誘拐記念日

木継 槐

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3、

不信感⑦

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悠一と別れて、僕と透はゆっくりと家路についていた。
すると透はふと足を止めた。
「宗太君。」
「ん?」
「……君は影子という女性を信じますか?」

「うん。」
「そうですか……。」
「透は?」
「僕はここまで影子さんを調べてきて、信頼に値するかは疑問です。」
「それは……。」
僕が声を少しだけ荒げると、透は僕の前に数歩出てしっかりと向き直った。
「えぇ、悠一君が腹を立てたように君も不満でしょう。でも彼女を信頼するには資料も記憶も何もかもがおぼろげすぎるんです。それは、理解しているでしょう?」
「……うん。」
「それでも君が彼女を信頼する理由は……一体何なのですか?」
信じる理由……そんなの。

「信じたいからだよ。」
「……は?」
「僕が影子さんを信じたいから、それだけだよ。」
「”信じられるから”ではないんですか?」
「信じられるかどうかなんて僕の中ではあまり大切じゃないんだ。」
「それなら、どうしてここまで調べてきたんですか?」
「それは影子さんを探したいからだよ。透もそう思ってくれたからここまで協力してくれてたんじゃないの?」
すると、透は僕の顔を不思議なものを見るような目で見つめた。
「信じるに値しないものを軽率に信じたら、裏切られるんですよ。」
「裏切られる?」
僕が聞き返すと、透は唇をかんで目をそらした。
「透は……もう人を信じたくないの?」
「……は?」
「ごめん、今日憲司から話聞いちゃって……。」
「……そうでしたか。だから僕のことを招き入れることもできたと。」
透はいつも通りの口調だった。それでも僕が透を値踏みしたととらえているかのような物言いに、胸のあたりがジリッと痛くなった。
「透って……僕を怒らせたいの?」
「ッ?!」
僕が怒りに任せて尋ねると、透は顔をそらして微かに目を泳がせた。

「僕は信じるよ。」
「…あぁ、そうですか。」
「影子さんも…透のことも。」
「ッ…。」
「信じたいから。僕は透の手を離さない。約束するよ。」
僕は透と向かい合って小指を立てて見せた。
透はそれをじっと見て目を泳がせただけで下ろしたままのこぶしを握っていた。
仕方ないってわかってても、信じられないことの孤独を僕は知らない。だから信じるための根拠なんて僕は見せられない。それでも……。
僕は透の手を取って自分の手を開いて握手に変えた。
「…なぜ握手なんですか…?」
「あぁ、えっと…ほら、契約とかは握手するし…指切りより約束が切れないだろうから…たぶんね。」
「ッ……そうですね…。」
透はくすっと笑いを含んでから僕の手を握り返した。

家に着くと、母さんはリビングで本を片手に机に突っ伏していた。
「母さん、風邪ひいちゃうよ?」
「……ん……あれ、おかえりなさいね。」
「もう。早く部屋に行きな。」
「ありがとね。あぁそうだ!せっかくだし今日二人で客間で寝てみたら?」
「は?なんで?」
「ほら、雑魚寝とかって憧れじゃない!」
そういうと母さんはすたこらと押し入れから布団を引き出して客間に布団を追加してしまった。
かと思うとぽかんとする僕と透の背中を客間にどんと押し込んだ。
「ちょ、母さん?!」
「おやすみ~。」

目の前でぴしゃんと扉を閉められて扉多くでは鼻歌が聞こえてきていた。
「……。」
「まるで影子さんのようですね。」
「え?」
久しぶりに影子さんの名前が出て僕は目を見開いた。
「突発的に行動をされるところが……今日だけ舞い上がっているんですか?」
「あぁ……母さんはずっとあんな感じだよ。」
透はまた笑いを含んだ表情をして目をそらした。

「僕何かおかしなこと言ってた?」
「いえ、先ほどの悠一君との会話を思い出していただけです。」
「悠一?何話したの?」
「口外禁止を強要されているので僕の口からはとても、フフフ。」
「何それすんごい気になるんだけど。」
「フフフ……ククッ!」
透はくすくすと笑いながら何も言わないまま布団にもぐりこんだ。
僕も自分の布団に入ったけど、透は布団団子になってしばらく不気味に笑っていて寝息が聞こえてくるまで寝ることはできない羽目になった。
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