【R-18】キスからはじまるエトセトラ【完結】

田沢みん

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50、元カノ襲来

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 土曜日の午前10時。
モーニングの忙しさが一段落ついて、もうしばらくしたらランチの準備に入ろうという時間。

「楓花ちゃん、今日はお休みしたって良かったのに」
「ううん、今日の夕方から明日一杯お休みを貰うんだから、それまでは目一杯働かせていただきます」

「誕生日デート、楽しみだね。天馬のことだから、きっといろいろ考えてくれてるんじゃないの?」
「……だと思うんだけど、何処に行くかは内緒なの」

「やるなぁ天馬、大河とは大違いだわ」
「ふふっ……」

 茜と2人でテーブルを片付けると、使用済みの食器をカウンターに運んで行く。

 チリンと入口のベルが鳴り、楓花がトレイを持って振り返った。

「いらっしゃいませ!」

 入口に立っているのは、緩いパーマがかかったモカブラウンのロングヘアーの女性。切れ長の目が色っぽい。
 背が高くてモデルみたい。

ーー何処かで見たことがあるような……?

 女性と目が合って、慌ててメニューを手に取り駆け寄った。

「いらっしゃいませ。カウンター席がよろしいですか? それともテーブル席…… 」
「私、このお店の常連よ。いつも窓際のテーブル席って決まってるんだけど」

 刺々しい口調で言われ、思わずビクッと固まった。
 保育園で保護者の標的になった経験から、こういう物言いをされるとつい緊張してしまう。

「あっ、失礼致しました。それでは…… 」
「あっ、椿さん、お久しぶりです! ごめんなさいね、気付かなくて」

 戸惑っている楓花を庇うように茜が前に出てくると、楓花にそっと頷いてから、椿ににこやかに微笑み掛ける。

「こちらのお席にどうぞ」

 窓際の2人席に向かう2人を見ながら、楓花は4年前の結婚式場の光景を思い出した。

ーー椿さん……?!

 そう言えば、なんとなく顔に見覚えがある。大河の結婚式の後で、天馬の隣に立っていた……水瀬椿さん。

『もしかしたら、お前が次に来る時は天馬の結婚式かもな』
『医学部時代の同期で、前から知ってるひとなんだけどさ』
『天馬と彼女と一緒に飲みに行ったことがあるけど、美男美女でお似合いだったよ』

ーーだけど、親に仕組まれたお見合いだったって言ってたし、今はもう関係無い人だし……。

 相手は楓花のことも知らないだろうし、普通に接客しようとカウンターに戻りかけたところで茜に呼び止められた。

「楓花ちゃん」
「あっ、茜ちゃん、さっきはごめんなさい、ありがとう」

「あのね、楓花ちゃん……」

 茜が表情を曇らせると、チラッと椿の方を見てから、楓花の耳元に口を寄せ、声を潜ませた。

「楓花ちゃんって、彼女のことを知ってる?」
「ああ……はい。天にいの元カノさん……ですよね?」

「ああ、天馬から聞いてたんだ。彼女がね、楓花ちゃんと話をしたいって言ってるんだけど……」
「えっ? どうして……」

「分からないけど……彼女は柊胃腸科で週末だけ当直のバイトをしてるから、天馬から聞いたのかも」
「えっ、彼女は天にいと一緒に働いてるんですか?!」

ーーそんなこと、天にいは一言も……。

「嫌なら私が彼女にそう伝えてこようか?」
「ううん……行ってきます」

ーー私に話があるっていうことは……きっと天にいのことだよね? まさかもう私たちのことを知ってるの?




「お待たせしました、ロイヤルミルクティーです」
 
 楓花はカップの乗ったソーサーを椿の目の前に置き、シルバートレイを胸に抱いて立ち尽くした。

「どうぞ、お掛けになって」

 向かい側の席を手で示されて、黙って席に腰を下ろす。

 椿は目の前のロイヤルミルクティーを一口飲んでカップをカチャリとソーサーに戻すと、天然木のアンティークチェアに深く背を預け、腕を組んだ。窓の外を見て黙っている。

 彼女の視線を追って見ると、道を挟んだそこには柊胃腸科の建物が見える。
 ドキンとした。

 悪いことをしたわけではないのに、なんだか後ろめたい気持ちになって、楓花は胸にシルバーのトレイをギュッと抱きしめて俯いた。


「天馬から聞いたわ。東京から戻って来たんですってね」
「えっ?!」

「……さっきまで会ってたから」

 椿が切れ長の目でチロッと楓花の顔色を窺う。

「私のこと、天馬からなんて聞いてるの? 」
「お見合いして…… お試しでって約束で付き合ったって…… 」

「…… そう。それだけ? 」
「えっ?」

 椿は胸の前で組んでいた腕をほどき、テーブルに手をついて前のめりになると、楓花を真っ直ぐに見据えて言った。

「私と天馬は結婚間近までいってたのよ。そして…… 彼の初めての相手は私なの」

「えっ…… 」

「私が彼の初めての女だから」
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