燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 相当いらだっているのだろう、ウリュクセスは忌々しげにエリニュスに向かって唾棄した。だが、次の瞬間、彼の青い目が驚愕に凍りついたのをリィウスは見た。

「き、貴様……!」
 それがウリュクセスの人生最後の言葉だった。
 その男の剣先は、ウリュクセスの喉を狙った。
 不気味な音がして、あたりに血が散った。
「お、おまえ!」
 他の私兵たちも驚いた顔で彼を見る。
 エリニュスは廊下の壁を背にしてうずくまってしまっている。呆然と、男たちを見上げる目には生気がない。
 リィウスやトュラクスでさえ、事の成り行きに驚愕していた。
「マヌグス、血迷ったのか?」
 そう言った私兵の剣が、今度はウリュクセスの返り血を浴びて笑っているマヌグスの胸に向かう。
 マヌグスはわずかに反撃したが、三対一である。二人の剣と、幾度か剣の打ちあう音が廊下にひびく。もう一人の男も背後から素手でマヌグスを攻撃する。
 マヌグスの顔には未練も悔いもない。殺されることを覚悟しての行為だったのだろう。かたちだけの抵抗をしたものの、時間の問題で、やがてみずから剣を捨てた。刹那せつな、剣についていた血が跳ね、リィウスのまとっていた薄手の衣に小さな染みをつくったが、そんなことは気にもならなかった。
 血にまみれて床にくずれる前に、マヌグスがまた笑ったのをリィウスは見た。

 惨劇につぐ惨劇、流血につぐ流血。異常な夜はまだ終わらない。
 焦げ臭いにおいがあたりに強くなってくる。私兵たちは、とまどいながらも、もはや命なき主に尽くす理由もないと踏んだのか、リィウスたちを残して走りだした。金目のものを手に入れて邸を逃げだすつもりなのだろう。
 揉み合っているときに怪我をしたのか、エリニュスの頬や手も血に濡れている。
 握りしめていた剣で手を切ったようだ。顔にも傷があり、たらたらと紅玉ルビーのような赤い血が流れている。
「ああっ、あああっ!」
 血に濡れた己の手を見て、エリニュスは恐怖におののいた。やがて、悲鳴がおさまると、もはやその目には何者も映ってはいなかった。
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