二人ぼっちがいいみたい

黒井かのえ

文字の大きさ
6 / 9

怒るから怒った。

 
「あーあ……なんかつまんねぇなぁ」
 
 自室のベッドの上。
 
 一太郎は仰向けになって、天井を見つめていた。
 新築ではないけれど、まだ新しさの残るマンション。
 十階なんて、エレベーターが壊れたら最悪だ。
 とはいえ、父親が会社からあてがわれた部屋なのでいたしかたない。
 
 もとより二年か三年という期限つきの転勤だったらしい。
 両親は戻る気満々。
 もし二年で戻ることになったら自分はどうするだろう。
 
「……その頃にはあいつとも、もう…………」
 
 つきあいは薄れているに違いない。
 胸がきゅうきゅうして苦しくなる。
 そんな自分に腹が立った。
 
 一緒に公園でサッカーの練習をしたのはつい先週のことだ。
 それなのに、ひどく昔のことのように感じる。
 しーんと静まり返った部屋の中では、よけいに一人気分になっていた。
 
 両親は仲が良く、二人で出かけることも多かった。
 すっかり成長した高校生の息子は一人にしておいても大丈夫だと考えているようだ。
 もちろん大丈夫だった。
 
 今までは。
 
 二人が食事に出かけてしまい取り残されていても、一人で食事をし、風呂に入り、勉強をして寝る。
 それだけのことだ。
 いつからか、さみしいとも心細いとも感じなくなっていた。
 自分は一人のほうが落ち着くとさえ思っていた節がある。
 
 けれど、今はさみしいし、心許ないような気持ちだ。
 ごろんと体を横にして腕を頭の下に敷く。
 勉強をする気にもならず、帰ってきてから着替えもせず、ごろごろしていた。
 とはいえ、考えるのは栗原のことばかり。
 考えないようにしようとしても、いつしか思考が戻っている。
 
 明日は土曜日。
 
 一日中、こんな気分で過ごすのかと思うと憂鬱だった。
 いっそ本当に塾通いをしたほうがいいかもしれない。
 嘘をつくのも気が重くて、長くは続けられなさそうだ。
 ふわぁ~と、ひときわ大きくため息をついた時、ドアベルの音が小さく聞こえた。
 
 時計に視線を向けてみると午後七時過ぎ。
 両親が食事から帰ってくるにはまだ早い。
 ということは、なにかの押し売りか、マンションの管理人か、宅配便か。
 ともあれ、今この部屋には一太郎しかいないのだ。
 
 出ないわけにもいかず、重い腰を上げた。
 玄関の手前にあるリビングには、応答用のカメラと操作パネルがある。
 カチっと押してカメラとインターフォンをオンにした。
 
「どちらさ……」
 
 声が止まる。
 
 カメラに映っていたのが、同じように制服姿の栗原だったからだ。
 心臓がばくばくしはじめた。
 どうしよう、という言葉しか浮かんで来ない。
 
 けれど、もう声を出してしまっている。
 居留守を使うには手遅れだった。
 塾に行かず家にいることをどう申し開きすればいいのか。
 うまい言い訳を思いつけないまま、一太郎は玄関のドアを開く。
 
「話あんだけど」
 
 いきなりそう言われた。
 当然と言えば当然かもしれないけれど、栗原はひどく不機嫌そうだ。
 
 塾通いが嘘だったと完全にバレている。
 言い訳も通用しない、そんな予感がした。
 
 一太郎がドアを大きく開くと、栗原が無言で入ってくる。
 靴を脱いで、さっさとあがりこんでいた。
 一度、来たことがあるからかすたすたと歩いていく。
 無言で栗原の後ろを歩いているうちにも、動悸がしてきた。
 
 心拍数は上がりっ放し。
 
 部屋に入ってから、ドアを閉める。
 振り返った瞬間、心臓がばくっと大きく跳ね上がった。
 怒りに満ちた瞳でにらまれたからだ。
 
「やっぱウソじゃん」
 
 今、栗原は「やっぱり」と言った。
 
 ひどくそわそわして落ち着かない気分になる。
 ずっと自分の嘘はバレていたのだろうか。
 そんなそぶりを栗原は見せていない。
 疑うような言葉も態度もいっさいなかったように思う。
 
「お前、ウソ、ヘタなんだよ」
 
 ぐっと言葉に詰まった。
 どうやら今この瞬間に嘘がバレたのでないのは確実だ。
 
「なにウソついてんだ。オレと一緒いるのがヤだったからか?」
 
 違うと言いたかったけれど、うまく言葉が出てこない。
 予想していなかった栗原の訪問にすっかり頭がパニくっている。
 いろんな思いが浮かんでは消えた。
 
 自分は栗原と一緒にいると楽しい。
 さみしくなくなる。
 けれど、栗原はどうだろう。
 
 サッカー部のマネージャーをしている女子生徒の言葉も思い出される。
 栗原が周りの人間とうまくやれる機会を邪魔する迷惑な存在と言われたも同然だった。
 
「…………め、迷惑……」
 
 ぽつりとそれだけが口からこぼれる。
 迷惑にしかならない存在だなんて思いたくないのに、それが現実。
 せつなくてさみしかった。
 
「な、なんだ……そ、そっか……」
 
 知らずうつむけていた顔を上げる。
 そして驚いた。
 
 栗原がくしゅっと顔をゆがめている。
 瞬間、悟った。
 さっきの言葉を誤解されたのだ。
 
「オレ、迷惑だったんだ。ノロ、普通に話してくれっから……嫌われてるなんて……気づかなかったじゃん」
「ち、ちが…………」
 
 慌てて誤解を正そうとするも、栗原が目の前で手を振った。
 
「もういいよ。言い訳いらねーよ。そーいうの優しいってのとはちげーだろ」
「だ、だから、ちげぇんだって……オレは……」
「ちがくねえ!」
 
 怒鳴られて、言葉を失う。
 栗原の目に、うっすら涙が浮かんでいた。

「ウソついてまで避けといて、なにがちげえんだよ? なんもちがくねーじゃん。結局、お前だって、ほかのヤツらと一緒だ。オレを独りにすんだろ!」
 
 言葉に目のふちが熱くなってくる。
 と、同時に一方的に責められて腹が立っていた。
 
「どうせオレは運動音痴だよっ! 性格も悪ィし、ネガティブだしな! 愛想もできねぇし、愛嬌だってねぇよっ! 取り得っつったら頭ぐらいで……」
 
 唇がとがり、小さく震える。
 わずかに視界がくもっているのは、涙が出そうになっているからかもしれない。
 黙ってこっちを見ている栗原の姿に、眉がきゅっと勝手に寄せられる。
 
「どうせお前とは、つり合い取れてねえもんな! だからって、なんでオレがあんなこと言われなきゃなんねぇんだ! こんなのオレのほうが、ぜんっぜんさみしいっつーの!」
 
 口を閉じても、唇はとがったままだ。
 きっと子供のようにふてくされ顔になっているに違いない。
 栗原が頭をかりかりっとかく。
 それから近づいてきた。
 
「えっと…………誰かになんか言われたの?」
 
 ふいっとそっぽを向く。
 こんなふうにわめいてしまうなんて、子供の時にだって覚えがなかった。
 みっともなくて情けない。
 黙っていると、両手をつかまれた。
 
「ごめんね、オレのせい? ヤなこと言われたの? ごめんね?」
 
 静かな口調に感情の糸が切れる。
 ぽろぽろっと涙がこぼれた。
 
「さ、サッカー部、出ればいいだろ。お前はうまくやれっかもしんねぇのに、オレと一緒にいたら……だ、だ、駄目になる……」
 
 喉が小さくしゃくりあげる。
 本当に情けないことになってしまった。
 恥ずかしくても、涙を止められない。
 おまけに手で拭おうにも、両手は栗原に捕まれていてできない。
 一太郎の頬をつねぽろぽろと涙が伝わり落ちていく。
 
「だから……さみしいけど、は、離れてやろうと……し、したんじゃ……ね……か……」

あなたにおすすめの小説

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ただのハイスペックなモブだと思ってた

はぴねこ
BL
 神乃遥翔(じんの はると)は自分のことをモブだと思っていた。  少年漫画ではいつだって、平凡に見えて何か一つに秀でている人物が主人公だったから。  その点、遥翔は眉目秀麗文武両道、家も財閥の超お金持ち。  一通りのことがなんでも簡単にできる自分は夢中になれるものもなくて、きっと漫画のモブみたいに輝く主人公を引き立てるモブのように生きるのだと、そう遥翔は思っていた。  けれど、そんな遥翔に勉強を教わりに来ている葛城星 (かつらぎ ほし)は言った。 「BL漫画の中では、神乃くんみたいな人がいつだって主人公なんだよ?」  そう言って、星が貸してくれた一冊のBL漫画が遥翔の人生を一変させた。  自分にも輝ける人生を歩むことができるのかもしれないと希望を持った遥翔は、そのことを教えてくれた星に恋をする。  だけど、恋をした途端、星には思い人がいることに気づいてしまって……  眉目秀麗文武両道で完璧だけど漫画脳な遥翔が、お人好しで気弱な星の心に少しずつ少しずつ近づこうと頑張るお話です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

伝説の勇者が俺の寝室に不法侵入してきました〜王様の前で『報奨より幼馴染をください』って正気ですか!?〜

たら昆布
BL
勇者になった青年とその幼馴染だった薬師の話

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。