実はお互いさまでした。

黒井かのえ

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隆志は甘やかされたい

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「まぁまぁだったけど、イけたからいい」

 周の表情が柔らかくなったので、ホッとする。
 周に怒られたり、叱られたりするのは嫌なのだ。
 あまりそういうことはなかったけれど、背を向けられていると感じるのはつらかった。
 
 小さい頃には泣きながら周の背中にすがりついたことが何度もある。
 ごめんなさいを繰り返し、周が許してくれるまで泣いた。

 隆志の意識はその頃とたいして違わない。
 長いつきあいなので、周に嫌われるのがどんなふうかはわからなかった。
 周から本気で怒られた記憶もない。

 それでも、嫌われたくないと思っているのは確かだ。
 嫌われたらどうなるのかなんて考えたくもなかった。
 隆志は後始末をしている周のほうへと体を乗り出す。

「なぁなぁ、がんちゃん、今日も泊まってっていい?」
「はあ? またかよ。お前、今週ぜんぜん自分の部屋で寝てねぇだろ」

 丸めたティッシュをポイっとナイロン袋に入れつつ、周が呆れ顔をした。
 細い眉を上げて隆志を見ている。
 隆志は、くしゅと顔をしかめた。

「いいじゃん。どうせ誰もいないし……」

 ぶつ……と、呟く。

 昔から隆志は周の部屋に入り浸っていた。
 両親は共働きで帰りも遅い。
 二人ともがシステムエンジニアという職業柄、不規則な生活になっている。
 まだ隆志が小さかった時期には母親がいたけれど、それも小学生までの話だ。

 それ以降は、越して来た時に仲良くなった周の母親が、隆志の面倒も見ていた。
 周の母親は専業主婦だからだ。
 今も嫌がらず隆志の分の弁当まで作ってくれている。

「おっちゃんもおばちゃんも忙しいんだからしょうがねぇじゃん」
「でもさ、やっぱオレは、がんちゃんちのほうがいいよ。落ち着くもん」

 二人の家は似たような作りの建売住宅。
 二階建てで、お互い二階に自分の部屋があった。
 八畳の部屋にベッドと勉強机、それにテレビなどが置いてある。

 それもほとんど同じだ。
 周が持っているものと同じものを、隆志がなんでも欲しがったせいだった。
 結果として、二人の部屋の違いは使用感くらいのものになっている。
 周の部屋に入り浸っている隆志のほうの部屋は使用感があまりない。

 おかげでよけいに自分の部屋に戻っても、落ち着かなかった。
 周と離れてひとりぼっちの部屋にいると、ひどくさみしくなる。
 周は平気なのだろうかと思って、胸の奥がちくりと痛んだ。

「お前、でけぇから窮屈なんだよなぁ」

 高校生の男子二人が一緒に寝ると、シングルベッドでは確かに狭かった。
 周は身長百六十七センチで、隆志は十センチ高い百七十七センチ。
 体格も隆志のほうががっしりしている。
 けれど、床に布団を敷いて寝る気にはならない。
 周の背中にくっついて、その体温を感じながら眠るのが隆志は好きなのだ。

「これ以上は大きくなんないよ」
「もうすでにでけぇっつってんの」
「床で寝んのヤだよ。ぜってーヤだ。がんちゃんと寝る」

 口をとがらせてそう言うと、周が大きくため息をついた。
 それが譲歩の合図と知っているので、思わずにっこりする。

「な、な、がんちゃん、もっかいしよ! オレ、今度は頑張るし!」
「ウソくせえ。そう言って、お前は頑張れた試しがねぇんだよ」

 ぱすんと頭を軽くはたかれた。
 呆れ顔の周に、へへっと軽く笑う。

「いっつも頑張ろうと思ってんだよ? ホントだよ?」

 言うと、周がまたため息をついた。

「んとに……しょうがねぇなぁ。もっかいだけだぞ」

 なんだかんだ周は優しい。
 甘える自分をいつだって甘やかしてくれるのが嬉しかった。
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