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奴隷検分 一
しおりを挟む「では、まず、ここで、すべて脱いでもらうわ」
いきなりそんなことを言われて、リィウスは仰天した。
ナルキッソスを帰してから、あらためて説明を受けたものの、やはり実際には身を売るということが想像できないでいる彼だった。出された軽食もほとんど手をつけることができないまま、主となったタルペイアに呼ばれ、広間に来ていきなり向けられた言葉がそれだった。
「どうしたのよ、そんなびっくりした顔をして」
「こ、ここで脱ぐのか」
つい数刻ほどまえ、リィウスは己の居室となる室を案内された。客を取るにせよ、手ほどきを受けるにせよ、てっきりその室で行われるのだと思い込んでいたのだが、タルペイアは風の吹きこむ広間で、それも背後にリキィンナやアスクラを従えさせて言う。さらにアスクラの背後には二人の奴隷の男たちが控えているのだ。リィウスはぞっとした。
「そうよ、なにをもたもたしているの? 早くそのトーガを脱ぎなさい」
タルペイアは、主人の顔で冷酷に告げる。それでもリィウスがもたもたしていると、
「約束したでしょう? 男娼となるべく調教を受けると」
内心、歯軋りしたいのをこらえて、リィウスは不本意ながら、哀願するような口調でつたえた。
「た、頼む。他の者を出してもらえないか?」
主のタルペイアはまだしも、他の人間のまえで見世物のように裸に剝かれるのは、誇り高いリィウスにとって耐えられない。
タルペイアの黒い目が、北の土地に生じるという氷柱のようにきらめく。
「馬鹿ね、今更何を言っているの? おまえはにはそんなことを言う権利はないのよ。脱げと言われたら、どこでも、いつでも、すぐ脱がないといけないのよ」
「……」
タルペイアの言うことは正しい。この時代、人身売買は当たり前のごとく、昼日中、都の大通りや広場で平然と行われていおり、異国から売買されてきた者、戦争捕虜、前の主人から売られた者たちが、人前で全裸に剝かれて値をつけられ、売り買いされている。リィウスも、街でそんな光景を幾度となく目にしたことがあったが、それはローマでは日常のことであり、そのときは特になんとも思わなかった。それが、まさか自分がそんな目に遭うとは、夢にも思っていなかった。
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