思い出さなければ良かったのに

田沢みん

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12、同棲時代の思い出 (2)

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 11月の初旬。俺と彩乃は同棲を開始した。

「ハッピーバースディ、彩乃。そしてお疲れ様」
「ありがとう雄大、お疲れ様~!」

 7.5畳のLDKにガラステーブルとローソファーとテレビとパイプハンガー。
 隣の4.5畳にはクイーンサイズのベッド。
 今日からここが俺たちの城だ。

 駅から徒歩10分、築7年の1LDK。
 外から出入りが見えにくく、セキュリティーもしっかりしている物件となると、家賃もそれなりになる。

『私の希望なんだから私が家賃を払うよ。どうせ荷物も私の方が多いんだし』

 彩乃の喜ぶ顔と男のプライドを秤にかけて、前者を取った。
 家賃の2/3が彩乃の負担、残りの1/3が俺の支払い分と決まった。


 彩乃の所属している事務所はモデルがメインで恋愛には寛容だけど、彩乃の場合はアイドルのような売り方をしているから、同棲に対して事務所がいい顔をしなかった。

『契約書には男女交際禁止だなんて書かれていなかった』と彩乃がゴネた。
 もう成人しているのだし、両家の親も公認だ。

 結果、俺との関係を大っぴらにしない事、バレないよう細心の注意を払うという約束の元、どうにか許可をもらう事が出来て、俺たちの引っ越し話は動き出したのだった。



「彩乃、手を出して」

 シャンパンで乾杯をした後、彩乃の手にちょこんと合鍵を乗せてやる。シルバーのハート型キーホルダー付きだ。

「遅くなったけど、24歳おめでとう。今日からよろしくな」
「やった、合鍵!キーホルダーまで買ってくれたの?!」

 彩乃はパアッと花開くような笑顔を浮かべたと思うと、次の瞬間には目を閉じて両手で合鍵を握りしめ、大切な宝物のように胸に抱く。

 その嬉しそうな顔を見れただけで、男として誇らしいというか、一仕事やり終えた達成感があって、心がじんわりと暖かくなる。
 無理してでも引っ越しして良かったな……と思えた。

「嬉しい……私の我が儘を聞いてくれてありがとう。 無理させちゃって、ごめんね」

 無理させた……と言うのは、金銭的な面と、労力の面、両方を言っているのだろう。

 彩乃は忙しいし大っぴらに動くことが出来ないため、アパートの契約をはじめ引っ越しの手続きは殆ど俺1人で済ませた。
 実を言うと10月末に俺だけ一足先に引っ越しを済ませて生活を始めていて、彩乃はそこに今日、荷物を運び込んで来た形だ。

 彩乃の誕生日当日の10月25日は日曜日で、その日に引っ越しすれば、まさしく『誕生日の贈り物』になったんだろうけど、生憎その日は彩乃に事務所主催のファンの集いがあって無理だった。
 
 その後もお互いに忙しくて会えないままだったから、今日は久々の再会にして、やっと出来た誕生祝い、そして引っ越し祝いという訳だ。

 誕生日より1週間も後だとか、家賃を彩乃の方が多く出すとかサマにならないところもあるけれど、それでも同棲開始には違いない。

 俺の誕生日に約束した通り、彩乃が望んだ誕生日プレゼントを漸く贈ることが出来たのだ。

 


「よっしゃ、ケーキ食うか。あっ、その前にケーキとシャンパンの写真を撮らせて」

 部屋の隅からカメラバッグを取ってきて、大きめなズッシリしたカメラにレンズを装着する。

 この頃、仕事で良く使っていたレンズがNikonの単焦点レンズ。
 ズーム機能が無いからピントを合わせるために自分自身が動かないといけないけど、接写が出来るし背景をいい感じにボケさせる事が出来るので、料理の美味しさ、所謂『シズル感』を表現しやすいのが気に入っていた。

 パシャッ、パシャパシャッ!

 フードフォトグラファーの実力発揮とばかりに、グラスの位置を変えながら、洒落た構図で写真を撮っていく。

 普段彩乃を撮っている一流カメラマンには敵わないけれど、食べ物の撮影に関しては一応プロだ。
 少しカッコつけて、「ここじゃ、ライティングがなぁ~」なんて言ってみたりしながら、右に左に動いて何枚も写真を撮った。

 満足してカメラを片付けようとしたら、彩乃に「私も撮ってよ」と言われて手を止めた。

「これは……仕事用だから。お前のスマホで撮ってやるよ、ほら、貸して」

 彩乃は差し出した俺の右手をジッと見て、それから俺の顔へと視線を移した。

「雄大さ……今の仕事が好き?」

 真っ直ぐに瞳を射抜かれて、一瞬言葉に詰まる。

「好きかって……まあ、いろんなお店に行っていろんな食べ物の写真を撮るのは楽しいよ」

「そういう事じゃなくて、好きかどうかって聞いてるの」
「……別に嫌いじゃないよ。なんだよ、そんなのどうでもいいだろ? 早くケーキを食べようぜ」

 話を続けたそうな彩乃を遮って、お皿とフォークを手に持った。

 なんだよ、俺の心を覗くなよ。
 全部お見通しって顔をするなよ。


「イチゴ食べないなら、俺がもらうぞ」
「あっ、ヒドイ! 私がイチゴを最後まで取っておくって知ってるくせに!」
「ハハッ、美味いな」
「もうっ!」

「冷凍庫にダッツの抹茶アイスが買ってあるぞ」
「それじゃ、許す」
「ふはっ、単純」


 俺はお前や成瀬先輩とは違うんだよ! 誰もがやりたい事をして食ってけるわけじゃないんだよ!

ーー俺の未練を掘り起こすなよ!

 喉元までり上がって来た言葉をグッと飲み込んで、貼り付いた笑顔でシャンパンを飲み干した。
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