きみとの距離

ぺっこ

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滝川

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俺の中学時代の思い出は、部活のハンドボールと、それを一緒に頑張った仲間たちが大半を占める。


ただ、中学最後の1年を振り返る時、心の中に初めて芽生えた恋という感情に、振り回され、苦しめられたことがよみがえる。


自分の弱さゆえに好きな人を傷つけ、幸せな時間を失ったことは、今でもあらゆる面で俺を臆病にする。






中学3年の春、クラス発表の表を見て、仲のいい友人の名を見つけてほっとした。


そして新しい教室に入って座席表を見る。


左隣りは同じハンドボール部の仲間、そして右隣りは「津島芽衣子」と書いてあった。


中学も3年になると、大体同じ学年の人の名前と顔は把握できるものだ。


それでもぼんやりとしか思い浮かばない津島芽衣子の顔を想像して、俺は席に向かった。



大人しそうな女子


それが津島の第一印象だった。


津島はその印象通りで、授業態度は真面目、休み時間も本を読んでいたり、数人の友人と和やかに会話していたりした。


そんな彼女と話すようになったのは、委員会が一緒になってからだった。


15歳というのは思春期真っ只中で、女子と話すことは俺にとって嬉しいよりも恥ずかしい気持ちが勝った。


でも、津島はハンドボール部の女子みたいに「ちょっと男子~」と嫌味を言ったり、きゃぴきゃぴしたりしていないし、落ち着いていて、俺のなんてことのない話も楽しそうに聞いてくれて、いつの間にか、もっと話したい、もっと笑顔が見たいと思うようになった。


この気持ちに名前をつけかねていたある日、決定的なことが起こる。


放課後、部活の準備をしていた時だった。


ふと人の気配を感じて顔を上げると、津島がおもむろに口を開いた。


「…昨日ね、帰る時にグラウンド見たら滝川が練習しててさ、走って走って高く跳んで…ゴール決めた時…」


言葉を選ぶようにゆっくり話す津島が次に何を言うのか耳を澄ませていると…


「すっごくかっこよかった!!」


急にはっきりと言われたその言葉と彼女の満面の笑みに息がつまった。


周りの雑音が消え、世界に俺と津島2人きりになったような錯覚を覚える。


改めて津島をまじまじと見ると、そのキラキラとした瞳に、上気した赤い頬に、はっきりと胸が高鳴ったのが分かった。


ああ、俺は津島が好きなのか。


ようやく理解した感情に、なんだかほっとしたのを覚えている。


だが、そこからが複雑だった。
 

いつも周囲にバレたくない、でも、津島とたくさん話したい、その2つが心を占めた。



だがいつも一緒にいる友達にはバレていたようだ。


普段女子と話さない俺が、津島とは嬉々として話しているというのだ。


なんとも恥ずかしい。


彼らは席替えの度にどこからもなく津島の席を聞き出し、近かったら俺と変わってくれた。


「あれ、また席近くだね!」


俺の勘違いかもしれないが、そう言って笑う津島はどこか嬉しそうに見えた。


第一志望の高校も一緒だと聞いて、受験も俄然やる気が出た。


毎日津島の近くにいられて、話すことができる。


普段男子とあまり話さない津島が俺とはよく話してくれる。


そんな優越感もあった。


「隼はさ、津島に告白とかしねーの?」


ある日図書館で勉強をしていると、一番に俺の気持ちに気付いた小田がおもむろに口を開いた。


「えっ!」


「いや、いくら2人が両思いだからといって、高校行くとどうなるか分からないだろ?」


小田の両思いという言葉に口元がにやけるのを感じてあわてて引き締める。


「確かに…」


正直なところ話すだけじゃ足りなくなってきた。


一緒に遊びに行ったり、電話したり、もっと特別な関係になりたいと思うようになっていた。


そんな俺を乗り気だと思ったのか、小田は


「逆チョコなんてどうよ?最近流行ってんじゃん。バレンタインデーに男子から告るやつ。」


嬉々としてそう提案してきた。


「えっ」


「チョコが無理ならさ、告るだけでもいいし!」


そう言われて想像してみる。


津島に「好きだ」と伝えるところを。


うわっ、想像以上に恥ずかしい。


思わず赤面する俺に


「まあ頑張れ。」


そう言って小田はニヤリと笑った。


…でも、もし津島と恋人になれる可能性があるなら…


告白しよう。


俺は静かに決意を固めた。




そして迎えたバレンタインデー当日。


俺は非常にそわそわしていた。


なぜなら…


津島が青色の綺麗な紙袋を大事そうにかかえて登校してきたからだ。


これはもしかして俺の?


それとも誰か違うやつの?


それとも全く関係のない代物?


その紙袋のせいで俺の心はジェットコースターなみに上がり下がりしていた。


放課後津島に気持ちを伝えよう。


そう決意して静かにその時を待った。


そして放課後。


津島の鞄がまだあることを横目に見ながら俺は小田とタイミングを見計らっていた。


と、そこへクラスの男子数人がわらわらと戻ってきた。


校内でタバコなどを吸うような、グレていて派手な男子達だ。


「俺、ちょっとトイレ」


小田がそう言って教室を出ていく。


「お、滝川じゃん」


1人にそう声をかけられて軽く手をあげる。


「こいつさー、2年のまきちゃんに告られたんだぜ。」


にやっと笑いながらつつかれているのはそのグループの中でもよく目立つ中心人物。


「へえ、すごいな。」


まきちゃんといえば、全男子から注目されるような美少女だ。


そう言うと、そいつは得意気に笑った。


ああ早くこいつら帰らないかな。


好きなだけ学校を休み、久しぶりに来たと思えば授業中バカ騒ぎし、遠慮も配慮もない彼らが、俺は好きではなかった。


そしてなによりも嫌いなところは、こいつらの楽しみが、誰かをネタにしてからかうという悪趣味な所だ。


「今日なんかいいこと無かったのかよー?」


「お前イケメンだしモテるだろ?」


ニヤニヤと笑う連中。


「そういえば滝川、津島と仲よかったよな。」


そしておもむろに口を開いた中心人物の男子の一言に俺の心はざわりと反応した。


それに応じるように、嫌な笑みを浮かべる仲間達。


やめろ。それ以上何も言うな。


「津島ってあの地味な?」


「そうそう。がり勉。」


真面目な人たちをそうやって嫌な言い方をする。


「滝川とつりあってなくね?」


なにより津島のことをそういう風に言われているのが我慢できなかった。


「滝川、津島からチョコもらったのかよ?」


早く、早く帰れ。
その一心だった。


「おっ、なんだ付き合うのか?」


からかってくるこいつらが心底嫌いだ。


「え、なんで?」


嫌悪感で出た声は自分でも驚くほど冷たかった。


「ははっ!照れんなよー!」


「そうだよ!いっつも楽しそうに話しててさー!」


それでも気にすることなく話しかけてくる連中に俺は我慢できなかった。


「はー?津島ー?あんな地味なやつ、一緒にいても全然楽しくねーし!」


これで満足か?
やれ陽キャだ陰キャだがり勉だ。


自分たちが1番権力を持っているかのようにふるまって。


自分たちとは似ていない人間を排除しようとする。



「だからさっさと帰ってくれ。」


その呟きはガラッ!と大きく開いた扉の音でかき消された。


「隼!」


焦ったように教室に飛び込んできた小田は俺と彼らを順番に見て顔をしかめた。


「どうした?」


小田が慌てるなんて珍しい。


「…教室に、津島は来たか?」


静かな声でそう尋ねる小田に、嫌な予感がした。


「追いかけた方がいい。今すぐに。」


もしかして…


聞かれていた…?


俺は反射的に立ち上がり、教室を飛び出した。



でも、校門の外まで出たがもう津島はいなかった。


教室に戻ると、あいつらはいなくて、小田が教卓の上に座っていた。


そして廊下でぶつかった津島が泣いていたことを聞いた。


ああ、俺は間違えたんだ。


あいつらに腹が立って、さっさとどこかに行ってほしくて早く会話を終わらせるためにああ言った。


でも間違っていた。


どんな状況でも、どこにいても、彼女を傷付ける言葉を選ぶべきではなかったのに。


次の日の朝、少し腫れている真っ赤な目と、どうしたって合わない視線で俺は理解した。


取り返しのつかないことをした。


津島の信頼を裏切ったのだ。


もう、話すことも許されなくなった津島の笑顔を思い浮かべながら、卒業式の日、彼女の下駄箱にそっと紙切れを置いた。
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