エカテリーナの追放

neko12

文字の大きさ
4 / 6

帝都からの使者

しおりを挟む
春の風が、ガルディナの丘を撫でていく。
エカテリーナは、干し終えた薬草を布の袋に詰めながら、ふと遠くを見やった。

そのときだった。
村の門の前で、馬のいななきが響いた。

「帝国騎士団です!帝都の紋章をつけています!」

村の少年が叫ぶと、空気が張り詰める。

エカテリーナは静かに立ち上がった。

「……ついに、来ましたのね」

**

使者は、銀の鎧をまとった騎士と、学術院付きの薬師だった。
帝都で流行病が蔓延し、既存の治療魔法も薬もまるで効かず、人々は苦しみ、混乱が広がっているという。

「公爵令嬢エカテリーナ・フォン・リーデルブルク殿。
帝国はあなたの知識と薬草、そして“対症薬”を必要としています」

騎士はそう頭を下げた。

「一刻も早く帝都に戻っていただきたい」

周囲にいた村人たちが、ざわつく。
エカテリーナの顔を見つめるまなざしは、不安と寂しさに満ちていた。

**

あの夜。
彼女は静かに薬草棚の前に座り、灯火を見つめながら一晩考えた。

復讐のためではない。
名誉のためでもない。

「私が行かねば、救える命が救えない」

それだけが、答えだった。

**

「私は、帝都に戻ります」

翌朝、エカテリーナはそう告げた。
けれど馬車には一人だけではなく、助手のノアや薬草袋、試作薬を詰めた木箱、そしてガルディナで培った知恵と優しさが乗っていた。

彼女はもう“追放された令嬢”ではなかった。
辺境で“生き抜いた女性”だった。

**

帝都に到着したその日から、エカテリーナは一睡もせずに薬草の調合と感染拡大の対処にあたった。
避ける人もいれば、敬う者もいた。

そして一週間後――

「この治療液を、一日に二回。熱が下がるまで続けてください」

帝都の医療院で、彼女が提案した薬草抽出液が効果を示した。
発熱と咳を抑え、重症者を回復に導く。

騒然とする学術院の廊下。
そして、その端に現れた男がひとり。

マルチェロ・フォン・グラディウス。
かつての婚約者だった。

「……君が帝都を救うとは、思いもしなかった」

「いいえ、私は誰も救っておりません。ただ……命が、少しでも長く続く手伝いをしているだけです」

彼女の声は、柔らかく澄んでいた。
もはや彼に怒りも憎しみもなく、あるのは静かな距離だけだった。

「君が、かつての僕の婚約者だったことを、誇りに思う」

彼はそう言い残し、振り返った。
エカテリーナは何も言わず、ただそっと目を伏せた。

**

疫病が沈静化したあと、帝都では「彼女を宰相補佐に」と騒がれた。
けれどエカテリーナは、ふたたび静かに笑って言った。

「私は、ガルディナに帰りますわ。
あちらの薬草たちが、もうすぐ芽吹く季節ですもの」

帝都を救った花は、再び辺境へと帰っていく。
そこが、彼女にとっての“故郷”になったのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢短編集

由香
恋愛
更新週3投稿の午後10時。(月・水・金) 12/24 一時更新停止 悪役令嬢をテーマにした短編集です。 それぞれ一話完結。

望まない相手と一緒にいたくありませんので

毬禾
恋愛
どのような理由を付けられようとも私の心は変わらない。 一緒にいようが私の気持ちを変えることはできない。 私が一緒にいたいのはあなたではないのだから。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...