エカテリーナの追放

neko12

文字の大きさ
3 / 6

辺境伯領カルディナ

しおりを挟む
「エカテリーナ様、お水です!」

声をかけてきたのは、10歳の獣人の少女、ノア。
ふわふわの耳をぴょこぴょこと揺らしながら、両手で水の入った木のカップを差し出してきた。

「ありがとう、ノア。あなたの笑顔を見ると、疲れも吹き飛びますわ」

エカテリーナ・フォン・リーデルブルク、かつて帝都で「氷の花」と呼ばれた公爵令嬢は、今や小さな村の薬草園で働く一人の女性だった。

彼女が暮らす辺境伯領ガルディナは、帝国の端に位置し、魔物こそ減ったものの、荒れ地も多く、学も資源も十分とは言いがたい。

だが、ここには――“真っ直ぐな生”があった。

**

「エカ様、また新しい保存法ですか?」

「ええ。干し薬草を少し炙って、蜜と一緒に漬けてみたの。風邪の初期症状に効くかもしれませんわ」

彼女は、公爵家で学んだ魔法理論と薬学の知識を活かし、村人たちに「効く薬」を届けていた。

誰もが最初は彼女に距離を取っていた。
けれど、泥だらけになって畑を耕し、泣く子に膝を貸し、夜遅くまで魔法陣を書いているその姿に、人々は少しずつ心を開いていった。

「エカテリーナ様って、ほんとに追放されたの?」

ある日、若い傭兵がぽつりとつぶやいた。

「ええ、そうですわ。でも、後悔はしていません」

彼女はそう言って、夜空を見上げた。

「ここに来て、ようやく……自分の足で歩いている気がするの」

**

辺境の地で、エカテリーナは学びなおし、働き、愛され、そして時に泣いた。
だが一度も、自分の運命を呪わなかった。

それが「追放された貴族令嬢」だったエカテリーナと、「今ここに生きる私」との、違いだった。

春には、魔物の瘴気が再び辺境に流れ込むという。
村の長老は言った。

「また都に戻るなら、今が機会だ」

エカテリーナは首を横に振る。

「私はここで、皆さんと共に生きます。たとえそれが、ただの元令嬢であっても」

その声は、決して大きくはない。
でも、聞いた人々の心をまっすぐ貫いた。

今、ガルディナの人々は彼女をこう呼ぶ。

――《花のような魔女》。
決して枯れず、気高く、誰よりも優しい“辺境の誇り”。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔女の祝福

あきづきみなと
恋愛
王子は婚約式に臨んで高揚していた。 長く婚約を結んでいた、鼻持ちならない公爵令嬢を婚約破棄で追い出して迎えた、可憐で愛らしい新しい婚約者を披露する、その喜びに満ち、輝ける将来を確信して。 予約投稿で5/12完結します

悪役令嬢短編集

由香
恋愛
更新週3投稿の午後10時。(月・水・金) 12/24 一時更新停止 悪役令嬢をテーマにした短編集です。 それぞれ一話完結。

〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。

ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。 婚約者の愛が自分にあることを。 だけど、彼女は知っている。 婚約者が本当は自分を愛していないことを。 これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。 ☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T

このゲーム知らんけど転生したわ

うめまつ
恋愛
主人公は兄の言葉をきっかけに前世を思い出した。乙女ゲームの悪役令嬢だと分かって…

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

処理中です...