リエンヌの場合

neko12

文字の大きさ
1 / 6

恋なんていらない

しおりを挟む
第一章 ──“恋なんて、いらない”──

リエンヌ・アレストールは、貴族社会において“厄介な美姫”として知られていた。

彼女の放つ一挙手一投足、何気ない笑顔、時に物憂げな瞳。それらすべてが周囲の者を虜にし、彼女を知らぬ男など王都にはいないと言われるほどだ。

だが、それは――

「……わたくし、もう外には出たくありません……」

部屋の隅で膝を抱えたリエンヌは、深く息を吐いた。

無自覚の“魅了”能力――
生まれ持った特殊な魔力が、彼女の存在を人の心に染み込ませるように作用する。
本人の意思とは無関係に、それは花粉のように空気に漂い、相手の心を染め上げていく。

リエンヌにとって、それは呪いだった。

■ 伯爵家の孤独な姫

「リエンヌ……無理をするな。今日は父上に話して、舞踏会は欠席にしよう」

優しく頭を撫でるのは兄のユリウスだ。彼は彼女の唯一の味方であり、唯一――魅了の影響を受けていない、数少ない身内のひとりだった。

「ありがとう、兄さま……でも……」

リエンヌは言い淀む。彼女にはすでに決まった婚約者がいた。
――公爵家の嫡男、リオン・ヴァルフェリア。

彼もまた、なぜか魅了の影響を一切受けない唯一の他人だった。

最初こそ、それを神の導きだと信じていた。
けれど。

(あの人は、私のことなど……愛してはいない)

それは日々の態度から痛いほどに伝わってくる。

リオンは最近、ある子爵令嬢と頻繁に会っていた。
妖精のように可憐だが、頭は空っぽの令嬢、フローラ・セルフィーナ。

「リオン様は、フローラ嬢を選ばれるでしょう……私など、ただの呪いの女ですもの」

リエンヌの声は、自嘲に染まる。

だがその日、彼女の運命を大きく変える出会いが訪れる。

■ 第二王子、セイラン・アルヴィス・ルヴァート

「あなたが……リエンヌ・アレストール嬢だね?」

王城の回廊で、銀髪の青年が彼女に声をかけた。
澄んだ瞳、真っ直ぐな視線――それは不思議な温かさを帯びていた。

「……はい。あの、どちら様……?」

「第二王子のセイランだ。君と少し話がしたくてね」

なぜか彼の言葉は、心にすっと入ってくる。
そして――なぜか、彼もまたリエンヌの“魅了”に囚われていないように見えた。

それどころか、彼の目は、リエンヌの中の“何か”を見抜くように真剣だった。

「君の瞳、悲しみが深すぎて……壊れてしまいそうだ」

「……!」

その瞬間、リエンヌの胸に、何かが触れた。

優しく、でも確かに――彼女の氷のような心に、春風が吹いたようだった
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

悪役令嬢短編集

由香
恋愛
更新週3投稿の午後10時。(月・水・金) 12/24 一時更新停止 悪役令嬢をテーマにした短編集です。 それぞれ一話完結。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

もう一度貴方と

麻実
恋愛
大学時代に付き合った男と別れて結婚した舞子。だけども結婚生活は味気なかった。そして・・。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

処理中です...