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第一部 幼年編
第十回
イズヴァルトとマイヤの2人は、王城内にあるヴィクトリアのいる宿舎へとやって来た。この宿舎は元々、たくさんの女官が寝泊まりする館だった。
つくりは雅やかで美しい庭園もあり、その時代には色あざやかな絨毯や調度品が置かれていたのだが今は違う。
大食堂となった広間ではたくさんの雇われ武者達が、汚らしく飯を喰らい酒を飲んでいた。酒臭さと汗臭さが立ち込めるその中をマイヤはなぜか思い切り吸い込んだ。
「ふううんっ……いいにおい……」
「なにがでござる? 汗臭いとしか思えぬでござるよ?」
「ちがうよイズヴァルト。『ざあめんみるく』のにおいだよ!」
「……そっちのほうでござるか」
イズヴァルトは呆れてしまった。マイヤは精液に敏感な嗅覚でもって、傭兵達の身体からかすかに漂う、精虫のにおいに心をときめかせてしまった。
「ねえイズヴァルト。ちょっといいかな?」
おちんちんをしゃぶって小銭を稼ぐお仕事をしたいの、という意思を目元に漂わせてマイヤは少年騎士を仰ぎ見る。イズヴァルトは抱き上げて食堂を通り抜けてしまった。
ヴィクトリアの部屋はその宿舎の二階にあった。4人部屋で他の3人は彼女と同じく流れの女戦士だという。
彼女は昼間から、シマナミスタン=ドワーフと共につるんでいたロシェと酒を酌み交わしていた。汗臭く、しゃべると湿ったアルコールのにおいを放つ。
「昼間からよろしくないでござるよ?」
「へへ。そうかい? ボウヤもしばらくしたら、昼間から酒を飲むようになるさ」
「ところでロシェどのは、どうしてここにいるでござるか?」
尋ねるとロシェはヴィヤーサと共に、彼女の古くからの稼ぎ仲間だと語った。サイゴークでは数々の戦場を一緒に渡り歩いて来たと。
「ヴィクトリアは魔法が使えないからな。魔道士と戦う時に遅れを取ってしまう。だから私とヴィヤーサが魔法使い狩りの代役を務めるのさ」
「ではヴィヤーサどのは?」
この部屋で寝ている3人と、朝からお楽しみの真っ最中だとロシェは答えた。ドワーフ男はとかく精力に溢れすぎ、毎日性交しないと身が持たない。
「紹介が遅れたな。私はミナッカミニア山地北部のナエバニア派に属する金色エルフだ。これから君と付き合うことになるだろうな」
「ボウヤ、ロシェはね。あっちじゃ『へたれ』と言われる弱味噌だけど、なかなかに役立ってくれるのさ」
「ヴィクトリア! ずいぶんとひどい物言いだぞ!」
ロシェはひどく立腹しながら、盃いっぱいにまでついだ酒をあおった。かなり度数の高い火酒のようだ。ヴィクトリアはカントニアで一番強い、こんにゃく芋の酒だと教えた。
「味は最悪。ただ酔うだけの酒で飲めやしないさ。けどカントニアのエルフはこういうまずい酒が大好きらしいね」
「これを呑むのはウマヤーノ人だけだ。それとミナッカミニア地方の一部のエルフたち。他の国の者らはもっといい酒を知っているよ」
飲んでみるか、とロシェはイズヴァルトに盃を渡す。子供は酒を飲めないのだとイズヴァルトは断った。
「お誘いを断るとはお硬いね、ボウヤ?」
「酒をのんでへべれけになる為に来たのではないのでござるよ、ヴィクトリアどの。出発はいつでこれから何を準備すればいいのかを尋ねに来たでござるよ」
酒をついだ銅のコップを傾けるヴィクトリアの顔つきが変わる。これから向かうところがアカサカチハヤ山地であり、無人の荒野や山岳ばかりだと指摘してこう述べた。
「携帯用の照明石や暖かくするマフラーや帽子はもちろんのこと、険しい山を登るための杖が欲しいね」
それだけではない。身体を清めるための石鹸や飲み薬。消毒にも使える火酒と金属製の入れ物が欲しい。
携帯用の食料もいる。腰兵糧が尽きた時に食べられるものを。あと火をおこす道具。イーガ産の魔法の火起こし石が店にあれば、できるだけ買ったほうがいい。あと鍋や串も。
「ふーん。まるで『きゃんぷ』みたいですね!」
「……ヴィクトリアどの。これは登山ではないでござるよ?」
「そりゃそうさ。けど、こういう旅は戦う時間よりも歩く時間や馬に乗っている時間が多いよ。アタイはこの十数年、傭兵としてずっと戦場を回る旅をしてきた」
荷袋に余裕があれば、暇つぶしのための書物もいい。ヴィクトリアは自分のベッドの上に置いていた一冊の書を手にとった。母国ヒッジランドの言語で書かれた、大昔のドワーフ達の叙事詩だった。
「嬢ちゃん。本屋さんに行ったらアタイが楽しめそうな書物を2、3冊見繕って来て欲しい。好きなのは恋の詩を集めたものとか恋物語さ」
「ヴィクトリアさんは案外と乙女なところがあるんですね!」
「ふははっ! すけべえな作品はやめておくれよ? なんたっていくさ旅で読むもんだからね。あとそれと……」
女戦士であれば月のものに関わるものが必需品。生理用の腰巻きや中に詰めて血を吸う海綿を。海綿はイーガ産のがおすすめだ。洗って使えるように作っている。悪い菌を滅する魔法も仕掛けられているらしい。
「ま、中には旅の前に妊娠して生理を止めるツワモノもいるけどさ、中の赤ん坊が流れるのを前提にしているんだわ」
「そりゃあひどいでござる……」
「女戦士は男よりも人でなしでないとやっていけない商売さ。アタイも勉強できる頭があれば、魔道士の道で食いたかったけどね……」
そう言ってヴィクトリアはマイヤを手招きする。彼女がふところに飛び込むと、さらさらとした髪を撫でながら抱きしめた。
彼女の持ち武器である二振りの剣は、窓の下にたてかけられており、差し込んだ陽の光によって、柄がキラキラとかがやいていた。
イズヴァルトは気になって、じっと見続けていると、「どうしたんだい?」とヴィクトリアに問われた。
「なんでもないでござる」
ロシェに差し出された椅子に座った。ヴィクトリアからどう軍を進めるのか話を聞く。
「総勢2万5000の軍勢は、10の部隊に分かれて別々の道を行く。先発隊はすでに王都を出陣したよ」
彼女はマイヤを抱きながら、鞄の中に入っていた地図を出す。キンキ大陸全土の地図であった。
最初に目指すはアカサカチハヤ山地の南側の玄関口・トンダバヤシ丘陵だ。王都・ナントブルグから北に300キロ。
全軍はその近くにある王国の最前線・シジョーナワテの城塞に集結する。出発からそこまで、およそ1か月かかる計算をしていた。
本来であればシジョーナワテ城まで、おおよそ10日でたどり着く。ただ、倍以上の時間を使うのはわけがあった。
「アカサカチハヤに攻め入る前に、軍が疲労困憊しないようにゆっくり行きたいのさ」
「むしろゆっくり行くと疲れる気もするがね。ヴィクトリア」
「ホーデンエーネン国の参謀本部に意見としきなよ、ロシェ。で、大軍の行軍には何かと軍紀が行き届かなくなるもんさ。そうなると行く先々の村で乱暴狼藉が必ず起こる。今度のいくさではその通り道に、地元の領主の騎士団が監視しているらしいよ」
それともう一つ。兵站網を強固にする為というのもあった。この戦いは長期戦が予想される。アカサカチハヤの山地は広い。
魔竜を討伐し、さらに配下の魔物たちを追い払うのには半年、いや、1年以上かかる可能性があった。ゆえにゆっくり、じっくりと攻め入る方法を王はとったのだ。
「で、アタイらが加わる部隊は、西側から迂回する。早駆けだったら15日ぐらいさ」
ただそのルートは平坦な地形ばかりで、2000の軍勢が休める大きな街も多い。一番楽な道のりらしいと彼女は言う。
イズヴァルトとマイヤは地図をよく見た。大きな川が無い。ヤマート大河のように足止めを喰らわされる事はまずないようだ。
「あとそれとイズヴァルト君。馬はもう1頭か2頭買っておきな。ロバでもいい。荷物運び用にだよ」
それに武器防具必需品一式を積ませる。輸送隊に積ませるのもいいが大抵はくすねられたりするのでよろしくないとヴィクトリアは言った。
「それと、アンタは嬢ちゃんのための防具を買っときなよ?」
「そうでござった」
子ども用の鎖帷子などはあるか、と尋ねると、ヴィクトリアはそんなものありゃしないと答えた。マイヤはどうにも小さすぎる。
「代わりに革の胴巻きをまとわせきゃいいさ。けどもう王都じゃ売っていないだろうよ」
「なにゆえでござる?」
「鎧がぶっ壊れた時の替え用にさ。アタイもいつも使っている胸甲が台無しになった時の為の、安い代用品をこの前買った。ああ、アンタは別に気にしなくていい。王様にもらった鎖帷子は相当に上等なものみたいだからね。そうそうに壊れれることは無いさ」
それにしても親不孝もんよねえ、とヴィクトリアは笑う。イズヴァルトが父親に黙ってナントブルグに来たと聞いたからだ。
「ち、ちがうでござるよ! 拙者は!」
「下手な言い訳はしなさんな。あの聖騎士さんと王様にはバレていたよ。ああそれと、王様のところにはすでにアンタのお父さんから手紙が届いていたらしいねえ」
イズヴァルトの父親は息子が出ていってから先んじて、別の早馬を王都に出した。国王はその手紙を読んで、正式な武者ではなく従者として取り立てようと決心したらしい。
「……かなわぬでござるな」
「まあ、この旅に出てもいいという話らしいし。親がいるうちはしっかりと言う事を聞くもんだよ?」
「ヴィクトリアどのの、ご両親は?」
「とっくの昔に死んださ。アタイ1人だけ残してくたばっちまった」
それから自分は。ヒッジランドの貧しい街の出身だとも。12の時まで街の悪ガキとつるんでいたが、親が死んでから金を稼ぐ方法として傭兵稼業を始めた。
「まあでも、この稼業も30までに終りと考えているよ。どこかで腰を落ち着けたい。というわけで聖騎士団への就職を望んでいたのさ」
けれども家庭を持ちたいし夫や子供が欲しい。イズヴァルトや知り合いで、誠実そうな同じ年ぐらいの独身男を紹介してくれないか。
「さようでござるか。なら、このイズヴァルトにお任せあれ。ヴィクトリア殿には、わがシギサンシュタウフェン家のよきご親戚を紹介いたすでござる」
「そりゃ有難いわ。ああそれと、聖騎士団ってのは引退したら領地を王様に返すんだろ?」
聖騎士団員は任期は無期限だが、引退する時はもらった領地の4分の3を国王に返上するのだ。とはいえ団員の多くが大抵は地方領主の次男坊三男坊であったから、このシステムに不満を持つ者は殆どいなかった。
「アタイにシギサンシュタウフェンの家宰か何かで雇って欲しい。山奥の領主の親族衆の旦那じゃ、収入は大してなさそうだからね」
「……シギサンシュタウフェンは木材や鉱山でそこそこ豊かでござるよ。親族衆でも山の1つや2つを持っているでござる。見くびらないでいただきたいものでござるよ」
しかし山深いところなのは確かである。それでもというのならお引き受けいたそう。イズヴァルトが告げるとヴィクトリアはうれしそうにうなずいた。
「んじゃあ旅から戻ったら契約書にサイン、ね。ところで、アンタの館がある村ってどんなところ?」
「取り立てて何の変哲もない村でござる。村人は優しく、山々に囲まれたのどかな村でござる」
「……あんまし刺激的そうな場所じゃないねえ。けどまあいいか。とにかくアタシは、聖騎士団を引退したらボウヤのご厄介になるよ」
よろしくお願いね、未来の領主さま。ヴィクトリアはおだてるような調子で呼びかけた。そこへマイヤが、気になっていたことを突然声に出す。
「昨日ヴィクトリアさんがかけてたメダル、由緒正しき家柄のものではないですか?」
どういうこと、とヴィクトリアが笑いながら尋ねると、マイヤは伝えた。紋章の本から、2本の剣を持った獅子の紋章は、アルグレイブ王家の分家のものではないのか。
ヴィクトリアはふふん、と笑って「その歳で難しそうな本が読めるなんて、かなり利口な嬢ちゃんねえ」と誉めそやすと、マイヤは出自を問う。
「穿ち見過ぎだよ?」
ヴィクトリアは胸元から首にかけていたメダルを出し、これはとある戦さで殺した兵士から奪ったものだ、と答えた。
「嬢ちゃんの言う、そのアルグレイブの末裔ってのはその兵士だったのさ。ま、金になりそうだからアタイはもらったんだけど、何故だか気に入ってね」
「……どうやら違うみたいですね?」
「そうそう。お嬢ちゃん、賢すぎるのも考えもんよ。物事を見るのを間違えたりするからねえ」
からかわれたマイヤはほっぺを膨らませ、ヴィクトリアを睨んだ。その仕草が愛らしく映ったのか、ヴィクトリアはぎゅっと彼女を抱きしめる。
イズヴァルトは推理を外したマイヤに笑みを向けたが、窓の下に立てかけられている二振りの剣が気になって仕方が無かった。
もう一度それを見て、ううむ、とうなる、どうしたの、とマイヤが尋ねると、イズヴァルトは「どうも、やはり……」とつぶやいた。
「イズヴァルト?」
「やっぱりなんでもないでござるよ」
その中でロシェが、彼が大剣に注ぐ視線に気になって問いかけた。
「君には何かみえるのかい?」
「そうでござるな……あの二振りの両方とも、柄の部分の色艶が気になるでござる」
普通の鋼ではないのは確か。もっと違う材質で出来ているのではないのか。
「……それだけかい?」
ロシェが尋ねるとイズヴァルトが更に見て気づいた事を述べる。表面はつるつるとしていて、なおかつ陽の光に当たると、青い光をときたま発している。
「あれらがただの剣ではないとは、到底思えぬでござる」
イズヴァルトはミスリル銀という鉱物について言及する。光にあてると青く輝く金属。西のサイゴーク、あるいは北東の大陸のムーツで多く採れるが、その価値はとんでもなく高い。
王族はもちろんのこと、由緒正しい貴族や大富豪でない限り、青くきらめく銀器を手にすることは、まずもって無いとされる値が張る代物であった。
「そうか……ならば私から助言しよう」
ロシェが言う。君は剣だけでなく魔法も学ぶべきだと。
「いわゆる魔法戦士というものにでござるか?」
「そうさ。ごくかんたんな魔法でもいい。それを学んで見てはいかがだろうか」
それを聞いてヴィクトリアは、途端に虚脱した顔になった。目から力が失われ、どうにも気弱でおとなしい婦人らしい顔になる。
彼女は抱きしめたマイヤに柔らかなおっぱいの感触を楽しませていた。けれども酒臭くとても汗くさかった。
それで嫌がられて困っているのかもしれないとイズヴァルトは思ったが、事実はもっと別のところにあったのだ。
さて、ヴィクトリアが戦士の顔から頼り無さそうな女の顔になったのは、なにゆえにであったのか?
その続きについてはまた、次回にて。
つくりは雅やかで美しい庭園もあり、その時代には色あざやかな絨毯や調度品が置かれていたのだが今は違う。
大食堂となった広間ではたくさんの雇われ武者達が、汚らしく飯を喰らい酒を飲んでいた。酒臭さと汗臭さが立ち込めるその中をマイヤはなぜか思い切り吸い込んだ。
「ふううんっ……いいにおい……」
「なにがでござる? 汗臭いとしか思えぬでござるよ?」
「ちがうよイズヴァルト。『ざあめんみるく』のにおいだよ!」
「……そっちのほうでござるか」
イズヴァルトは呆れてしまった。マイヤは精液に敏感な嗅覚でもって、傭兵達の身体からかすかに漂う、精虫のにおいに心をときめかせてしまった。
「ねえイズヴァルト。ちょっといいかな?」
おちんちんをしゃぶって小銭を稼ぐお仕事をしたいの、という意思を目元に漂わせてマイヤは少年騎士を仰ぎ見る。イズヴァルトは抱き上げて食堂を通り抜けてしまった。
ヴィクトリアの部屋はその宿舎の二階にあった。4人部屋で他の3人は彼女と同じく流れの女戦士だという。
彼女は昼間から、シマナミスタン=ドワーフと共につるんでいたロシェと酒を酌み交わしていた。汗臭く、しゃべると湿ったアルコールのにおいを放つ。
「昼間からよろしくないでござるよ?」
「へへ。そうかい? ボウヤもしばらくしたら、昼間から酒を飲むようになるさ」
「ところでロシェどのは、どうしてここにいるでござるか?」
尋ねるとロシェはヴィヤーサと共に、彼女の古くからの稼ぎ仲間だと語った。サイゴークでは数々の戦場を一緒に渡り歩いて来たと。
「ヴィクトリアは魔法が使えないからな。魔道士と戦う時に遅れを取ってしまう。だから私とヴィヤーサが魔法使い狩りの代役を務めるのさ」
「ではヴィヤーサどのは?」
この部屋で寝ている3人と、朝からお楽しみの真っ最中だとロシェは答えた。ドワーフ男はとかく精力に溢れすぎ、毎日性交しないと身が持たない。
「紹介が遅れたな。私はミナッカミニア山地北部のナエバニア派に属する金色エルフだ。これから君と付き合うことになるだろうな」
「ボウヤ、ロシェはね。あっちじゃ『へたれ』と言われる弱味噌だけど、なかなかに役立ってくれるのさ」
「ヴィクトリア! ずいぶんとひどい物言いだぞ!」
ロシェはひどく立腹しながら、盃いっぱいにまでついだ酒をあおった。かなり度数の高い火酒のようだ。ヴィクトリアはカントニアで一番強い、こんにゃく芋の酒だと教えた。
「味は最悪。ただ酔うだけの酒で飲めやしないさ。けどカントニアのエルフはこういうまずい酒が大好きらしいね」
「これを呑むのはウマヤーノ人だけだ。それとミナッカミニア地方の一部のエルフたち。他の国の者らはもっといい酒を知っているよ」
飲んでみるか、とロシェはイズヴァルトに盃を渡す。子供は酒を飲めないのだとイズヴァルトは断った。
「お誘いを断るとはお硬いね、ボウヤ?」
「酒をのんでへべれけになる為に来たのではないのでござるよ、ヴィクトリアどの。出発はいつでこれから何を準備すればいいのかを尋ねに来たでござるよ」
酒をついだ銅のコップを傾けるヴィクトリアの顔つきが変わる。これから向かうところがアカサカチハヤ山地であり、無人の荒野や山岳ばかりだと指摘してこう述べた。
「携帯用の照明石や暖かくするマフラーや帽子はもちろんのこと、険しい山を登るための杖が欲しいね」
それだけではない。身体を清めるための石鹸や飲み薬。消毒にも使える火酒と金属製の入れ物が欲しい。
携帯用の食料もいる。腰兵糧が尽きた時に食べられるものを。あと火をおこす道具。イーガ産の魔法の火起こし石が店にあれば、できるだけ買ったほうがいい。あと鍋や串も。
「ふーん。まるで『きゃんぷ』みたいですね!」
「……ヴィクトリアどの。これは登山ではないでござるよ?」
「そりゃそうさ。けど、こういう旅は戦う時間よりも歩く時間や馬に乗っている時間が多いよ。アタイはこの十数年、傭兵としてずっと戦場を回る旅をしてきた」
荷袋に余裕があれば、暇つぶしのための書物もいい。ヴィクトリアは自分のベッドの上に置いていた一冊の書を手にとった。母国ヒッジランドの言語で書かれた、大昔のドワーフ達の叙事詩だった。
「嬢ちゃん。本屋さんに行ったらアタイが楽しめそうな書物を2、3冊見繕って来て欲しい。好きなのは恋の詩を集めたものとか恋物語さ」
「ヴィクトリアさんは案外と乙女なところがあるんですね!」
「ふははっ! すけべえな作品はやめておくれよ? なんたっていくさ旅で読むもんだからね。あとそれと……」
女戦士であれば月のものに関わるものが必需品。生理用の腰巻きや中に詰めて血を吸う海綿を。海綿はイーガ産のがおすすめだ。洗って使えるように作っている。悪い菌を滅する魔法も仕掛けられているらしい。
「ま、中には旅の前に妊娠して生理を止めるツワモノもいるけどさ、中の赤ん坊が流れるのを前提にしているんだわ」
「そりゃあひどいでござる……」
「女戦士は男よりも人でなしでないとやっていけない商売さ。アタイも勉強できる頭があれば、魔道士の道で食いたかったけどね……」
そう言ってヴィクトリアはマイヤを手招きする。彼女がふところに飛び込むと、さらさらとした髪を撫でながら抱きしめた。
彼女の持ち武器である二振りの剣は、窓の下にたてかけられており、差し込んだ陽の光によって、柄がキラキラとかがやいていた。
イズヴァルトは気になって、じっと見続けていると、「どうしたんだい?」とヴィクトリアに問われた。
「なんでもないでござる」
ロシェに差し出された椅子に座った。ヴィクトリアからどう軍を進めるのか話を聞く。
「総勢2万5000の軍勢は、10の部隊に分かれて別々の道を行く。先発隊はすでに王都を出陣したよ」
彼女はマイヤを抱きながら、鞄の中に入っていた地図を出す。キンキ大陸全土の地図であった。
最初に目指すはアカサカチハヤ山地の南側の玄関口・トンダバヤシ丘陵だ。王都・ナントブルグから北に300キロ。
全軍はその近くにある王国の最前線・シジョーナワテの城塞に集結する。出発からそこまで、およそ1か月かかる計算をしていた。
本来であればシジョーナワテ城まで、おおよそ10日でたどり着く。ただ、倍以上の時間を使うのはわけがあった。
「アカサカチハヤに攻め入る前に、軍が疲労困憊しないようにゆっくり行きたいのさ」
「むしろゆっくり行くと疲れる気もするがね。ヴィクトリア」
「ホーデンエーネン国の参謀本部に意見としきなよ、ロシェ。で、大軍の行軍には何かと軍紀が行き届かなくなるもんさ。そうなると行く先々の村で乱暴狼藉が必ず起こる。今度のいくさではその通り道に、地元の領主の騎士団が監視しているらしいよ」
それともう一つ。兵站網を強固にする為というのもあった。この戦いは長期戦が予想される。アカサカチハヤの山地は広い。
魔竜を討伐し、さらに配下の魔物たちを追い払うのには半年、いや、1年以上かかる可能性があった。ゆえにゆっくり、じっくりと攻め入る方法を王はとったのだ。
「で、アタイらが加わる部隊は、西側から迂回する。早駆けだったら15日ぐらいさ」
ただそのルートは平坦な地形ばかりで、2000の軍勢が休める大きな街も多い。一番楽な道のりらしいと彼女は言う。
イズヴァルトとマイヤは地図をよく見た。大きな川が無い。ヤマート大河のように足止めを喰らわされる事はまずないようだ。
「あとそれとイズヴァルト君。馬はもう1頭か2頭買っておきな。ロバでもいい。荷物運び用にだよ」
それに武器防具必需品一式を積ませる。輸送隊に積ませるのもいいが大抵はくすねられたりするのでよろしくないとヴィクトリアは言った。
「それと、アンタは嬢ちゃんのための防具を買っときなよ?」
「そうでござった」
子ども用の鎖帷子などはあるか、と尋ねると、ヴィクトリアはそんなものありゃしないと答えた。マイヤはどうにも小さすぎる。
「代わりに革の胴巻きをまとわせきゃいいさ。けどもう王都じゃ売っていないだろうよ」
「なにゆえでござる?」
「鎧がぶっ壊れた時の替え用にさ。アタイもいつも使っている胸甲が台無しになった時の為の、安い代用品をこの前買った。ああ、アンタは別に気にしなくていい。王様にもらった鎖帷子は相当に上等なものみたいだからね。そうそうに壊れれることは無いさ」
それにしても親不孝もんよねえ、とヴィクトリアは笑う。イズヴァルトが父親に黙ってナントブルグに来たと聞いたからだ。
「ち、ちがうでござるよ! 拙者は!」
「下手な言い訳はしなさんな。あの聖騎士さんと王様にはバレていたよ。ああそれと、王様のところにはすでにアンタのお父さんから手紙が届いていたらしいねえ」
イズヴァルトの父親は息子が出ていってから先んじて、別の早馬を王都に出した。国王はその手紙を読んで、正式な武者ではなく従者として取り立てようと決心したらしい。
「……かなわぬでござるな」
「まあ、この旅に出てもいいという話らしいし。親がいるうちはしっかりと言う事を聞くもんだよ?」
「ヴィクトリアどのの、ご両親は?」
「とっくの昔に死んださ。アタイ1人だけ残してくたばっちまった」
それから自分は。ヒッジランドの貧しい街の出身だとも。12の時まで街の悪ガキとつるんでいたが、親が死んでから金を稼ぐ方法として傭兵稼業を始めた。
「まあでも、この稼業も30までに終りと考えているよ。どこかで腰を落ち着けたい。というわけで聖騎士団への就職を望んでいたのさ」
けれども家庭を持ちたいし夫や子供が欲しい。イズヴァルトや知り合いで、誠実そうな同じ年ぐらいの独身男を紹介してくれないか。
「さようでござるか。なら、このイズヴァルトにお任せあれ。ヴィクトリア殿には、わがシギサンシュタウフェン家のよきご親戚を紹介いたすでござる」
「そりゃ有難いわ。ああそれと、聖騎士団ってのは引退したら領地を王様に返すんだろ?」
聖騎士団員は任期は無期限だが、引退する時はもらった領地の4分の3を国王に返上するのだ。とはいえ団員の多くが大抵は地方領主の次男坊三男坊であったから、このシステムに不満を持つ者は殆どいなかった。
「アタイにシギサンシュタウフェンの家宰か何かで雇って欲しい。山奥の領主の親族衆の旦那じゃ、収入は大してなさそうだからね」
「……シギサンシュタウフェンは木材や鉱山でそこそこ豊かでござるよ。親族衆でも山の1つや2つを持っているでござる。見くびらないでいただきたいものでござるよ」
しかし山深いところなのは確かである。それでもというのならお引き受けいたそう。イズヴァルトが告げるとヴィクトリアはうれしそうにうなずいた。
「んじゃあ旅から戻ったら契約書にサイン、ね。ところで、アンタの館がある村ってどんなところ?」
「取り立てて何の変哲もない村でござる。村人は優しく、山々に囲まれたのどかな村でござる」
「……あんまし刺激的そうな場所じゃないねえ。けどまあいいか。とにかくアタシは、聖騎士団を引退したらボウヤのご厄介になるよ」
よろしくお願いね、未来の領主さま。ヴィクトリアはおだてるような調子で呼びかけた。そこへマイヤが、気になっていたことを突然声に出す。
「昨日ヴィクトリアさんがかけてたメダル、由緒正しき家柄のものではないですか?」
どういうこと、とヴィクトリアが笑いながら尋ねると、マイヤは伝えた。紋章の本から、2本の剣を持った獅子の紋章は、アルグレイブ王家の分家のものではないのか。
ヴィクトリアはふふん、と笑って「その歳で難しそうな本が読めるなんて、かなり利口な嬢ちゃんねえ」と誉めそやすと、マイヤは出自を問う。
「穿ち見過ぎだよ?」
ヴィクトリアは胸元から首にかけていたメダルを出し、これはとある戦さで殺した兵士から奪ったものだ、と答えた。
「嬢ちゃんの言う、そのアルグレイブの末裔ってのはその兵士だったのさ。ま、金になりそうだからアタイはもらったんだけど、何故だか気に入ってね」
「……どうやら違うみたいですね?」
「そうそう。お嬢ちゃん、賢すぎるのも考えもんよ。物事を見るのを間違えたりするからねえ」
からかわれたマイヤはほっぺを膨らませ、ヴィクトリアを睨んだ。その仕草が愛らしく映ったのか、ヴィクトリアはぎゅっと彼女を抱きしめる。
イズヴァルトは推理を外したマイヤに笑みを向けたが、窓の下に立てかけられている二振りの剣が気になって仕方が無かった。
もう一度それを見て、ううむ、とうなる、どうしたの、とマイヤが尋ねると、イズヴァルトは「どうも、やはり……」とつぶやいた。
「イズヴァルト?」
「やっぱりなんでもないでござるよ」
その中でロシェが、彼が大剣に注ぐ視線に気になって問いかけた。
「君には何かみえるのかい?」
「そうでござるな……あの二振りの両方とも、柄の部分の色艶が気になるでござる」
普通の鋼ではないのは確か。もっと違う材質で出来ているのではないのか。
「……それだけかい?」
ロシェが尋ねるとイズヴァルトが更に見て気づいた事を述べる。表面はつるつるとしていて、なおかつ陽の光に当たると、青い光をときたま発している。
「あれらがただの剣ではないとは、到底思えぬでござる」
イズヴァルトはミスリル銀という鉱物について言及する。光にあてると青く輝く金属。西のサイゴーク、あるいは北東の大陸のムーツで多く採れるが、その価値はとんでもなく高い。
王族はもちろんのこと、由緒正しい貴族や大富豪でない限り、青くきらめく銀器を手にすることは、まずもって無いとされる値が張る代物であった。
「そうか……ならば私から助言しよう」
ロシェが言う。君は剣だけでなく魔法も学ぶべきだと。
「いわゆる魔法戦士というものにでござるか?」
「そうさ。ごくかんたんな魔法でもいい。それを学んで見てはいかがだろうか」
それを聞いてヴィクトリアは、途端に虚脱した顔になった。目から力が失われ、どうにも気弱でおとなしい婦人らしい顔になる。
彼女は抱きしめたマイヤに柔らかなおっぱいの感触を楽しませていた。けれども酒臭くとても汗くさかった。
それで嫌がられて困っているのかもしれないとイズヴァルトは思ったが、事実はもっと別のところにあったのだ。
さて、ヴィクトリアが戦士の顔から頼り無さそうな女の顔になったのは、なにゆえにであったのか?
その続きについてはまた、次回にて。
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