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帝都からの使者
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春の風が、ガルディナの丘を撫でていく。
エカテリーナは、干し終えた薬草を布の袋に詰めながら、ふと遠くを見やった。
そのときだった。
村の門の前で、馬のいななきが響いた。
「帝国騎士団です!帝都の紋章をつけています!」
村の少年が叫ぶと、空気が張り詰める。
エカテリーナは静かに立ち上がった。
「……ついに、来ましたのね」
**
使者は、銀の鎧をまとった騎士と、学術院付きの薬師だった。
帝都で流行病が蔓延し、既存の治療魔法も薬もまるで効かず、人々は苦しみ、混乱が広がっているという。
「公爵令嬢エカテリーナ・フォン・リーデルブルク殿。
帝国はあなたの知識と薬草、そして“対症薬”を必要としています」
騎士はそう頭を下げた。
「一刻も早く帝都に戻っていただきたい」
周囲にいた村人たちが、ざわつく。
エカテリーナの顔を見つめるまなざしは、不安と寂しさに満ちていた。
**
あの夜。
彼女は静かに薬草棚の前に座り、灯火を見つめながら一晩考えた。
復讐のためではない。
名誉のためでもない。
「私が行かねば、救える命が救えない」
それだけが、答えだった。
**
「私は、帝都に戻ります」
翌朝、エカテリーナはそう告げた。
けれど馬車には一人だけではなく、助手のノアや薬草袋、試作薬を詰めた木箱、そしてガルディナで培った知恵と優しさが乗っていた。
彼女はもう“追放された令嬢”ではなかった。
辺境で“生き抜いた女性”だった。
**
帝都に到着したその日から、エカテリーナは一睡もせずに薬草の調合と感染拡大の対処にあたった。
避ける人もいれば、敬う者もいた。
そして一週間後――
「この治療液を、一日に二回。熱が下がるまで続けてください」
帝都の医療院で、彼女が提案した薬草抽出液が効果を示した。
発熱と咳を抑え、重症者を回復に導く。
騒然とする学術院の廊下。
そして、その端に現れた男がひとり。
マルチェロ・フォン・グラディウス。
かつての婚約者だった。
「……君が帝都を救うとは、思いもしなかった」
「いいえ、私は誰も救っておりません。ただ……命が、少しでも長く続く手伝いをしているだけです」
彼女の声は、柔らかく澄んでいた。
もはや彼に怒りも憎しみもなく、あるのは静かな距離だけだった。
「君が、かつての僕の婚約者だったことを、誇りに思う」
彼はそう言い残し、振り返った。
エカテリーナは何も言わず、ただそっと目を伏せた。
**
疫病が沈静化したあと、帝都では「彼女を宰相補佐に」と騒がれた。
けれどエカテリーナは、ふたたび静かに笑って言った。
「私は、ガルディナに帰りますわ。
あちらの薬草たちが、もうすぐ芽吹く季節ですもの」
帝都を救った花は、再び辺境へと帰っていく。
そこが、彼女にとっての“故郷”になったのだから。
エカテリーナは、干し終えた薬草を布の袋に詰めながら、ふと遠くを見やった。
そのときだった。
村の門の前で、馬のいななきが響いた。
「帝国騎士団です!帝都の紋章をつけています!」
村の少年が叫ぶと、空気が張り詰める。
エカテリーナは静かに立ち上がった。
「……ついに、来ましたのね」
**
使者は、銀の鎧をまとった騎士と、学術院付きの薬師だった。
帝都で流行病が蔓延し、既存の治療魔法も薬もまるで効かず、人々は苦しみ、混乱が広がっているという。
「公爵令嬢エカテリーナ・フォン・リーデルブルク殿。
帝国はあなたの知識と薬草、そして“対症薬”を必要としています」
騎士はそう頭を下げた。
「一刻も早く帝都に戻っていただきたい」
周囲にいた村人たちが、ざわつく。
エカテリーナの顔を見つめるまなざしは、不安と寂しさに満ちていた。
**
あの夜。
彼女は静かに薬草棚の前に座り、灯火を見つめながら一晩考えた。
復讐のためではない。
名誉のためでもない。
「私が行かねば、救える命が救えない」
それだけが、答えだった。
**
「私は、帝都に戻ります」
翌朝、エカテリーナはそう告げた。
けれど馬車には一人だけではなく、助手のノアや薬草袋、試作薬を詰めた木箱、そしてガルディナで培った知恵と優しさが乗っていた。
彼女はもう“追放された令嬢”ではなかった。
辺境で“生き抜いた女性”だった。
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帝都に到着したその日から、エカテリーナは一睡もせずに薬草の調合と感染拡大の対処にあたった。
避ける人もいれば、敬う者もいた。
そして一週間後――
「この治療液を、一日に二回。熱が下がるまで続けてください」
帝都の医療院で、彼女が提案した薬草抽出液が効果を示した。
発熱と咳を抑え、重症者を回復に導く。
騒然とする学術院の廊下。
そして、その端に現れた男がひとり。
マルチェロ・フォン・グラディウス。
かつての婚約者だった。
「……君が帝都を救うとは、思いもしなかった」
「いいえ、私は誰も救っておりません。ただ……命が、少しでも長く続く手伝いをしているだけです」
彼女の声は、柔らかく澄んでいた。
もはや彼に怒りも憎しみもなく、あるのは静かな距離だけだった。
「君が、かつての僕の婚約者だったことを、誇りに思う」
彼はそう言い残し、振り返った。
エカテリーナは何も言わず、ただそっと目を伏せた。
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疫病が沈静化したあと、帝都では「彼女を宰相補佐に」と騒がれた。
けれどエカテリーナは、ふたたび静かに笑って言った。
「私は、ガルディナに帰りますわ。
あちらの薬草たちが、もうすぐ芽吹く季節ですもの」
帝都を救った花は、再び辺境へと帰っていく。
そこが、彼女にとっての“故郷”になったのだから。
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