煉獄の歌 

文月 沙織

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 数分後、聞こえたきた獣じみた声に、敬は箸を落としそうになった。
「いややや!」
 廊下に響きわたる足音。怒声か悲鳴か、耳をつんざくような声に、敬はあわてて襖を開けて外へ出てみた。
「小虎!」
 息を切らして走ってきた小虎に、敬は驚きをかくせない。
 襦袢が乱れて、胸があらわになっている。肌は夜気のせいか、白いというより、青くすら見える。
「け、敬!」
「ど、どうしたんだ! なにがあった?」
 小虎は敬にしがみついてきた。
「お、俺、嫌や! 嫌や!」
 滅多に見せない気弱な態度に、敬はあらためて小虎が自分より年下だということを思い出した。
「ど、どうしたんだ? 何されたんだ?」
 よっぽどひどい客だったのか。咄嗟に、敬は小虎を抱きしめていた。彼を守るように。
「こら、小虎、大事な客だと言ったろう!」
 追いかけてきたのは大林だった。
 今夜の大林は珍しいことに渋い濃紺の和装で、どことなくいつもより老けた印象だ。その分、落ち着いて見え、いかにも娼館の旦那、という雰囲気をまとっている。
「ほら、来い」
「い、いやだ! あいつだけは嫌だ!」
 聞き分けのない幼児のように首を振る小虎に、一瞬だけ、大林の細い目に翳が走るが、すぐにそれを振り切るように、小虎の腕を引く。
「いい加減にしろ。金を払ってもらった以上、おまえたちは客を選べないんだ」
「い、いやだ! いやだ! あいつは絶対嫌だ!」
「……ぼん、どこへ行っていたんですか?」
 小走りにやってきた背の低い男は三十前ぐらいだろうか。言葉に関西弁の響きがある。サングラスをつけており、白に黒という派手な縦縞の背広を着ている。いかにもヤクザめいた、というより、チンピラめいた感じだ。
 この男が、と思ったが、その背後から、新たな足音が響いてきた。
「相変わらず聞き分けない坊ちゃんやな」
 敬はつい目を見張っていた。
 齢は三十過ぎ、というぐらいだろうか。最初の男よりゆうに頭二つ分は背が高い。瀬津よりかは少し低いが、充分長身といえる。黒の背広とズボンといういでたちのせいか、全身から黒い霧を放っているようだ。見るからに極道である。
 なにより、その鋭い三白眼と、腹の底から響いてくるような声が、向かいあう者の背骨を震えさせる。決定的なのは、右の眉上に見える古い切り傷だ。数センチのその赤黒い刃の跡は浅黒い肌にも目を引き、この男の生きてきた修羅の歴史をしのばせる。
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