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辺境伯領カルディナ
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「エカテリーナ様、お水です!」
声をかけてきたのは、10歳の獣人の少女、ノア。
ふわふわの耳をぴょこぴょこと揺らしながら、両手で水の入った木のカップを差し出してきた。
「ありがとう、ノア。あなたの笑顔を見ると、疲れも吹き飛びますわ」
エカテリーナ・フォン・リーデルブルク、かつて帝都で「氷の花」と呼ばれた公爵令嬢は、今や小さな村の薬草園で働く一人の女性だった。
彼女が暮らす辺境伯領ガルディナは、帝国の端に位置し、魔物こそ減ったものの、荒れ地も多く、学も資源も十分とは言いがたい。
だが、ここには――“真っ直ぐな生”があった。
**
「エカ様、また新しい保存法ですか?」
「ええ。干し薬草を少し炙って、蜜と一緒に漬けてみたの。風邪の初期症状に効くかもしれませんわ」
彼女は、公爵家で学んだ魔法理論と薬学の知識を活かし、村人たちに「効く薬」を届けていた。
誰もが最初は彼女に距離を取っていた。
けれど、泥だらけになって畑を耕し、泣く子に膝を貸し、夜遅くまで魔法陣を書いているその姿に、人々は少しずつ心を開いていった。
「エカテリーナ様って、ほんとに追放されたの?」
ある日、若い傭兵がぽつりとつぶやいた。
「ええ、そうですわ。でも、後悔はしていません」
彼女はそう言って、夜空を見上げた。
「ここに来て、ようやく……自分の足で歩いている気がするの」
**
辺境の地で、エカテリーナは学びなおし、働き、愛され、そして時に泣いた。
だが一度も、自分の運命を呪わなかった。
それが「追放された貴族令嬢」だったエカテリーナと、「今ここに生きる私」との、違いだった。
春には、魔物の瘴気が再び辺境に流れ込むという。
村の長老は言った。
「また都に戻るなら、今が機会だ」
エカテリーナは首を横に振る。
「私はここで、皆さんと共に生きます。たとえそれが、ただの元令嬢であっても」
その声は、決して大きくはない。
でも、聞いた人々の心をまっすぐ貫いた。
今、ガルディナの人々は彼女をこう呼ぶ。
――《花のような魔女》。
決して枯れず、気高く、誰よりも優しい“辺境の誇り”。
声をかけてきたのは、10歳の獣人の少女、ノア。
ふわふわの耳をぴょこぴょこと揺らしながら、両手で水の入った木のカップを差し出してきた。
「ありがとう、ノア。あなたの笑顔を見ると、疲れも吹き飛びますわ」
エカテリーナ・フォン・リーデルブルク、かつて帝都で「氷の花」と呼ばれた公爵令嬢は、今や小さな村の薬草園で働く一人の女性だった。
彼女が暮らす辺境伯領ガルディナは、帝国の端に位置し、魔物こそ減ったものの、荒れ地も多く、学も資源も十分とは言いがたい。
だが、ここには――“真っ直ぐな生”があった。
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「エカ様、また新しい保存法ですか?」
「ええ。干し薬草を少し炙って、蜜と一緒に漬けてみたの。風邪の初期症状に効くかもしれませんわ」
彼女は、公爵家で学んだ魔法理論と薬学の知識を活かし、村人たちに「効く薬」を届けていた。
誰もが最初は彼女に距離を取っていた。
けれど、泥だらけになって畑を耕し、泣く子に膝を貸し、夜遅くまで魔法陣を書いているその姿に、人々は少しずつ心を開いていった。
「エカテリーナ様って、ほんとに追放されたの?」
ある日、若い傭兵がぽつりとつぶやいた。
「ええ、そうですわ。でも、後悔はしていません」
彼女はそう言って、夜空を見上げた。
「ここに来て、ようやく……自分の足で歩いている気がするの」
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だが一度も、自分の運命を呪わなかった。
それが「追放された貴族令嬢」だったエカテリーナと、「今ここに生きる私」との、違いだった。
春には、魔物の瘴気が再び辺境に流れ込むという。
村の長老は言った。
「また都に戻るなら、今が機会だ」
エカテリーナは首を横に振る。
「私はここで、皆さんと共に生きます。たとえそれが、ただの元令嬢であっても」
その声は、決して大きくはない。
でも、聞いた人々の心をまっすぐ貫いた。
今、ガルディナの人々は彼女をこう呼ぶ。
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