誘拐記念日

木継 槐

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3、

奮励④

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「でも彼女は僕に言ったんだ。『私はもう誰も死なせない』って。そして僕に心理を教えてほしいと頼み込んできた。彼女は『償いをしなくてはいけないから』と言っていた。それは多分君たちのことだね……僕も君たちが来てくれてやっと言葉の意味に気が付けたよ。ありがとう。」
橋爪先生はそう言って安堵の表情を浮かべた。
そう言われても僕にはさっぱり理解できなかった。

「僕らが償い……ですか?」
「」
僕が尋ねると、橋爪先生はふと悠一に視線を向けた。
「そう言う事かよ。」
悠一の方を見ると、膝の上の掌はジーンズにひざの骨が浮き出るほど掴み、橋爪先生を睨み返していた。

「俺が、こいつを…宗太をいじめてた。」
「ッ?!」

「それは…僕に言ってもいい話?」
「あんたにしか言えないッ…こんな事…家族にも…仲間にも言えない。」
悠一は両膝に置いていた拳を握り直して話し始めた。

「俺は、こいつが妬ましかった。俺の家は男親は飲んだくれのギャンブラーで、家の金全部食い潰すわ、金が無くなれば母ちゃんに暴力奮う…クソだった。母ちゃんは俺たちを守るために必死だった…でも俺が小4になって間もなく、『役立たず』って追い出された。……俺達が追い出されなかったのはまだ利用価値があったからだ。『俺は犯罪の片棒で稼がせる、妹は年頃になったら体を売らせる』…クソに常々言われてたよ…食うものだって…クソの食い残しを齧って飢えをしのいでた。でもそんなの周りにバレたくなかった…カワだけでもイキって、ダチの家で服を漁ったり…金を揺すったり…万引きだってやった…そうするしか無かったから。俺と妹がクソから開放されたのは俺が小6、妹が小4の時。きっかけは俺の暴力沙汰…クソが俺に牛乳をぶっかけようとした時、妹が俺を庇って…結局あいつを逆上させることになった…妹はクソに殴られた衝撃で鼓膜が破れた…妹の耳から血が流れて……俺がやっとクソに手を挙げた…それで、父親が匙を投げた。施設行きが決まっても俺は大人を信用出来なかった…妹と離れたら売られる…だから毎日施設で問題を起こした。大人の手から離れたかった。その時、寮母のおばさんが系列の寮を一室預けてくれた。そこが俺の住所だ。いずれ高校出て稼ぎが出来たら、妹を俺の手で引き取る…それが俺の生き方だった。」
悠一の壮絶すぎる過去に僕は頷くのも忘れて悠一の顔を見つめていた。
すると悠一の目が僕を睨みつけた。

「中学に上がって…こいつと同じクラスになった時、こいつも片親だと知った。でもこいつは母親と仲が良かった…酷く嫉妬した。こいつが憎かった。」
「そんなの…普通じゃ…」
「そうだよ…お前はそれが普通だった…大概はそれが普通なんだよ…だから俺を理解できるわけない…お前も…誰もかも。」
「悠一…」
「参観日に親がいないんだ…遠足に弁当がない…修学旅行もわざと教師を殴って行かない理由を作る…そんな気持ちがわかるか?隣のヤツもみんな俺を踏みつけてることに気が付かないんだ。…俺はわがままじゃない…ただここで生きたいだけなんだよ!」

悠一は額を手のひらで押さえて肩を震わせた。その掌から涙が零れて腕…肘を伝う。
初めて見た悠一の思いに僕は「ごめん。」とこぼすしか出来なかった。
すると、ずっと聞き入っていた橋爪先生が口を開いた。
「それでも悠一君、君はわかっているんだよね?……君も、宗太君も、悪くないって。だから苦しい。」
「あぁ分かってる!でも……気づくときはいつも手遅れなんだ。」
「そうか……君の話は……もっと早く聞いてあげるべきだったね。大人の目は君を見つけるには足りなかったね。」
「ッ……くッ……うぁ……あぁぁ!!」
涙をこらえる悠一の背中をさすると、悠一はせき止めていたものが外れたように声を上げて泣いた。
きっと悠一は今日までこれを抱えていたんだ。
こんなに大きな孤独を抱えて、それを見せないために僕が……。
悠一のしてきたことを聞いても、今さらここまで受けた事を許すことは出来ないだろう……それでも悠一の限界を超えるほどの重い荷物は、悠一の肩や足に絡まり付いていて、もう周りしか下ろしてやることは出来ない。

ひとしきり涙が出た悠一は、肩で息をして俯いていた。
「悠一?……平気?」
「……あぁ。」

「辛いことを思い出させてしまったね。」
「……あいつ、影子は今どうなってるんだ。」
「DID(解離性同一性障害)はひとつの体に多難が複数人棲む状態、必ずしも患者の味方になる訳では無い、ましてや殺し合うほどの敵にもなりうる。味方に見える時はただ見ている方向が同じだけである。」

「え?」
「今の彼女たちに会うつもりなら、心した方がいい。彼女たちがもう君たちの知っている彼女たちから逸脱してしまっているかもしれないから。」

この時の僕には橋爪先生の言ったこと言葉に隠された本当の意味は分からなかった。
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