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50、元カノ襲来
しおりを挟む土曜日の午前10時。
モーニングの忙しさが一段落ついて、もうしばらくしたらランチの準備に入ろうという時間。
「楓花ちゃん、今日はお休みしたって良かったのに」
「ううん、今日の夕方から明日一杯お休みを貰うんだから、それまでは目一杯働かせていただきます」
「誕生日デート、楽しみだね。天馬のことだから、きっといろいろ考えてくれてるんじゃないの?」
「……だと思うんだけど、何処に行くかは内緒なの」
「やるなぁ天馬、大河とは大違いだわ」
「ふふっ……」
茜と2人でテーブルを片付けると、使用済みの食器をカウンターに運んで行く。
チリンと入口のベルが鳴り、楓花がトレイを持って振り返った。
「いらっしゃいませ!」
入口に立っているのは、緩いパーマがかかったモカブラウンのロングヘアーの女性。切れ長の目が色っぽい。
背が高くてモデルみたい。
ーー何処かで見たことがあるような……?
女性と目が合って、慌ててメニューを手に取り駆け寄った。
「いらっしゃいませ。カウンター席がよろしいですか? それともテーブル席…… 」
「私、このお店の常連よ。いつも窓際のテーブル席って決まってるんだけど」
刺々しい口調で言われ、思わずビクッと固まった。
保育園で保護者の標的になった経験から、こういう物言いをされるとつい緊張してしまう。
「あっ、失礼致しました。それでは…… 」
「あっ、椿さん、お久しぶりです! ごめんなさいね、気付かなくて」
戸惑っている楓花を庇うように茜が前に出てくると、楓花にそっと頷いてから、椿ににこやかに微笑み掛ける。
「こちらのお席にどうぞ」
窓際の2人席に向かう2人を見ながら、楓花は4年前の結婚式場の光景を思い出した。
ーー椿さん……?!
そう言えば、なんとなく顔に見覚えがある。大河の結婚式の後で、天馬の隣に立っていた……水瀬椿さん。
『もしかしたら、お前が次に来る時は天馬の結婚式かもな』
『医学部時代の同期で、前から知ってる女なんだけどさ』
『天馬と彼女と一緒に飲みに行ったことがあるけど、美男美女でお似合いだったよ』
ーーだけど、親に仕組まれたお見合いだったって言ってたし、今はもう関係無い人だし……。
相手は楓花のことも知らないだろうし、普通に接客しようとカウンターに戻りかけたところで茜に呼び止められた。
「楓花ちゃん」
「あっ、茜ちゃん、さっきはごめんなさい、ありがとう」
「あのね、楓花ちゃん……」
茜が表情を曇らせると、チラッと椿の方を見てから、楓花の耳元に口を寄せ、声を潜ませた。
「楓花ちゃんって、彼女のことを知ってる?」
「ああ……はい。天にいの元カノさん……ですよね?」
「ああ、天馬から聞いてたんだ。彼女がね、楓花ちゃんと話をしたいって言ってるんだけど……」
「えっ? どうして……」
「分からないけど……彼女は柊胃腸科で週末だけ当直のバイトをしてるから、天馬から聞いたのかも」
「えっ、彼女は天にいと一緒に働いてるんですか?!」
ーーそんなこと、天にいは一言も……。
「嫌なら私が彼女にそう伝えてこようか?」
「ううん……行ってきます」
ーー私に話があるっていうことは……きっと天にいのことだよね? まさかもう私たちのことを知ってるの?
「お待たせしました、ロイヤルミルクティーです」
楓花はカップの乗ったソーサーを椿の目の前に置き、シルバートレイを胸に抱いて立ち尽くした。
「どうぞ、お掛けになって」
向かい側の席を手で示されて、黙って席に腰を下ろす。
椿は目の前のロイヤルミルクティーを一口飲んでカップをカチャリとソーサーに戻すと、天然木のアンティークチェアに深く背を預け、腕を組んだ。窓の外を見て黙っている。
彼女の視線を追って見ると、道を挟んだそこには柊胃腸科の建物が見える。
ドキンとした。
悪いことをしたわけではないのに、なんだか後ろめたい気持ちになって、楓花は胸にシルバーのトレイをギュッと抱きしめて俯いた。
「天馬から聞いたわ。東京から戻って来たんですってね」
「えっ?!」
「……さっきまで会ってたから」
椿が切れ長の目でチロッと楓花の顔色を窺う。
「私のこと、天馬からなんて聞いてるの? 」
「お見合いして…… お試しでって約束で付き合ったって…… 」
「…… そう。それだけ? 」
「えっ?」
椿は胸の前で組んでいた腕をほどき、テーブルに手をついて前のめりになると、楓花を真っ直ぐに見据えて言った。
「私と天馬は結婚間近までいってたのよ。そして…… 彼の初めての相手は私なの」
「えっ…… 」
「私が彼の初めての女だから」
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