかるよ」
「へ?」
「お前と一緒かどうかはわんかねぇけどさ。似たようなことあったから、わかるんだ」

 勉強だろうと運動だろうと、出来過ぎると嫌われるのだ。
 そこが教室でもグラウンドでも、競争はどこにだってある。
 仲がいいと思っていた友人でさえ例外ではない。
 突出したものを持っていれば勝手に線を引かれてしまう。
 
「お前はいいよな、なんでもできるからって言われねぇか……? なんでもなんかできるわけねぇっつーの。できねぇことだっていっぱいあんのに、そこは見ねぇんだよな」

 そうした言動が、いかに人を孤独にするか。
 知っていたはずなのに、さっきまで同じような気持ちになっていた。
 栗原は簡単にできるから自分の気持ちなんてわかるはずがないと。
 
 一太郎はひょいと肩をすくめる。
 つとめてなんでもなさそうに言った。
 
「お前なんて運動はできるけど、すんげーバカなのにな」
「ノロだって勉強はできるけど、すんげー鈍くさいじゃん」

 二人してちょっと笑う。
 今までいつもどこかに抱え込んでいたさみしさのようなものが消えていた。
 栗原と一緒にいると独りではないと思える気がする。

 同じように栗原も思っているといい。
 そう考えた時だ。
 栗原が、にひっと笑った。

「すげーな、ノロ。オレ、オレを独りにしねえヤツと初めて会ったかも!」
 
 やはりどうにも気恥ずかしい。
 一太郎は、照れ隠しのぶっきらぼうさで言う。
 
「練習、続けようぜ」
 

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