帝国秘話―落ちた花ー

文月 沙織

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屈辱の舞踏

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「う、うおっ! おおっ!」
 麗人が、その外見にはふさわしくない野生的な声をあげたが、それは陵辱者たちの興をそぐどころか、どす黒い情欲の火に油をそそぎ熱風を吹きつけたようなものだった。 
 布をはっただけのにわかづくりの床のうえに乳白色のしぶきが散る。
 蝋の焦げる匂いにまじって、雄の臭気が天幕内にただよう。
「おやおや、こまった人だ」
 高価な獣皮の敷物にもついたかもしれないが、タキトゥスは一向に気にすることなく、さらに休むまもなく、二度目の吐精を強要し、イリカは余韻にひたる間もなく、一瞬脱力した身体をタキトゥスによってひっぱりあげられ、さらなる屈服の踊りを強制されてしまう。
「そういえば、神官というのは舞人まいびとでもあるらしいな」
 ふるえるイリカの身体を背後から抱きしめながらタキトゥスがささやいた。
「錫杖を手に楽士たちのかなでる音色に合わせて舞をまうおまえは信じられないほど美しかった」
 神聖な奉納舞の儀式のとちゅう、タキトゥスは無礼にも神殿に押し入ったのだ。
 すでに降伏しアルゲリアス帝国の属国となって主権を失ったときでも、いつもと変わらず儀式をおこなっていたイリカはタキトゥスにとって国王よりも残党兵よりも危険な存在に思えた。
 この男をこのままにしておいてはいけない。この男がいるかぎりイカラス国民は祖国再興の希望を捨てないと直感した。
 だが殺せばイリカは悲運の英雄となって、いっそう人々の胸に強くのこり、帝国軍はイカラス国民の根強い反感と怒りを買い、イカラスの完全支配はむずかしくなる。
 それならば、生きたまま彼を消してしまえばいい。王子の誇りをはぎとり神官の神秘性を汚し、イカラス国民の忠誠心を彼らみずから捨ててしまうように仕向けるには、イリカをとことん貶めることだ。自分たちの神官長が敵国の権力者の性奴隷に堕ちたと知ればイカラス国民も彼に絶望し、帝国の統治を受けいれるはずだ。
 タキトゥスはふくみ笑いをもらして、イリカの腕をしばっている縄をといた。だが胸を分けるようにしばっている縄はそのままにしておく。その縄はしっとりと濡れたように光り、今のイリカにはなくてはならないようなものにさえ見える。背後から震える飴色の肢体を抱きしめる。
「だが、今おまえは神のために舞うかわりに俺たちを楽しませるために踊っているのだ。いいかっこうだな」
 イリカは顔を伏せてすすり泣いた。
 慈悲の心など一片もないかのようにタキトゥスはイリカの顎をつまんで顔をもちあげさせる。
「ミルニアス、姿見をもってこい。神官殿に今のお美しい踊りをもう一度見ていただこうではないか」
「ああっ! い、いやだ、もういや!」
 哀願めいた拒絶はまるでタキトゥスの耳にひびくことがなく、下肢をひろげられた己のあられもない格好をイリカは見るように仕向けられた。神経が破壊されそうな姿だった。
 あまりの淫猥さと無残さに目をそらすと、背後からまさわれた男の手によって、根元のたるんでいた縄紐をふたたびきつく結びなおされ、痛みをあたえられる。
「くぅー!」
 タキトゥスはイリカを強引に立たせると、背後から腕のなかの彼の両足を割るかたちで己をつきたてた。
 目のまえに置かれた楕円形の銅鏡に、全身に縄をくいこませた哀れな生贄が、あられもなく下肢をひろげられ醜態をさらしている絵があらわれる。だがイリカをさらに驚愕させたのは……
「ひぃっ!」
 背後の男の鋼かと思うほどに凝りかたまっている獣欲の結晶を鏡によって目に焼きつけられたイリカは、先ほどの辱めの甘ずっぱい余韻などふっとんでしまい、息をのんで硬直した。
「う、うわぁ、ああっ」
 鏡にうつる大蛇は、イリカを心底恐れさせた。
 これがおなじ男の、いやおなじ人間の身体の一部などと信じられない。
 恐怖のあまり褐色のららのように全身をつめたく強ばらせて口をぱくぱくとさせて泣いているイリカを、タキトゥスは嘲笑した。
「安心しろ。おまえは皇帝への貢ぎものだ」
 後ろからまわした無骨な指で胸の可憐な柘榴の実をいじくり、下からイリカをせっつく。
 タキトゥスは己のものをイリカの孵化したばかりの小蛇に下からあてがうと、からかうようにこすりあげた。獰猛な漆黒の大蛇と不思議な虹色めいた小蛇がからまりあう。
「ひぃっ! ひっ、ひぃい!」  
「高貴な王子様が、なんというはしたない声をあげられる」
 苦笑しながら床の毛皮のうえにどっしりと腰をおろしたタキトゥスは、つい数刻ほどまえに生まれて初めての経験したばかりのイリカを子どものように膝のうえに抱きかかえるようにすると、姿見をまえに、イリカにとってはあまりにも性急で刺激的な〝お遊び〟をつづけた。
「はあー! ああっ、ああっ!」
 孵化してすぐ脱皮を強いられる小さな蛇は、気の毒につらがって全身で泣いていた。
 失神寸前にまで追いやられたイリカの耳に、おぞましい声がとどく。
「皇帝に気に入ってもらえるように、これからたっぷり仕込んでやるからな。まだ気を失うには早いぞ。夜は、まだ始まったばかりではないか」
 気をうしなう瞬間、イリカは蝋燭が消えるかすかな音を聞いた気がした。

 闇に、ふたたび光がもどってきたが、それが希望の光ではないことにイリカは気づいた。
 いや、この先二度と自分の人生には希望などないかもしれない。
(私は、神の恩寵を失ってしまった)
 かつて、初めての蕾の季節がおとずれ夢をかきみだされ、本能が自然にひきずられてしまいそうになったとき、偶然それを見とがめた中年の神官に、将来、神官長となられるお方は、みずからをきびしく律さなければならない、と戒められた。
 十二歳のイリカは恥じ入って死んでしまいたいと思い、以来、肉欲に襲われた夜は人知れず我が身を打ったり冷水をあびたりして必死に内なる魔と戦ってきた。
 禁を犯した若い神官見習いが手厳しく折檻されるさまを見たこともあれば、イリカ自身がそのような堕落した神官の手を錫杖で打ちすえたこともあった。
 イリカにとって劣情に我を失うなどということは、あってはならないことであり、欲望を征服してこそ神にえらばれるのだと信じてきた。
 その支えと誇りが、敵国の将軍の手によって完膚なきまでにたたきつぶされてしまったのだ。
(私は……汚れてしまった)
 そのまま開いた目をもう一度閉じてさらに深い闇にしずみたい誘惑は、ミルニアスが灯したあらたな蝋燭の光によってさえぎられた。
 光のなかに、影がうかんでくる。
 イリカはぼんやりと蠢く影を見つめた。
 ほのかな明かりのなかで、タキトゥスとアレイガが立って抱きあっていることに気づいた。
「ううん! ああっ、タキトゥス様、タキトゥス様」
「いいぞ、アレイガ。もっと尻に力を入れろ。もっと、しめろ」
 およそ人の姿とは思えず、イリカは彼らのしていることが信じられない。タキトゥスが自分にしたこと……とは、ちがうようだ。
(私には、あんなふうにはしなかった)
 脱力した身体のなかを奇妙な熱がはしる。
 向かいあって抱きあう格好でふたりはつながり、たがいの欲望をむさぼりあっている。
「ううん……、ああっ、タキトゥス様!」
 アレイガが、イリカに見せた生意気で傲慢な態度はすこしも出さず、喉もとを撫でられた猫のように甘えたよろこびの声をほとぼしらせている。
(おぞましい……!)
 やがてふたりは激しかった動きをやめ、同時に互いにまわしていた腕から力をぬいたことが知れた。
 一瞬、タキトゥスの横顔は満足そうにほころんで見えてイリカをひるませた。
(私には……しなかった、あんなふうには)
 ふたたびそんなことを思い、イリカは奇妙な胸のいらだちとたかぶりにうろたえた。
「おや、王子様はお目覚めのようだ。ちょうどよかった」
 ふたりがそれぞれ手を動かしていると、ミルニアスが銀色の小瓶をささげる。
「うむ」
 薔薇の香りがほのかにかおる。瓶のなかみは高級な香油のようだ。タキトゥスは手のひらに香油をたらして両手をもみあわせる仕草をしてイリカをいぶかしませた。
 アレイガもおなじ動作をしている。
「イリカ、来い」
 毛皮のうえに座りこんでいるイリカの縄尻をひっぱってミルニアスがせかす。
「お呼びにございます」
 しぶしぶ立ちあがりすすむと、無防備なイリカの胸に突然、ねっとりとしたものがぬりこまれる。
「な、なにをする!」
 厭悪えんお感にイリカはかぼそく吼えた。
「おやおや、さっきはあれほど素直で可愛かったのに、一眠りしたらまたもとのじゃじゃ馬にもどってしまったようだな」
「躾けたりなかったようでございますね。どうします? 鞭をくれてやります?」
「今夜はいいさ。それより、こっちが先だ。ミルニアス、おまえも出せ」
 気に入りの酒を用意しろ、というような何気ない様子でタキトゥスが命じたことはイリカには想像もつかないことだった。内気そうな少年が顔をうつむけて手を動かす。イリカは呆然としてその様子を見ていた。
 不意に、イリカは小瓶を持ち出した目的を悟った。悟った瞬間、生理的嫌悪に声をあらげていた。
「あっ、いや、いやだ、汚い! よせ」
 雄の臭気と薔薇の芳香がまざりあい天幕内に男の夢を形にしていく。
 とかれることのなかった胸もとの縄によって相変わらずイリカの柘榴色の粒は可憐に光って見える。そこへ、アレイガの手によって、それぞれの情液を香油とまぜてつくりだした半天然の乳香がすりこまれていく。
「あっ! いやだ、いや」
「それしか言えんのか? たまにはいい、いい、ともだえてみろ。ほら、こうしておまえの身体をほぐして色っぽくしてやろうというのだ」
「色小姓はこうして毎朝毎晩、ご主人様からいただいたおしずくを気に入りの香油にまぜて練ったものを胸にすりこむのでございます。バイランの色子たちは皆胸の手入れはかかしませぬ」
 アレイガがしたり顔で説明した。
「ああっ!」
 タキトゥスに胸をわしづかみにされてイリカは悲鳴をあげた。
「かたいな。これはいかん。よいか、アレイガ、これから毎日揉んでやれ。そうだ、右胸はおまえが、左胸はミルニアス、おまえが責任もって揉め。どっちが先に大きくなるのか、ふたりで競争だぞ」 
 イリカは耳をうたがった。
「イリカ、おまえもこれから暇があればつねに揉め。帝国に帰るまでには胸を大きくしておくのだ」
 イリカは屈辱のあまり卒倒しそうになったが、そのとき準備ができたミルニアスが己の分の乳香をつくりあげて近づいてきた。
「い、いやだ! よせっ! くるな!」
「失礼いたします」
 細い手がのびてきて左胸を蹂躙する。
 笑いながらアレイガが右胸を撫でた。
「うーっ!」
 なんとかふたりの手をふりきろうとしたが、縄のいましめがゆるしてくれない。ふたりの小姓は慣れた手つきでそれぞれにあたえられた胸を愛撫する。双子のようにおなじ動きで揉み、おなじ指でつまみあげ、引き、ふたり同時に腰をかがめて舌をそこへ這わせる。
「んー! うう、ん!」
 音をたてて吸いあげるようにしたかと思うと、かるく歯をあてたりもする。
 イリカは憤辱のあまり顔を真っ赤にし、歯を食いしばり、いや、いや、と全身で拒絶を必死につたえたが、凌辱者たちの手は止まらない。
「はあっ!」
 ふたりの手と指と舌と唇と歯に責められ嬲られ、ときにいつくしまれ、愛され、ひやかされたかと思うと突きはなされ、また可愛がられ、焦らされる。
「ううっ! こんな、こんな……」
 まさに今イリカは淫獄で身もだえする天界からの哀れな落伍者だった。わずか一晩で濃密な淫液に骨の髄まで染めあげられようとしていた。
「ふぅーっ! くっ!」
 肉に縄がくいこむほどきつく縛られている上半身とは対照的に、下半身のいましめは半ばほどけていてイリカの欲望にやさしかった。
「右胸はアレイガ、左胸はミルニアス。となると、ここは俺の領分だな」
「はうっ!」
 タキトゥスの無骨な指が、そっと、意外なほどのやさしさでイリカのむきだしになっている情熱をつつみこんだ。
「いい子にしていろ。いい子にしていたら、もっと、もっとよくしてやるからな。これは俺が毎晩揉んでやる。良かったな、これからおまえ、毎晩天国にいるような気になれるぞ。これほどの喜び、おまえの神様はくれなかっただろう」
「ああっ! 無礼者ぉ……」
 耳をおおいたくなるような冒涜の言葉に、だがイリカはそれ以上反抗することができず、下肢にも天然の乳香をすりこまれ、それからは夜があけるまで泣き声とうめき声をあげさせられた。

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