煉獄の歌 

文月 沙織

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暴風 一

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 桜の季節も終わりかけたころ、敬は新宿の盛り場を歩いていた。後ろには今日も嶋がいる。
「これ以上は駄目ですよ、坊ちゃん」
 新宿にもヤクザは多い。時期が時期なだけに、目だったことをして揉め事になるのを嶋は恐れているのだ。
「本当にうるさいな、お前は」
 春とはいってもまだ肌寒い。敬はダウンに首をすくめた。
 暮れなずんできた新宿は、新たな顔を見せ始める。
 ここはやはり夜の街である。勿論、昼間でもにぎやかな盛り場ではあるが、昼の光のもとでは、だらけた格好で寝そべっていた商売女が、出勤前に化粧直しをして身なりをととのえたように雰囲気を変えていく。飲食店や酒場も当然多いが、夜からこそが本番というふうに、どの店も張り切っているようだ。
「おお、敬」
 目が合った相手は、それだけ言うと、やや顔を伏せた。
 一瞬、妙なものを感じたが、ここしばらく顔を合せなかったせいだろうと敬は考えた。
 近くにいた別の少年がすぐ飛んできて挨拶する。以前と変わらない態度で敬はすっきりした。
「オッス、元気だったか?」
「おお」
 コマ劇場前でたむろする馴染みの不良少年たちと次々挨拶を交わし、寄ってくる少女たちの秋波を蹴散らし、敬は密林を散策する狼の仔のように、目を光らせる。
 ラーメン屋からは威勢のいい声が聞こえる、パチンコ店からは騒音のようなマーチが響く。行き交う背広姿の男たち、厚化粧の女たち、新宿にあつまってくる彼ら相手に商売をする慎ましくも勤勉な労働者たち。そして、あちこちにたちこめる夜の匂い。
 敬は新宿の雰囲気が好きだ。大都会の中心であり、光と影が交錯するこの街にふしぎと魅かれてしまう。
「よぉ、敬、久しぶり」
 敬がコマ劇場近くの射的場で玩具の銃をかまえていると、ガムを噛みながら寄ってきたのは、不良仲間の田中保夫やすおだ。
 仲間うちではヤスと呼ばれているが、敬は今ひとつ彼が好きではない。いつも人を見るとき目を逸らす癖があるからだ。
「よぉ、ヤス」
「久しぶりだな。最近どうしていたんだ?」
 馬面というのが、やや長い顔をさらに長く伸ばすようにしてガムを噛みつつ、ヤスが訊く。背は敬より頭半分高いが、ひどく痩せているので貫録というものがまるでない。
「ちょっと、家でいろいろあって」
 へー、と言いながら面皰にきびだらけの顔をゆがめる。その目に、敬は生理的嫌悪感が湧いてくるのをこらえた。
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