燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「二回妊娠したって言っていたわよね?」
 ベレニケが問うと、
「あ、それはすぐ流れてしまったわ。以来、私身ごもったことがないのよ」
 出来ない身体になってしまったのかもね……、とこれまた、あっさりとサラミスは言う。
 三人とも無言だった。
 荒事に慣れていた時代の人間とはいえ、やはりこういう話は重たいものだ。タルペイアの表情は変わらないが、ベレニケはさすがに複雑そうな顔を見せる。
 リィウスは痛ましげな顔になっていたようだ。
「いやね、そんなしけた顔しないでよ。私は妊娠の心配をしなくて気楽だと思っているんだから。ただね、」
 そこで初めてサラミスの顔色が薄闇にも曇ったことがリィウスにも見てとれた。
「そのときのことが原因なのか、母さんがおかしくなってしまって……。頭の病みたいになってしまったのよね。それで、ある日、いきなり悲鳴あげて、そばにあった果物用の刃物で、義父を刺し殺してしまったわけよ」
 他人事のようにあっさりと言われ、聞いていた三人は沈黙してしまった。
 数秒後、最初に口を開いたのは、タルペイアだった。
「……そういう経緯いきさつがあって、あんたは……そうなってしまったわけね」
 嘲笑をふくんだ声音に、タルペイアにしてはめずらしく憐憫の湿りがこもっていた。
「なによ? そうなったって?」
 本当に意味がわからないらしく、サラミスが、怒るというより不思議そうな顔になった。
「なんというのか、その気性というか、へきというのか……。まぁ、誰しも何かしら抱えているものよ」
「やめてよねぇ、そんな気の毒そうな顔しないでよ、タルペイア。あんたらしくもない」
 怒りか照れか、サラミスが白い頬を赤くして唇をとがらす。その表情はあどけない子どものようだ。
 そう、サラミスの中身は子どもなのだ。義父や叔父、兄弟にもてあそばれ、望まぬ妊娠をし、その子を失って、母が義父を殺害する現場を見、その母もまた失い、兄たちによって売春婦に堕とされて、無数の男たちに弄ばれ、性欲のはけ口にされて、それでいて、彼女の中身は頑是がんぜない幼子だった。汚れきった淫猥な肉体に、無邪気な童女の心が宿っているのだ。その皮肉さと不思議さにリィウスはひそかに驚いた。
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