サファヴィア秘話 ー満月奇談ー

文月 沙織

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闖入者 一

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 満月の夜には魔物が出やすい。だから、魔よけの香を焚くのを忘れないように、というのは幼いころ面倒みてくれた乳母の教えだった。
 魔物など、俺が蹴散らしてやるさ、と彼は乳母を苦笑させていた。
 そうしてその夜も満月だというのに、神に祈りをささげることも伽羅きゃらの香を焚くこともせず、めずらしく一人寝をかこっていた。寝所に入った瞬間、強烈な眠気に襲われ、侍女や小姓たちも寄せつけず、そのまま寝入っていたようだ。
 心地良い夢が破られたのは、女の悲鳴のせいだ。
曲者くせもの! 曲者です、将軍!」
 あわてて起きたときはすでに彼の寝所にまで黒い鎧を着た男たちがあらわれていた。迂闊なことに、そのときの彼は、武衣ぶいこそはまとっていたものの、剣を手元に置いていなかった。
「何者だ! 貴様ら、俺をサルドバ=ザムル将軍だと知っての狼藉か?」
 言いつつも、現状が信じられなかった。この屋敷は国一番の戦士サルドバの居住として幾重にも兵で守らせていたはずだ。それが、こともあらろうに屋敷の最奥にある彼の寝所にまで、武器を持った男たちが乱入してくるとは。
「将軍、サファヴィアは終わりました」
 男の一人がやけに冷静な声で告げた。
「なに?」
「サファヴィア王国は滅んだのです。国王もすでに降伏された。あなたも我らの軍門に下られい」
「な、何者だ、貴様らは」
 男たちは皆見慣れぬ黒の兜をかぶっている。十数人以上はいる。それぞれ剣をたずさえ、その鋭い先をサルドバに向けているのだ。サルドバは、それでも必死に己の青い目でそれらを睨みかえした。
「俺をどうするつもりだ? 殺すのなら、さっさと殺せ」
 死は恐ろしくはなかった。ひとつ心残りはあるが、これも運命だと受け入れられる。
「殺しはせん」
 黒い兜の下から不気味な声が響いてくる。
「降伏の儀式を受けていただこう」
「降伏の儀式だと? 髪でも切る気か?」
 くっ、くっ、くっ……。地獄から響いてくるようなおぞましい笑い声が閨にとどろいたかと思った次の瞬間、サルドバは頭に激痛を感じた。激しく頭部を打たれ、目の前が真っ暗になった。
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