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21、今夜は帰さない

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ーーええっ、限界って! 勃ってるって!

 オロオロしながらも言われるままに身体を起こし、四つ這いでベッドの端まで移動し距離を取った。
 改めて見ると、確かにスラックス越しでもハッキリ分かるほど一部分だけ大きく張り出している。

 天馬は仰向けのまま両腕を顔の上でクロスさせて目を瞑り、唇をグッと引き結んでいる。

「ごめん……しばらくしたら落ち着くから待ってて。その後で外に食事に行こう」

ーーだけど、凄く辛そう……。

 兄の大河はそういう部分がオープンな人だったから、学生時代にはたまに友人を家に集めて『AV鑑賞会』なるものを開催していた。
 小学生の頃にはよく分かっていなくても、中学生ともなるとその意味が理解出来てくる。

『今日はダチとAV鑑賞会だからしばらく2階には上がって来るなよ』
 と言うのは薄い壁越しに女優の喘ぎ声を聞かせないための妹への配慮だったのだろうけど、それにしても、よくも思春期の妹にあんなに堂々と下ネタを連呼出来たものだと思う。

『こういうのはたまに処理しないと朝勃ちしちゃうんだよ。女には分からないだろうけどさ、勃ったままだとパンツの中がパンパンで苦しいんだぜ』
 そんな事を言っていたから、今の天馬がまさしくその状況で苦しんでいるというのが理解できる。


ーー私がどうにかしてあげたい……。

 唇をギュッと噛んで耐えている姿を見て、そう思った。

「天にい……良かったら……する?」

 天馬が顔から腕をどけて「えっ?」と顔を上げた。口を半開きにして固まっている。

「お前……何言ってんの? 」
「だから……そのままだと辛いでしょ? 天にいさえ良ければ、抱いて欲しいって……」

「……っ、バカヤロー!」

 大声で怒鳴られて思わず肩を竦めた。良かれと思って言ったのに、逆鱗に触れてしまったらしい。
 天馬は身体を起こして片膝を立て、険しい表情で睨み付けていたけれど、しばらくすると「はぁ~っ」と深い溜息をつきながら、片手で自分の顔を拭った。

「全く……勘弁してくれよ……人がせっかく……」
「……ごめんなさい」

「いや、お前が謝る事じゃないんだけど……いや、やっぱりお前が悪い」
「……本当にごめん」

 何がいけなかったのかは分からないけれど、とりあえず謝っておく。

「いや、お前は……って、駄目だ、これじゃ繰り返しだな」

 フッと表情を緩めた天馬に釣られ、楓花も思わずフフッと笑う。
 お互いに顔を見合わせて照れ笑いになると、天馬が足を伸ばし両手を後ろについて姿勢を崩した。

「ありがとう颯太、俺を気遣ってくれたんだよな。怒鳴って悪かった」
「ううん、私こそ……」

「俺は今度こそ颯太を大事にしたいんだよ。今さっき最初からやり直すって決めたばかりなのに、あんな風に挑発されたら我慢できなくなるだろ? 鎮めようと思ってんのに余計に勃っちゃうしさ、もう俺の精神力の限界ギリギリなんだ。苦行だよ、苦行。分かるだろ?」

 そう言って苦笑しているけれど、股間は全然治まっていないし、今もまだ苦しいままなのが分かる。

「どうしても我慢しなきゃいけないの?」
「颯太、だからまたそういう事を……!」

「だって、私は天にいが好きだし、天にいだって私を好きって言ってくれた。好き同士がそういう事をするのは自然な事じゃないの? それに、ここのお部屋代だって勿体無いし……」

 楓花が一気にそこまで言うと、天馬の瞳にスッと熱が灯るのが見えた。

 天馬は一つ溜息をついて、それから「来いよ」と左手を差し出した。
 楓花が膝立ちでおずおずと近付いて行くと、グイッと手を引かれ、胸に抱き寄せられる。

「……本当にいいのか?」

 楓花が黙ってコクリと頷くと、チュッと頭にバードキスを落として、すぐに何処かに電話を掛け始めた。

「……ああ、茜? 俺だけど、今夜は楓花を帰さないから。……ああ、分かってる。いや、何もしないよ。ただ離れ難いだけ。……分かってるって、大事にする。開店時間に間に合うように帰すから、じゃあ」

 電話を切るとスマホをサイドテーブルに置いて、楓花にニコッと微笑みかけた。

「……そういう事だ。楓花、今夜はお前を帰さない」
「天にい……今、楓花って……」

ーーああ、とうとう……。

 初めてちゃんと名前を呼んでもらえた。弟分の颯太を卒業出来た。
 喜びと感動が全身を覆い、唇が戦慄き、声が震える。

「ああ、楓花。お前は俺の大切な……愛しい恋人だ」

 そう言うとクイッと顎を掴まれ、濡れた目尻に唇が触れた。

「楓花、好きだよ」

 私も……と言いたかったのに、その言葉は唇で塞がれて、すぐに甘い吐息へと変わって行った。
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