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恋なんていらない
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第一章 ──“恋なんて、いらない”──
リエンヌ・アレストールは、貴族社会において“厄介な美姫”として知られていた。
彼女の放つ一挙手一投足、何気ない笑顔、時に物憂げな瞳。それらすべてが周囲の者を虜にし、彼女を知らぬ男など王都にはいないと言われるほどだ。
だが、それは――
「……わたくし、もう外には出たくありません……」
部屋の隅で膝を抱えたリエンヌは、深く息を吐いた。
無自覚の“魅了”能力――
生まれ持った特殊な魔力が、彼女の存在を人の心に染み込ませるように作用する。
本人の意思とは無関係に、それは花粉のように空気に漂い、相手の心を染め上げていく。
リエンヌにとって、それは呪いだった。
■ 伯爵家の孤独な姫
「リエンヌ……無理をするな。今日は父上に話して、舞踏会は欠席にしよう」
優しく頭を撫でるのは兄のユリウスだ。彼は彼女の唯一の味方であり、唯一――魅了の影響を受けていない、数少ない身内のひとりだった。
「ありがとう、兄さま……でも……」
リエンヌは言い淀む。彼女にはすでに決まった婚約者がいた。
――公爵家の嫡男、リオン・ヴァルフェリア。
彼もまた、なぜか魅了の影響を一切受けない唯一の他人だった。
最初こそ、それを神の導きだと信じていた。
けれど。
(あの人は、私のことなど……愛してはいない)
それは日々の態度から痛いほどに伝わってくる。
リオンは最近、ある子爵令嬢と頻繁に会っていた。
妖精のように可憐だが、頭は空っぽの令嬢、フローラ・セルフィーナ。
「リオン様は、フローラ嬢を選ばれるでしょう……私など、ただの呪いの女ですもの」
リエンヌの声は、自嘲に染まる。
だがその日、彼女の運命を大きく変える出会いが訪れる。
■ 第二王子、セイラン・アルヴィス・ルヴァート
「あなたが……リエンヌ・アレストール嬢だね?」
王城の回廊で、銀髪の青年が彼女に声をかけた。
澄んだ瞳、真っ直ぐな視線――それは不思議な温かさを帯びていた。
「……はい。あの、どちら様……?」
「第二王子のセイランだ。君と少し話がしたくてね」
なぜか彼の言葉は、心にすっと入ってくる。
そして――なぜか、彼もまたリエンヌの“魅了”に囚われていないように見えた。
それどころか、彼の目は、リエンヌの中の“何か”を見抜くように真剣だった。
「君の瞳、悲しみが深すぎて……壊れてしまいそうだ」
「……!」
その瞬間、リエンヌの胸に、何かが触れた。
優しく、でも確かに――彼女の氷のような心に、春風が吹いたようだった
リエンヌ・アレストールは、貴族社会において“厄介な美姫”として知られていた。
彼女の放つ一挙手一投足、何気ない笑顔、時に物憂げな瞳。それらすべてが周囲の者を虜にし、彼女を知らぬ男など王都にはいないと言われるほどだ。
だが、それは――
「……わたくし、もう外には出たくありません……」
部屋の隅で膝を抱えたリエンヌは、深く息を吐いた。
無自覚の“魅了”能力――
生まれ持った特殊な魔力が、彼女の存在を人の心に染み込ませるように作用する。
本人の意思とは無関係に、それは花粉のように空気に漂い、相手の心を染め上げていく。
リエンヌにとって、それは呪いだった。
■ 伯爵家の孤独な姫
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優しく頭を撫でるのは兄のユリウスだ。彼は彼女の唯一の味方であり、唯一――魅了の影響を受けていない、数少ない身内のひとりだった。
「ありがとう、兄さま……でも……」
リエンヌは言い淀む。彼女にはすでに決まった婚約者がいた。
――公爵家の嫡男、リオン・ヴァルフェリア。
彼もまた、なぜか魅了の影響を一切受けない唯一の他人だった。
最初こそ、それを神の導きだと信じていた。
けれど。
(あの人は、私のことなど……愛してはいない)
それは日々の態度から痛いほどに伝わってくる。
リオンは最近、ある子爵令嬢と頻繁に会っていた。
妖精のように可憐だが、頭は空っぽの令嬢、フローラ・セルフィーナ。
「リオン様は、フローラ嬢を選ばれるでしょう……私など、ただの呪いの女ですもの」
リエンヌの声は、自嘲に染まる。
だがその日、彼女の運命を大きく変える出会いが訪れる。
■ 第二王子、セイラン・アルヴィス・ルヴァート
「あなたが……リエンヌ・アレストール嬢だね?」
王城の回廊で、銀髪の青年が彼女に声をかけた。
澄んだ瞳、真っ直ぐな視線――それは不思議な温かさを帯びていた。
「……はい。あの、どちら様……?」
「第二王子のセイランだ。君と少し話がしたくてね」
なぜか彼の言葉は、心にすっと入ってくる。
そして――なぜか、彼もまたリエンヌの“魅了”に囚われていないように見えた。
それどころか、彼の目は、リエンヌの中の“何か”を見抜くように真剣だった。
「君の瞳、悲しみが深すぎて……壊れてしまいそうだ」
「……!」
その瞬間、リエンヌの胸に、何かが触れた。
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