燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「それは……タルペイアに訊いてみないと。でも、まだ準備がすんでないようですから」
 ここでいう準備とは男を受け入れるための調教のことだろう。
「そうか? もうちゃんと受け入れているように見えるが」
「……まだ、苦痛ですよ」
 アスパシアは丁寧な口調で答えた。生まれ育ちが良いのはここの娼婦の売りだが、特に彼女は礼儀ただしい。馴染みになったディオメデスにたいしても、客として一線を引いて節度をわすれない。それが奥ゆかしくて良いと思う客もあれば、うちとけずに物足りないと思う客もいるだろうが、ディオメデスは前者だった。
「そうか? 辛い……のか?」
 窓からは白い身体が見えるが、顔はよく見えない。伏せられたあの美しい顔は苦痛にゆがんでいるのだろうか。
 たしかに聞こえてくる声は辛そうだ。だが、かすかに甘い響きも秘められているのは、そろそろ快を学びはじめているのでは……。
「いずれにしろ、俺が買うぞ。調教の仕上げは俺がこの手でしてやる」
 そうだ。誰にも渡さない、とディオメデスは強く思った。
(俺がこの手で、あいつに官能のうずきを与えてやる。俺の手で、俺の身体で。他の男や女にわたすものか)
 アスパシアが不思議そうに、いつになく真剣な横顔を見せているディオメデスを見つめていることにも気づかず、ディオメデスは告げた。
「あとでタルペイアを呼んでくれ。話をつけておかないと」
 ディオメデスの頬は赤く上気していた。
「あ、あの……」
 そのままディオメデスが背を向けたことが、アスパシアを慌てさせたようだ。
「あ、ああ」
 忘れていた、というふうにディオメデスは心づけとして金貨を数枚あたえたが、アスパシアの表情は暗い。だが、今はそれ以上、多少の馴染なじみではあっても娼婦にかまっている暇はない。  
 ディオメデスは女将と会うべく石床の上を進んだ。
(面白くなってきた……。これは本当に面白いものが見れるぞ)
 久しくなく、彼は興奮していた。

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