燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「リキィンナになにか嫌なことでもされたのか?」
 彼女の姿が廊下の角で見えなくなってから、リィウスは訊いてみた。
「うう……ん。いろいろ良くしてくれるんだけれど、あの人はしつこいから」
 親切もいき過ぎると重荷になるようだ。
「ねぇ……聞いたけれど、ウリュクセスとかいう人の宴に出るの?」
 コリンナはリィウスを見上げて、小声で訊く。
「ああ……」
 頷くと、コリンナの顔色がますます悪くなる。
「前に、あの人の宴に行って、帰ってこなかった人がいたって……」
 ぞくり、とリィウスは背が寒くなるのを自覚した。
 ウリュクセスについて聞いた噂で良いものはない。たしかに大変な金持ちで裏社会に相当の力と伝手つてを持っているようだが、その分、ひどく得体の知れない不気味さを感じさせる。
 タルペイアですら怖れているような男である。
(無事に戻ってこられるのだろうか……)
 この時代の娼婦は奴隷とおなじである。金を出して買われれば、どう扱われても文句は言えない。
 仮に痛めつけられ、あとに残るような怪我を負ったとしても、最悪の場合死んだとしても、その分の金を払ってもらえれば、店は文句を言えない。
(だが……いっそ、そこで死ぬのなら、それが私の運命なのかもしれない)
 すでに汚れた身体だ。さらに、このまま男娼として柘榴荘で働き、無数の男たちに抱かれる日々を思うと、ウリュクセスの宴で死ぬのなら、それもさだめだったのだろう、と割り切れる。
 自分が死ねば、ウリュクセスはそれだけの対価を払ってくれるだろう。借金は返せるし、ナルキッソスを男娼にさせずにすむ。自分亡きあと、ナルキッソス一人で家を再興するのは無理かもしれないが、その後のことはすべてナルキッソスの運命と天上の神々にまかせよう、とリィウスは思った。それしかもはや仕方ないのだ。
「ねぇ、お兄さん、リィウス……、いっそ逃げない?」
 最後の一言を、囁くようにコリンナが言った。
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