煉獄の歌 

文月 沙織

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 どのみち、自分は長くない。組員たちの今後を考えて、借金を清算し、有能な幹部は新たな組を作るなり、別の組に移るなりしてもらうことにする、と。
 ――これで、あんたの恨みも少しは晴れるだろう?
 晴れるものか、とそのときは思った。
 自分の恨みは、こんなものでは済まないと。
 瀬津の姉は、売り物にされ、凌辱の限りをつくされ、あたら若い命を、男たちの慰みものとされた果てに、文字どおり嬲り殺しにされたのだ。
 直接の死因は、好事家こうずかたちの集まる秘密のパーティーで、その日、加虐趣味の男たちの前で逆さ吊りにされたとき、ロープがゆるんで落下し、首の骨を折ったせいだ。
 まれにこういう事故があっても、裏についているヤクザによってたいてはもみ消される。身寄りのない売春婦が一人死んだところで、警察も本気で捜査しようとはしないうえに、ヤクザと通じている警察も多い。
 姉と自分の不幸の原因は、父の工場が破産したことから始まった。
 だが、その不幸に一人の女がからんでいた。
 鬼乃。
 当時、花柳界で有名な芸者だというが、むろん、瀬津は会ったことなどない。知っているのは、彼女をめぐって男たちが莫大な金を費やしたということだ。その一人が安賀猛。亡き安賀組の組長だ。
 夢中になった芸者を落籍ひかすために、どうしても多額の金が必要だった彼は、手にしていた債権の取り立てを急いだ。安賀組は高利貸しの仕事にも手を出していたのだ。
 瀬津の家は、借金で苦労していたとはいうものの、その頃ちょうど大口の依頼が入ってきて、父の工場はやり直せそうになっていた。だが、過激になった取り立てに、工場を差し押さえられてしまい、なまじいったん希望を見い出し、喜んでいた矢先なだけに両親の落胆は激しく、絶望のあまり二人は自殺してしまった。姉弟を残して。
 残された子どもたちに世間はどこまでも冷たかった。姉は娼婦となり、瀬津は施設に預けられることになったのだ。そして、娼婦となった姉は死に、いや、殺され、それを知った瀬津は、施設を出るやすぐ、裏街道を突っ走ることになった。
 忘れたいと思っても、今でも夢に見ることがある。
 両親と姉と囲んだ、つましくとも愛にあふれた食卓、姉が絵本を読んでくれた日曜の午後、近所の子供たちと遊びまわった路地。
 夢の場面が変われば、年長の子どもたちの虐待まがいのいじめ、おねしょの悪臭、粗末な食事。それすら年上の子に取られてしまい、ひもじい想いを抱えて涙ぐんだ夜。
 幸せな記憶をたどれば、それは必ず不幸につながり、瀬津の不幸のすべては、安賀猛という男へと行く。
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