煉獄の歌 

文月 沙織

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「ホステスだって、それぐらい知っているわよ。店のお客さんが好きでよく一緒に聞きに行ったもの」
 喋りながらも、絵里の目は木藤を見ることなく、店の中央で歌をうたっているリリスに釘付けだ。その横顔はまるで女学生のように無邪気だ。
「たしかに男の声だな」
 歌っているのは英語の歌詞であるが、それが男性の声であることはすぐわかる。
 肌にぴったりとしたドレスなので、胸が無いことも一目瞭然だが、興醒めするどころか、かえって暗い店内に、その姿を妖しいほどに美しく浮かびあがらせている。
〝リリス〟の全身からにじみ出る倒錯的な雰囲気が、夜の歌姫の風貌をきわだって輝かせ、アンドロギュヌスめいた妖美感をただよわせてくるのだ。
「でも、綺麗でしょう?」
 容姿のことか歌声のことか、もしくは両方を言っているのかもしれない。木藤は彼にしては珍しく素直に頷いた。
「ああ、なかなかの美人だ」
 顔のこまかい造作はよくわからないが、ここから見てもかなりの美貌だと木藤は感じた。
「なんていうのかしら、ああいう声……ハスキーっていうのかしらね?」
 絵里がどこかで覚えたらしい横文字を使った。
「ジャズは俺には解らんがな」
 だが、妙に心惹かれるものがある。
 さらに妙なのは、そのハスキーな歌声に、まったく別の声がかさなる。
 はるか昔、少年、というよりも幼児のころ、長屋の隣にすむ老女が歌っていた小唄が耳によみがえってくる。
 おぼろに覚えている、というより、この歳になっても忘れ切ることができないのは、その声を聞いて、時折針仕事をしていた母親がぼんやりと物思いにふけっていたせいだ。
 それは吉原の遊女が客を想ってうたう歌。
(妙なことを思い出させるな)
 もと芸者だったというその老女が、家事のあいまに口ずさむ、というより搾り出すようにして放っていた歌声が、どういうわけか半世紀以上もの歳月を経て、目の前の異形の麗人の歌声にかさなるのだ。
 まったく違う歌であるし、意味もよくわからないが、その腹の底からしぼりだして吐き出すような、あるいは小さな雄たけびのような声が、どうしてか古い記憶と重なり、もはやとっくに失くしていたはずの木藤の少年時代の記憶と、それにともなう郷愁を、五十も半ばの今の身にもたらすのだ。
 木藤はすっかり魅了されていた。
(こういうのも、悪くないな)
 男色趣味はあっても、これまで木藤は女装の男に気を引かれたことはない。
 男色にもいろいろあり、木藤の好みは、女らしい男ではなく、あくまでも男である。女の身代わりとしてではなく、男として男を好むのだ。
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