サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

文字の大きさ
13 / 65

蕾責め 一

しおりを挟む
 血が出るほどに奥歯を噛みしめ屈辱をこらえながら歩きつづけるラオシンのしばられた腕をディリオスが別方向へひっぱる。
「少し遠回りするか」
「あ……」
 来たときとは違う方向へと歩かされると、すぐにラオシンはディリオスのもくろみがわかった。眩しい光あふれる庭が見えてきたのだ。
「気持ちいいだろう。太陽の光を浴びさせてやろう」
「よ、よせ……」
 薄暗い地下の部屋や廊下よりも、こうやって陽光あふれる場所につれだされることの方が今のラオシンにとっては恐怖だった。己のあさましい姿を白昼の光にさらすことで、惨めさがいっそう強くなってくるのだ。
「そら、もう少し廊下の端に進め」
 胸が苦しいほどの恥辱をこらえて、それでもラオシンは逃げだすときに有利になるかと思って庭を観察した。
 館の裏側になるらしくこぢんまりとした庭には、草が膝ぐらいまで生い茂っており、こわれた石像や噴水が見える。赤土色あかつちいろの塀ちかくには棗椰子なつめやしが並び、そのしたでは鮮やかな真紅のハイビスカスが午後の風にゆれている。太陽の降りおとした黄金のしずくに満たされた平和な空間が、すごそこにある。
 石の廊下の端まで連れていかれると、ラオシンの胸にも腹にもあたたかな光がとどいてきた。
(逃げたい……)
 切実にそう思って、ラオシンはまた涙ぐみそうになった。
 本来ならラオシンは太陽のしたで生きるべく生まれた人間だ。父はさきの国王イブラヒルの実弟であったイブラエス、母は地方太守の娘アーミア。現在の国王である従弟いとこのアイジャルにはまだ子どもがいないため、今のラオシンはサファヴィア帝国の第一位王位継承権をもつ身なのだ。そうであればこそエメリス王太后に憎まれ、罠にはめられこのような身にされたのだが……。
「どうだ、殿下、気持ち良いだろう。そこも、足をひらいて陽に当ててやれ」
 背後で野卑な男たちの笑い声がひびく。ラオシンは憤辱に身もだえしたくなりつつも、必死に自制した。
「そうら、ドド、手伝ってやれ」
「はっ!」
「あ、よせ!」
 ドドともう一人の護衛が両端からラオシンの太腿ふともものあたりをそれぞれつかみ、力まかせに開かせる。ひさしからこぼれる南国の熱光がラオシンの中心を焼く。
「ああ……」
 男たちの凝視にラオシンは震えた。中心に感じる熱風も微妙な刺激をラオシンにあたえる。そんなところを陽のもとに晒したのは初めてだ。
「殿下、神様によく見てもらうといい。おい、そのまま後ろ向かせろ」
 ディリオスの指示にしたがって、左右の男たちはラオシンの身体を回転させる。
「うう……」
 武骨なディリオスの指が、あろうことか陽のもとにさらされているラオシンの臀部の中心をひろげた。
「こっちも女神様によく見てもらえ」
「うへぇ、女神様、驚いていらっしゃいますね」
 ドドがおどけた口調で言い、他の男たちがまたどっと笑う。ラオシンは気を失わないのが不思議だった。額にも背にも瀧のような汗を感じる。
 実際、本当に神の目に見られているようでいたたまれない。
「ああ……」
 サファヴィアの人々が信仰する女神バリアスがラオシンの不様なすがたを天上より見下ろして眉をひそめているような錯覚に襲われ、切なさのあまりラオシンは首をふった。
 これほどに、魂が消えそうなほどの恐怖と恥辱に神経をさいなまされているなか、胸に燃えあがるのは復仇の想いだけだ。 
(笑っているがいい。私は必ず逃げて、この恨みを果たしてやる)
 ラオシンは今このみじめな自分を見ているかもしれない女神にむかって復讐を誓った。それだけが彼にとって死なずにいるただひとつの理由になっていた。

「遅かったわねぇ、待ちくたびたわよ。あら、」
 広間となる室にディリオスがたどりついたとき、出迎えたマーメイはラオシンを一目見て噴き出した。
「あら、あら、まぁ、殿下、なんて可愛いお姿に」
 笑いながら自分を指さしのけぞるマーメイを、ラオシンは目で殺せたらと願わずにいられない。室で待っていた他の娘たちも、ラオシンの姿を見ると世にも珍しい面白いものでも見たようにいっせいにはしゃぎだした。
「まぁ、本当、可愛い」
「殿下、うつむいてないで、お顔をおあげになって」
「もっと見せてよ」
 いずれも六つ七つのころから館にひきとられて娼婦としての生き方を仕込まれた娘たちだ、客の気をひく演技をする以外では、本当の意味での羞恥も慎みもなく、ただ主に言われるように動く色人形たちである。彼女たちは今自分たちにあたえられた役割が、ラオシンをいたぶり、辱しめ、男としての矜持きょうじをずたずたに引き裂くことだと自覚していた。
 背後は下卑た男たち、前方は好色な女たちにかこまれ、ラオシンは生きた気がしない。その様子は、咲きめの花の蕾に、毒虫が群がっているようである。
 なによりも周囲を沸かせるのは、ここへ来るまでの屈辱の行進のあいだ、とくに庭に面する廊下でその肌を陽に当てていたころから、ラオシンの身体に微妙な変化が起こったことだ。
「ああ、可愛い、殿下、感じ初めているのね」
 マーメイに嬉しそうにそこを指差され、ラオシンはおののき、泣いてその場にしゃがみ込んでしまいたいのを、どうにか堪えた。
「しかも……若くなってしまって」
 一筋ひとすじの毛ものこされていない無毛の股間を指差し、マーメイは見ているだけで楽しくてたまらないというように手を打って笑いつづける。他の娘たちもけらけらと陽気な笑い声をあげるなか、リリがマーメイの衣の袖をひいた。
「マーメイ様、笑いすぎですよ」
「だって、リリ、傑作じゃないの。王子様が、殿下が、毛無しだなんて。しかも、可愛らしいことに、頭をもたげたがっているわ、〝この子〟ったら」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...